第15話
あの夜、情けないことに私は迷子だった。
祭りに行ってはならないのは、妖怪として幼心ながらに分かっていた。それでも子供だった私はあの日、好奇心を抑えきれずこっそり家を抜け出すと、神社のお祭り騒ぎに潜り込んだのだった。
境内に響く祭り拍子に誘われ、私はいつの間にか道に迷っていた。今考えればそう大きくない神社ではあったが、我に返った私は即座にパニックに陥った。
いつの間にか、連なる祭提灯の灯は全て消えていた。妙に寒気のする夏の夜風が背筋を攫う。
今となっては記憶も定かでない。しかしあの時、私は単なる迷子ではなかった。
あの夜、私はどこか、迷い込んではいけない世界に迷い込んでいた。
「早く......早く帰り道を見つけないと......!」
焦れば焦るほどに足はもつれ、息は荒くなる。
「だってここ、どこなの......?」
目に染みるのは汗か涙か、はたまた両方か。
「――な~にしてるんです、アナタ?」
「うわッ!」
突如、背後から掛けられた声に、私は体を震わせる。
振り返った先に立っていたのは、私とそう背格好の変わらない男児だった。砂利道の闇に、青白い肌をした相手の姿が浮かび上がる。
「早く帰らないとアナタ――神隠しに遭いますよ?」
「か、神隠し......?」
「あらまぁ、そんな事も知らないんですか?」
相手の男児は、小馬鹿にするように舌を出すと、ぞんざいに片手を差し出した。
「しょうがないなぁ、じゃあ僕がアナタを連れ戻してあげます」
「????」
何一つとして状況が理解できず、目を白黒させる私。男児はそんな私を前にして、大きくため息をついた
「心配しなくても、僕もアナタと同じ『妖怪』ですから」
――アナタと同じ、妖怪ですから。
「......そう、なんだ......」
私にとって、両親以外の妖怪と出会うのは初めてのことだった
そして私はあの瞬間、何はともあれ彼と出会えたことが嬉しかった。初めて両親以外の相手に対して安心できた。
「ぼ、僕は一つ目小僧なんだ、一目って言うんだよ。き、君は......?」
男児はヒュウと口笛を吹くと、ニヤァッと怪しげな笑みを浮かべる。
「僕は滑井、ぬらりひょんです。どうぞお見知りおきを」
そ う言うと、彼は丁寧な仕草で私の手を取った。
「さ、こんな空間からはサッサとおさらばしましょう。大丈夫、僕はぬらりひょんですからね。瞬間移動はお手の物なんです」
かくて私は奴に救われ、奴との長きに渡る付き合いが始まった。
正直今では、あの時奴に出会っていたほうが良かったのか、出会わなかったほうが良かったのか、疑わしく感じることもあるが。
二鬼夜行 Slick @501212VAT
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