第14話 三カ月という時間

 三か月。一つの季節が過ぎる時間だ。間違わずに継続的に打ち込んでいれば、それなりの成果が目に見えて現れる頃合いかもしれない。少なくとも彼らにとってはそれなりに実りのある時間となっていた。


「……第二階層は流石に涼しいな」


 第二階層に降り立ったリファールは、そんなことを口にした。以前購入した馬上槍を背負い、腰には剣を下げ、左手にはバックラーを持っている。そして彼が騎乗しているのは鋼鉄のような羽毛を持つ大柄の狼、アイアンウルフだった。


「夏の間はずっと第二階層が良い」


 アリシアは少し疲れたような顔をしながらそう言い、持ち込んだマントを羽織る。彼女の装いは春頃と比較して軽快なもので、肩や足などの露出も多い。第二階層は地上や上階層よりも涼しいため、こうしてマントを持ち込んで対策する必要がある。


「じゃあ探そうか。シャドウウォーカー」


 リファールたちは歩き始める。とはいえ彼らはもう既に何度も第二階層に来ている。目当ての魔物とは、大した範囲を探さずとも出会えることは知っていた。


 予想は的中。通路の真中でたむろしているシャドウウォーカーを一体発見したリファールたちは攻撃態勢を取った。


「はぁッ!」


 リファールは騎乗槍を構えたまま、アイアンウルフを走らせる。馬などと比較して身体全体を大きく躍動させる狼の疾走に自然と身体を合わせ、人馬一体となって襲来する。人間が素直に刃物を持って斬りかかるのとは比にならないような衝撃をシャドウウォーカーが耐える道理はなく、突進の勢いそのままに壁に激突した後ピクリとも動かなくなった。


「よし回収、さっさと帰ろう」

「……」


 今回彼らが受けた依頼は、『シャドウウォーカー1体の狩猟』だ。彼らは三カ月の間に、第二階層にまつわる簡単な依頼であれば直接受けるようになっていた。依頼は達成された訳だが、それはそれとしてあまりにも束の間の避暑に、アリシアは若干不服そうだった。




◇◆◇◇◇◇




 ダンジョンの外に出れば、たちまち照り付ける陽光に晒される。一行は陽炎の立ち込める街道を通り、辛うじて彼らのギルドへと帰ってきた。


「ただいま戻りました~……」


 当然ギルド内に入ろうと外の暑さから逃れられる訳もない。屋内に入ったところで汗が引くことはなかった。


「おかえり。駄目だよ、若い子がバテてちゃ」

「……年齢関係なく暑いものは暑いです」

「ははは、それはもっともだ」


 ロビンは笑いながら書類を受け取り、依頼の完了を確認する。


「うん。今日も依頼達成だね。お疲れさま……あぁそうそう。帰ってきて早々悪いけど、君たちに新しい依頼が来てるよ」

「ウィルさんですか?」

「いや。新しい依頼主だ。それでなんだけど、一度依頼主に会いに行ってほしい。いつもいる場所はここに記してある」


 そう言って、ロビンは一枚の紙を渡した。紙には簡易な地図が描かれている。ギルドの位置から更に町の外周側へと進み、更に裏道へと入ったところにチェックが入っていた。全く見当もつかないというわけではないが、土地勘に自信があるわけでもないリファールたちは顔を見合わせて困惑する。


「今日中ですか?」

「明日でもいいよ。昼間がいいらしい」

「……アリシア、どうする?」

「行けない事はないし、今日中に済ませて、明日休みましょう」

「そうだな。そうしよう」


 二人はそう言って、一休みすることなく出立するのだった。




◇◇◇◇◆◇




 ダンジョン街ファルベラという通称には、二通りの意味合いが含まれている。一つは文字通り町の中央にダンジョンが存在すること。そしてもう一つが、この町には多くの人が訪れ、多くの人が帰らぬ人となるということだ。ダンジョンから富を得るために両国は多くの人間を送り込むが、無一文でこの町から故郷へと帰れるほど貧者に優しくはない。


 結果として、ダンジョンで夢破れた者やその子孫は町の外周へと追いやられ、細々と暮らすようになった。リファールたちはそんな郊外の裏路地を歩いていた。


「ここか」


 地図を手にするリファールが顔を上げる。印が付いていたのは、裏路地にある小さな建物だった。入り口の扉は開いていて、外装はボロボロだが、神殿でも見られた意匠の残滓がところどころに見受けられた。


 リファールたちが入り口の前に立っていると、意外な人物が建物の中から現れる。


「ウィルさん?」

「君たちか」


 リファールたちとウィルとは、この三カ月の間依頼を通じて交流を続け、多少は打ち解けたといっていい。相変わらず不愛想だが、その不愛想の中にある機嫌という奴を感じ取れる程度の間柄にはなれたのだった。


「依頼人は中にいる。行くといい」


 ウィルは事情も聞かず、そう言って去っていく。誰がこの依頼を斡旋したか、その対応だけで分かるというものだった。




 建物の中に入った二人は、すぐにここが教会なのだと理解する。教会、神を祀る神殿との違いは単純な規模の他に、高位の神官が存在するかどうかも関わってくる。高位の神官はスキルの神授に必須のため、比較的大きな町には一人くらいは存在し、そういった人がいるべき場所として神殿は整備される。


 一方でこの建物の中はこじんまりとしている。辛うじて10人くらいは座れそうな長椅子と小さな壇。部屋の隅には閉まった扉が一枚。ステンドグラスや豪華なキャンドルスタンドのような華美な要素は微塵もなく、人民の祈りの場所といった雰囲気だ。


「なんだかうちの村の教会に似てるな」


 リファールはそう言いながら周囲を眺める。一般的な村に神殿は無い。だからリファールはファルベラへとやってきたついでに、ファルベラの神殿でスキルの授与を受けたのである。


「……依頼者は教会の神父?」

「そうかな」

「神父と言えばウィルさんも神父っぽいかも」

「確かに雰囲気はそれっぽいけど、怖がられそう」

「あぁ……」


 人の気配がなかったため、二人はそんな雑談をしていた。


 少しして、奥の扉から一人の女性が姿を現した。暑い中手袋をしている以外は、簡素な服装をした女性だ。リファールたちに比べれば10ほど年上だ。黒い髪をたなびかせながら、二人に対して柔和な笑みを浮かべる。


「あら、初めて見る方ですね。なにかお困りですか?」

「依頼を受けてきました。"朱鷺の止まり木"の冒険者、リファールです」

「アリシアです」


 リファールたちが名乗ると女性は合点がいったようで、あぁと小さく呟いた。


「あなたたちがウィルさんが言っていた冒険者なのですね。はじめまして。私はフロレンス、ここの神官をしています」

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騎乗スキルでもダンジョンに潜りたい! 鳩の這う町 @yandere_tp

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