第3話「二人の子ども」

「ちっ、面倒くせぇな」


 フェスは腕に抱えていたダンボールを床に降ろした。ここは、ユノラー市のウエストタウン北側の郊外こうがい、古びたアパートの六階にある一室だ。


生前、ルークが住んでいた部屋を、そのままフェスの自宅として使っている。


「今日から、俺の根城ねじろか」


 フェスは周囲を見渡す。部屋は、3LDKの広めの間取りだ。しかし、魔界にある自分の城と比べれば、随分ずいぶんせまい、かなりせまい。まるで、豚部屋のようなせまさだ。


「だが、住み心地は悪くなさそうだな」


 他に視線を移すと、リビングにはソファーやテレビがあり、ダイニングテーブルも備え付けられている。キッチンも広く使い勝手が良い。


「さてと……」


 フェスがダンボールの中を見ると、中には可愛らしい服が入っていた。その服を手に取ると、また舌打ちをした。


「……くそっ、やっと退院できたと思ったら、今度はガキの世話か」


 数週間前……、契約の対価としてルークの体を貰ったフェスは、魔神の生命力で不治の病を治す。そのせいで、医者からは奇跡だと驚かれた。


「ありえない……しかし」


 医者はフェスの顔をまじまじと見ながら話す。そこにはルークの容姿ではなく、赤い髪と黄金の瞳を宿したフェスの顔があったからだ。


「俺の顔に何かついているか?」


「あっ、いや……病気や治療のために顔つきが変わるのはよくあることだが……。それにしても、ここまで変わるとは……」


「まぁ、これで俺は健康体になったわけだ。問題ねぇだろ?」


「それはそうなんですが、念のために検査を……」


 医者からは精密検査をすすめられたが、フェスは「必要ねぇ」と言い放って、強引に病院を後にしたのだった。


「ふっ、ルークには言ってなかったな」


 悪魔が人間に憑依ひょういすると、徐々に、精神がむしばむ。そして、完全に精神を乗っ取れば、悪魔そのもの姿になるのだ。一部、例外もある。


しかし、それはごくまれなので、ここで語る必要はない。


「まあ、聞かれなかったしな。それに、他人を演じるのは性にあわない……」


 フェスは悪魔的な笑みを浮かべた。


「それよりも……だ。あの魔女、確か……モーリーだったか」


 フェスは影を奪った魔女の事を思い出す。魔力を取り戻すためにはモーリーの居場所を突き止めなければならない。


「だが……手がかりがねぇ」


 フェスがそう考えていると、部屋のドアが開いた。


 ──ガチャッ!


 部屋に入って来たのは少年と少女だった。二人はフェスを見るなり、すごい勢いで駆け寄って来る。


 ──ドタドタッ! ダダッ!


「……ちっ」


 フェスは苦虫にがむしをかみつぶしたような顔をする。


 二人はフェスの周りをグルグル回りながら観察していた。どうやらフェスに興味津々のようだ。


(何なんだ……こいつらは)


