【ショートショート】ヤタガラスの導き【2,000字以内】

石矢天

ヤタガラスの導き


 知らない町の、知らない通り。

 少し古びた街並みが、いまの僕には心地よい。


 黒い木造りの店構え。

 軒先には、やはり古びた置き物のようなものが並べてあった。


 骨董品屋だろうか。

 店の中を覗いてみるものの、人の気配が全くしない。


 人通りが少ない道のお店にはよくあることだ。

 大方、店が住居と一体型になっていて店主は奥にいるのだろう。


 店主にしつこく押し売りされるのも面倒だし、店が開いているのならお客が入っても構わないはずだ。


 僕はこれは好機と、そっと店の中に足を踏み入れた。


 古びた壺。古びた皿。古びた掛け軸。古びた……、とにかく見るからに古びた品物がところ狭しと並んでいた。


 僕には骨董品の目利きなど出来ない。

 だから、これらの品物の中にとんでもないお宝があったとしても、同じように古びた品物にしか見えない。


 だけど、ひとつだけ。

 なぜかその置き物だけは、異彩を放っていた。

 少なくとも僕にはそう見えた。


 三本足の黒い鳥。たしかコイツの名前は……。


「そいつが気に入ったかね?」

「ひいぃ!」


 突然、背後から声を掛けられて僕は悲鳴をあげた。


「おや。驚かせてしまったか。すまん。すまん。はっはっは」


 茶色いニット帽に薄緑のセーターを着たおじいさんが、笑いながら謝っている。

 もしかして、この人が店主だろうか。


「これ、八咫烏ヤタガラスですよね?」

「然り。神武天皇を大和へと案内した由緒正しき導きの神様だ」


 どうだ参ったか、と言わんばかりにおじいさんが胸を張る。

 別におじいさんが自慢するようなことではないと思うのだけれども……。


「ほお。あちらも君のことが気に入ったらしい」

「は?」


 あちらだって?

 何を言っているんだ?

 もしかしてボケているのか?


 あれはタダの置き物で……と思いながらヤタガラスの方を見ると、置き物にしか見えなかった三本足の黒い鳥がバサバサッと翼を広げた。


 颯爽と僕の方へ飛んできた鳥は、そのまま肩にちょこんと足を揃えてとまる。


 え? 待って。これ、どうしたらいいの?


 買わなきゃダメなやつ?

 押し売りより強引なのでは?


「お金なんか要らないよ」


 僕の頭の中を見透かしたかのように、おじいさんは言った。




 そうして一人と一羽の散歩が始まった。

 もちろん歩いているのは僕ひとりだけど。


 まっすぐ進んでいくと、分かれ道に差しかかった。

 右からは、腹がグウウウゥゥゥと音を立てるほどの良い匂いが漂ってくる。

 左からは、鼻をツンと刺激するイヤな臭いがする。


 当然、僕は右へと足を向けた。


 その瞬間、「アーアー! アーアーアー!!」と肩に止まったヤタガラスが大鳴きするではないか。


「ちょっ! うるさい、うるさい!」


 尚も右へと向かおうとすると、首といわず耳といわずやたらめったらクチバシで突いてくる。


「いたっ! いたたたたたたっ! わかった! わかったから!!」


 僕は渋々、左の道へと進んだ。


 そのあとも、何度も分かれ道にぶつかり、その度にヤタガラスが騒ぎ出した。


 神武天皇もこんな調子で大和まで案内されたのかと思うと、ちょっと同情してしまう。



 そして再びの分かれ道。

 なぜか僕はこれが最後の分かれ道だと感じた。


 右からはよく知った父と母の声。

 左からは……キンキンと高い声が響いてくる。


 僕は迷いなく右へと身体を向ける。

 案の定、ヤタガラスが騒ぎ出した。


 しかし今回ばかりは曲げられない。


「父さんと母さんが待ってるんだ! 行かせろよ!!」

「アーアー! アーアー! アーアーアー!!」


 僕が進もうとすると、ヤタガラスは三本の足で顔を引っ掻いて妨害してきた。


 負けてなるものか、と僕はヤタガラスを掴んで羽根を毟り取る。黒い羽根が宙に舞い、ヤタガラスが地面へと墜ちた。


 しまった。やりすぎたか。

 そんなつもりじゃなかったんだ。


 ただ、僕は……。

 僕は父さんと母さんに会いたくて……。


「大丈夫か!?」


 地に伏すヤタガラスに駆け寄って、その小さな身体を抱きかかえる。


 ヤタガラスが喉の奥から絞るように鳴いた。


「パーパー! パーパー! アーナーター!!」




 ハッと目をあけると、そこには見知らぬ天井。

 そして愛しい妻と子どもが僕の顔を覗き込んでいた。


「起きた! 起きたよ! パパが起きた!!」

「あなた! 私のことわかる!?」


 わかる。わかるとも。

 混濁する記憶の中で、断片を繋ぎ合わせる。

 

 たしか父と母が事故で亡くなって、車を飛ばして実家に駆けつけて、それで……。


 両親の死に動揺していた。

 仕事の疲れも残っていた。

 

 そんな僕は夜の山道でハンドル操作を誤って……。

 そうだ。実家にたどり着く前に事故を起こしたんだ。



 もし、あのとき。

 ヤタガラスを無視して右の道に進んでいたとしたら、僕は両親と再会すると同時に、二度と妻と子に会うことは無かったのだろう。




          【了】




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2022/10/7 連載開始


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