16-3 最大派閥の悪だくみ



 わたしはアルティ・チノ。

 遊牧民の姫である。

 また、大陸最大国家の王家に連なる者であり、東端京トンデュアンキン執政官の娘でもある。


 ただし、現在は東端京ではなく、西王国レルム・デ・ウェストの貴族学園に通っているが。

 春に入学してから、すでに三か月以上が過ぎて、季節は夏になった。

 最初はおだやかに、静かに過ごそうと思っていたはずが、気づけばいくつかの事件に巻き込まれ、最後は自分で大それた計画を実行した。

 他国の政治に一石を投じる、大変なおこないであったが、後悔はしていない。

 友達のためだ。

 そして、紆余曲折あって、わたしはいま、馬に揺られている。


「アル、どうしたの? なにか考えごとかい?」

「……いえ。ずいぶん遠くまで来たものだ、と思いまして」

「それは、東端京トンデュアンキンから? それとも、街から?」

「両方です。……いい場所ですね。大平原を思い起こさせる光景です」


 蒸気機関車の試乗会のあと、ルイスさまとふたりで遠乗りに出てきたのだ。

 遠乗りといっても、学園から日帰りできる距離にある、草原と丘である。

 うしろには距離を取って護衛がついてきているので、厳密にはふたりでもない。

 シュエとガッツさん、こういうときはどんな会話をしているのだろうか。

 あとで聞いてみよう。


「その馬……パイリーだっけ。いい馬だね。いや、さすがは大渦国イェケ・シャルク・ウルスの姫だ。馬術では勝てそうもないや」

「馬と一体になるのがこつです」

「一体、かぁ。それはむずかしそうだ。詳しく教えてもらいたいから、一緒に乗ってもいい?」


 む。

 この王子、さらりととんでもないことを言うので、油断がならないのだ。


「……だめです」

「ちょっと猶予があったね。少しくらいならいいと思ってくれたのかな?」

「だめです。いけません。不埒です」


 はらぐろい微笑みから、顔を背ける。

 ……だれにも言っていないし、言えない話ではあるのだが。

 実は、銃弾からかばってくれて以降、妙にこのはらぐろい微笑みが、気になるのだ。

 こう、なんというか、つい目で追ってしまう……というか。

 医務室では「かっこよかった」などと、がらにもない言葉を口にしてしまったし。

 あのときのわたしはどうかしていた。

 過去に戻れるなら殴ってやりたいくらいだ。

 ……まあ、実際に、以前ほどルイスさまのことを厄介だとは思ってはいない。

 むしろ、少しばかり好ましく……いやいや。

 いやいやいやいや。

 わたしはいまなにを考えかけた?


「どうしたの、アル。そんなに首を振って。なにか、気になるものでもあった?」

「いえ。その……まだ、春が終わっただけだなんて、なんだか信じられなくて。あまりにもたくさんのことがありすぎて……」

「そうだね。これからはもう、夏だ」


 てきとうにごまかすと、ルイスさまは笑顔で空を見上げた。


「アルと一緒なら、夏もきっといろいろな事件があるんだろうな」

「あの、ルイスさま? わたしのせいで事件がある、みたいな言い方は心外です」


 言い返すと、ルイスさまが吹き出して笑った。

 あんまり笑うので、馬が驚いていななくほどだった。


「おわっ、と。危ない危ない、笑いすぎで落馬するところだった」

「やめてください、せっかく傷が癒えたところなのに、また大怪我をする気ですか」


 呆れつつ声をかけて、気づく。

 ああ、そうか。


 わたし、いま、楽しいのだ。


 西王国に来た当初は、さっさと帰りたい、と思っていた。

 けれど今は、この時間を楽しんでいるわたしがいる。

 東端京となにが違うのだろうと考えて、すぐに気づく。

 わたしには、友達がいる。

 笑いあえ、助け合える、大切なひとたちができたのだ。

 じんわりと、胸の奥が温かくなる。

 ルイスさまがくすりと笑った。


「アル、また笑っていたね」

「……まあ、そうかもしれません」

「かわいいよ、もっと見せて――って、アル、いきなり馬を走らせないでよっ」

「丘まで競争です。……わたしの顔を見たければ、パイリーより速く走ってください」


 もちろん、前を取らせるつもりはないが。

 わたしは遊牧民の姫なのだ。

 馬の扱いで負けるわけにはいかない。

 ……顔も、見られるわけにはいかない。

 だって、自覚できるほど緩んでいるのだ。

 そんなの、恥ずかしいじゃないか。

 だからせめて、いつも通りの真顔になるまでは、風を感じていよう。


「――くく、あははっ」


 こんな笑い声だって、わたしのものではない。

 ないったら、ない。

 ルイスさまを背後に置いて、わたしは走る。



 わたしはアルティ・チノ。

 遊牧民の姫である。

 また、大陸最大国家の王家に連なる者であり、東端京執政官の娘でもあり――。


 ――そして、三年間の貴族学園生活が楽しみに思えてならない、留学生である。



 ※※※あとがき※※※


 これにて完結です。お読みいただき、ありがとうございました!

 昨年、「小説家になろう」にて投稿していた作品「ひづめひめ留学記」を改題して転載したものになりますが、カクヨムではじめましてな読者の方々と出会うことができ、大変うれしかったです。

 続編も、いつになるかはわかりませんが、書きたいなと思っております。

 「バカンスで訪れた水の都で怪盗騒ぎ!?」とか「世界初の長距離旅行列車内で密室殺人!?」とかシチュエーションのアイデアはあるのですが、ミステリを考える脳が……もう……(加齢)


 ★評価や★レビュー、応援コメントなどいただけると嬉しいです。

 それではまた。


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貴族学園に留学してきた東国蛮族の姫ですが、なぜか西国の王子に言い寄られています。~ひづめひめ留学記~ ヤマモトユウスケ @ryagiekuru

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