 フェスは眉間にシワを寄せて二人をにらむ。


「ふむふむ、どう思いますか? ソフィア総司令官」


 漆黒の髪と褐色肌、エメラルドの瞳を持つ少年は、あごに手にあてて、隣りの小さな少女に尋ねる。


「うむ、これは、詳しく調査する必要がありそうだ。サルヴァ隊長」


 ソフィアは、ふん、ふんと、鼻息を荒くして答える。艶のある黒髪は肩まで伸び、透き通るような白い肌に赤い瞳は引き込まれるような魅力を放っている。ルークの遠い親戚だ。


 フェスはやれやれとため息をつく、そして、まだ回っている二人に声をかけた。


「おい、止まれ。ガキ共」


 すると、二人は立ち止まり、サルヴァがこちらの顔色をうかがいながら話しかける。


「えっとね、おじさんは本当に悪魔なの?」


「あぁん? ……本当だ。その事は散々話しただろう?」


 フェスは退院した足で、この二人を児童養護施設から引き取っていた。その時にフェスが人ではなく、魔神である事やルークとの契約について話していたのだ。


「もう一度、言っておく。お前らを二十歳まで面倒はみてやるが……、家族ごっこする気はねぇ、覚えておけ」


 二人に、釘をさす様な低い声で、フェスはそう告げた。


「…………」


 サルヴァは、じっとフェスを見つめ、何かを言いたそうにしている。


「何だ、言いたい事があるなら、はっきり言え」


「ねぇ、ルークお兄ちゃん、本当に死んだの?」


「ん?……ああ」


 その言葉を聞いた二人は悲しそうな顔をした。サルヴァは顔を下に向けてぽつりとつぶやく。


「……ルークお兄ちゃんとは、一緒に遊んで楽しかったから……寂しいな」


「……俺の事が憎いか?」


 ソフィアは首を横に振り否定する。


「うぅん、思っていないよ」


「そうか? お前らにとって、ルークは大切な存在だった。そんな奴を殺したのは……この俺だぞ?」


 フェスは目を細め、冷たい声で話す。それに対してソフィアは、真剣な顔で答える。


「ルークにーちゃんが死んだのは悲しいけど、フェスさんは悪くないよ」


「……なぜだ?」


 フェスは肩をすくめ、疑問を投げかけた。


「だって、フェスさんの瞳の色は優しいもん」


「はぁっ?」


 フェスは口を開けたまま、一瞬、固まってしまう。


「はっ、冗談だろ」


 それでも、ソフィアは首を大きく横に振る。


「優しいよ。隠さずに本当の事、ちゃんと喋ってくれたもん。それに、ルークにーちゃんの願いをかなえてくれた」


 二人は優しく微笑んだ。


「……付き合ってられねぇ」


 フェスは吐き捨てるように言うと、そのまま家を出て行ってしまった。


 ◆◆◆◆◆


「くそっ、何なんだあのガキ共は……。優しい?  俺が? あり得ねぇ」


 フェスは怒りが収まらず、あてもなく街をぶらついていた。


「契約がなけりゃ、殺してたぜ」


 二人の思わぬ態度に、余計に気分が悪くなったフェスは歩くスピードを速める。


 ──ドン!


