第7話 探査(三)

 花茶への興奮をたちまち美男子の方へ切り替えた娘たちは、「も、もちろんですっ!」と叫んで自分のすぐ隣の椅子をカエルムに勧めた。礼を言ってカエルムが座ると、もう一人が「あっ」と羨望と妬みを露わに顔を顰める。しかし目の前の青年が話の邪魔を詫びれば、即座に不満顔を恥じらい混じりの笑みに変え、遠慮がちを装って話し始めた。

「えぇっとぉ、お兄さんも雪見花の効能とか気になるんですか?」

「いえ、単に茶の類が好きでして。雪見花茶は手に入りにくいですから試してみたいと」

 嘘つけよ、とロスは内心で突っ込んだ。確かに高い花茶を城で日常的に嗜むことはしないが、それでも新物は王城に届けられるし、シューザリーン名産として夜会などでは決まって振る舞われる。

 呆れて眺める従者には目もくれず、娘のもう一人がカエルムの袖を引っぱり、自分への注目を取り戻そうと勢いこむ。

「お兄さん、旅の人? それなら運がいいですよぉ! 雪見花茶が普段の倍は入ったからって値下げしてるんですぅ」

「倍? それはすごいですね。この市全体で、ですか?」

「それはわかんないんだけど、あたしが普段行ってるお店ではそうだって」

 段々馴れ馴れしくなってきた相方に負けじと、もう一人も身を乗り出した。

「この子の行ってるお店は私もよく行くんです! すぐ近くで」

「それは是非行ってみたい。場所を教えていただけますか?」

 カエルムが上半身を回しかけたので、意を汲んだロスは卓上の地図を無造作に手渡した。恐らく何も言わない方がいいし、面倒臭い。

 その予想通り、カエルムより前に娘たちが地図に手を伸ばし、ここがこうでああでと飲食店街からの道を指で辿ってみせる。相手が礼儀正しく熱心に聞くものだからますます好感度が上がっているのだろう。一通り説明を終えても娘たちの勢いは止まらない。

「でもお兄さんみたいな人、雪見花茶なんていらなそうですよね!」

「私たちみたいなのは花茶に頼ってでも綺麗になりたいなって思っちゃうけど」

「そうなのですか? 今のままで十分、素敵だと思いますよ」

 ——あーもう、知らん。

 従者が肘をついた手に額を乱暴に預けたのと、娘たちが息を呑んだのが同時である。そして一瞬ののちには気を引こうという娘たちの追撃がさらに喧しくなった。王子と分かっていればここまで気軽に話をしないだろうが、彼女たちの目から見ればちょっと出自が良さそう、程度の青年だ。しかも向こうから話しかけてくるくらいだから、誘えば乗ると思われたのだろう。近くだから案内するだの、他にも茶屋ならいいところがあるだの、弁舌が止まらない。

 それらを「お食事がまだでしょう」とやんわり断り、カエルムはロスに目配せした。立ち上がった従者を見て、娘の一人が「あっ、こっちもかっこいい!」と小さく叫ぶ。 

 ただ幸いにも、ちょうど給仕が食事を運んできたところであった。娘たちの邪魔をした詫びと礼に、と給仕にもわかるよう多少の貨幣を机に置くと、カエルムは自分とロスの食事代も給仕に渡して店の戸口へ足を向けた。名残惜しそうな娘の視線を背中に感じながら、やれやれとロスはその後を追う。

 店の外に出ると、往来は先程よりも空いていた。昼時もそろそろ終わりか。飯時に一時閉じていた商店も再開するはずだ。

「まずは件の茶屋へ行く。話が聞けて良かった」

 カエルムは真剣な面差しに戻り、運がいいな、と含みもなく述べる。その様子にロスは溜息を吐いた。

「……このタラシが」

「ん? 悪い、聞こえなかった」

「いーえっ! 天然も時に役に立つもんだなと!」

 何の話だ、と心底解っていない主人を放って、ロスは石畳をすたすた歩き始めた。

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