第14話
「暑い。どうして今日はこんなにも暑いのだ?」
「僕と一緒にいると身体が火照っちゃうんですか? キャアいやらしい」
「ボケ。夏の夕方が蒸し暑いって話だよ」
傾いた陽の差す裏路地に、三つの乾いた下駄の音が響く。
夕暮れ時の道を行く私たちは、一様に浴衣に身を包んでいた。滑井は紺色の布地に白の摺り模様が入った柄で、首から上と下とが明らかに不釣り合いである。一方の私というと、これまた薄桃色布地に紫の朝顔が浮いた女物だった。何だかんだ言って、こっちは似合っていると思う。
そしてこの場には、もう一人。
「ニャ~」
猫さまも、我々と一緒に付いて来たのである。ただもちろん、化け猫である彼女は現在人間に化けており、それはそれは見目麗しき美女の外見をしているのだ。その淑やかに伏せられた細い目や、気品のある仕草の一つ取っても文句の付けようはなく、危うくペット相手に恋に落ちるところである。彼女が纏う緋色の浴衣もその艶やかさを一層際立たせ、編まれた黒髪に挿す金のかんざしと好対照だ。そう、例えるなら、道行く男が十人中百人くらい振り返ること必至である。
……って、私は何を語っているのだろうか?
そ、それに美しさであれば私だって負けていない! 道行く男が十人中、二・三人くらいは振り返ること必至の見事な女装だ! ……多分。
「いやー、両手に花とは正にこの事!」と滑井。
「それ、言ってて虚しくならないか? 方や女装で、方や化け猫だぞ?」
「チッチッチ、分かってませんね。こういうのは見かけが重要なんですよ。リア充みたいでしょ?」
「そんな考え、一生理解したくない。あとリア充は遍く爆発しろ」
「ニャー」
人間に化けてはいるものの、猫さまはヒトの言葉を喋ることは出来ない。彼女は賢いので会話を理解こそできるが、話すことは出来ないのであった。
「あっホラあそこです。もう賑わってますね」
路地を抜けて表通りに出てみると、道路の向こう側に目的地の神社はあった。その古びた赤鳥居の奥の参道沿いには提灯が吊るされ、砂利道の先からは既に祭りの喧騒が聞こえてくる。
「今更ながら、私は人込みが苦手なのだが……」
「何コミュ障の陰キャみたいなこと言ってるんですか? 面白そうなことには参加してみないと損ですよ」
「本当、いろんな意味でお前が羨ましいよ」
横断歩道を渡っている途中、祭りの参加者と思しきカップルたちが目に付いた。幸せそうな彼らの姿を見ていると、なぜだか底知れぬ怒りが沸き上がって来る。
だがまぁ今宵は一旦休戦として、この祭りに身を委ねるのも悪くないか。
「……祭りに来るのは、子供のころ以来だな」
「?」
思いがけず漏れた呟きに、滑井が首を傾げる。
「いや、何でもない」
私にとっても、あまり良い思い出ではない。
何せ、このリアル・ぬらりひょん野郎と初めて出会った時の話なのだから。
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