 その時、すれ違いざまに金髪の男と肩がぶつかった。


「おい、邪魔だ。どけ」


 フェスはぶつかった男にそう吐き捨てた。


「あぁん? てめぇが、ぶつかって来たんだろうが」


 見るからに、チャラそうな金髪の男が、フェスの顔まで近づけにらみつけた。だが、フェスは男を無視して先へ行こうとする。


「はぁ? 俺を舐めてんのか?」


 金髪の男はフェスの肩を掴み、強引に振り向かせる。


「おい、無視するんじゃねぇよ」


「気安く触んじゃねぇ、ゴミが」


 フェスは面倒臭そうに返し、男を払いのける。金髪の男は眉をピクピクさせながら怒鳴った。


「あぁ? 何て言った? 俺様はなぁ、下界の西、ウエストタウンを牛耳る『グローリア』のエンドリッヒ様だぞ」


「はっ、グローリア? 知らねぇよ……ゴミ」


 フェスは馬鹿にしたように、鼻で笑う。


「ぶっ殺す!」


 エンドリッヒは頭に血が上り、フェスに殴りかかろうと拳を振りあげた。

 その時、遠くから誰かの声が聞こえてきた。


「あれって、オヌールの連中じゃないの?」


「しかも……、イヴァン・アセンだ、オヌールのボスが何で……」


 その声を聞いたエンドリッヒは顔を青ざめ、キョロキョロと周囲を見渡す。


「やべぇ……」


 エンドリッヒはそうつぶやくと、逃げるようにその場から逃げ出した。


フェスは深いため息をつく。


先程まで、頭に血が上がっていたが、馬鹿なチンピラのおかげで、幾分か熱が冷めてきた。


「ふん、くだらねぇ……帰るか」


 後ろを振り返ると、そこには、サルヴァとソフィアが立っていた。


「……ガキ共、追って来たのか?」


「うん、危なかったね。僕たちが嘘の情報を流さなかったら、悪い人に殺されていたよ?」


 サルヴァはニコニコッと円満な笑顔を浮かべる。それを見てフェスは顔をしかめる。


「ちっ、ガキのくせに……。それより、さっきの野郎がほざいていた『グローリア』というのは何なんだ?」


 フェスはあごで、走り去ったチンピラの方を指す。


「知らないの? マフィアだよ、逆らったら、殺されるよ」


「マフィア? 知らねぇな……ふん、人間界は、訳が分からない事ばっかりだ」


 フェスはうんざりとした表情を浮かべた。それを見た二人は顔を見合わせて、うなづくとサルヴァが口を開いた。


「ねぇねぇ、おじさんはこの街の事、何にも知らないんでしょ?」


「あぁ」


「ふふん、僕たち、いい考えを思いついたんだ、聞きたい?」


「……何だ?」


「この街の事を教えてあげるから、その代わり、僕たちの家族になってよ」


「あぁ? 聞いてなかったのか? 家族ごっこするつもりはねぇぞ」


 フェスは不機嫌そうに言う。


 すると、ソフィアは目を輝かせて─


「これは、契約です」


「はぁ?」


 フェスは少し困惑したが、すぐに二人が自分と契約するつもりなのだと分かった。


(……はぁ、契約が何なのか、分かってねぇ)


 頭を抱え込んだフェスは、ため息まじりに否定する。


「おい、契約中の悪魔とはできないぞ。それに、俺はお前らの父親になる気はねぇ」


「むう、家族になってくれなきゃ、僕たち、施設に帰る」


 サルヴァは頬を膨らませて、そっぽを向く。


「いやだね」


 だが、フェスはそれをつっぱねた。子供の我儘に付き合うつもりはないのだ。しかし、ソフィアは負けじと、食い下がってくる。


「いいの? 私達に恩を売った方が、お得だと思うわよ?」


「それはどういう意味だ?」


 フェスが問いかけると、ソフィアは得意気に鼻を鳴らす。彼女は指を、ピンと立てて宣言する。


「私達が、あなたの影を、必ず見つけてあげるわ」


 フェスは、呆れてため息をつく。それは、単なる子供の戯言にしか聞こえなかった。


だが、ソフィアは真剣だ。彼女は再び、口を開いた。


「ふふん、私達は、この街に詳しい。フェスさんは手がかりが欲しい。考えるまでもないと思うけど?」


 フェスは、あごに手を当てて考える。確かに、手がかりがないのは事実だ。


それに、今はこのソフィア達しかアテがないのも、また事実である。


 フェスは面倒くさそうに頭をかいた。


「考えやがったな……ふっ、好きにしろ」


「やったー!!」


 二人はフェスの言葉を聞いて、楽しそうにはしゃぐ様子に、フェスは不思議な顔をして、ポツリとつぶやいた。


「しかし……何で、あいつら、俺を構いたがるんだ?」


 ◆◆◆◆◆


 翌朝、フェスは二人に呼び出された。


「ふあぁ……朝っぱらから、うるせえ奴らだな」


「これ、見て」


 二人は、フェスの腕を引っ張り、玄関から外に出ると、鉄製の看板をフェスに見せた。


「ん?」


 そこには、こう書かれていた。"何でもやります!便利屋『デビルズ』"


「おい、何だ? このふざけた看板は……」


「それね、便利屋さんだよ、ルークお兄ちゃんがやってたんだ」


「便利屋? 何だそれは?」


「依頼を受けて、それを解決するんだ」


 サルヴァは腕を組んで、得意気に答える。


「あぁ? 誰がそんなもんやるかよ」


 怪訝そうな顔をみせるフェスに、ソフィアは一生懸命に説明した。


「便利屋には、色々な依頼が来るの。人探しとか、壊れたおもちゃを直して欲しいとか、小さな事までね。便利屋は、街の情報が集まりやすいの」


「つまり、その便利屋をやっていれば、影の情報も掴めるかもしれないって事か?」


 フェスがそう聞くと、二人はコクンとうなづく。


「……悪くねぇ。いいぜ、やってやるよ」


 二人は手を叩き喜びあった。


「やれやれ、ガキは元気だな」


 フェスは呆れ顔で言う。


「あのぅ~、ちょっとよろしいでしょうか?」


 いきなり、背後から声をかけられたフェスが、後ろを振り向くと、長身でメガネをかけた若い男性が佇んでいた。


「誰?」


 サルヴァは首をかしげる。男はオドオドした様子で、口を開いた。


「あ、あの、と……友達になってくれませんか?」

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その存在を愛と呼ぶことにした シェマ @sehma

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