第13話 第二階層の景色

 長い階段を降りていくと、冷ややかな風が肌に触れる。第二階層。冒険者によってはその生涯に渡り踏み込むことがない事すらある。魔物の強力さ、環境の過酷さは第一階層の比ではなく、またそこに存在する資源やお宝のグレードも第一階層の比ではない。厳しい依頼者には、第二階層に行けるようになってからが冒険者として本番だという人すらいる。


 リファールたちは、そんな場所に足を踏み入れた。彼らの実力を考慮すれば、それは少し早いタイミングだが良い刺激になることは間違いなかった。


「……ここが第二階層」


 階段を降りきったリファールがぽつりと呟く。風景は第一階層と変わりはない、岩肌が剥き出しになった部屋だ。しかし――


「なんだか肌寒いような……」

「第二階層の気温は第一階層より低い。睡眠をとるなら気を付けた方がいい」


 ウィルのアドバイスは、第二階層に長く滞在する場面――つまり第三階層への遠征を視野に入れたものになる。リファールたちにとってはまだかなり先の事だ。


 第二階層に到達したばかりの一行に洗礼を浴びせるかのように、数体の魔物が押し寄せる。ゴブリンほどの体躯だがその肌は漆黒に染まっており、その双眸は発光している。それらは嘲笑のような鳴き声を上げながら、俊敏な動きで襲い来る。


「魔物……!」

「シャドウウォーカーだ。頭を潰せば殺せる」


 ウィルはそう言うと同時に、背負った大盾を利き手に構える。巨大で無機質な、人一人覆うほどの大盾。それをウィルは、さながらショートソードでも振り回すかのように簡単に振るい、襲い来るシャドウウォーカーを次々に叩き落としていく。一度叩き落とされ、勢いを殺された黒塗りの小鬼たちは、ウィルがもう一方の手で振るうハンマーで頭を潰されていった。


「……差し支えなければですけど、ウィルさんのスキルって」

「『盾』だ」


 ウィルの言葉はハンマーは無スキルで使用しているということを示している。無スキル攻撃でも、相手の攻撃を受け流し、急所を叩くという動きをこなすことで第二階層に生息する魔物にも通用する姿は、リファールたちにとって学びになった。とはいえ彼らの練度ではまだ、俊敏な動きに対応できないが。


「進むぞ」


 なんの障害も無かったかのようにそう宣言し、ウィルは歩き始める。リファールたちはすぐ後ろに付き従った。代わり映えのしない通路を抜け、幾つかのもぬけの殻と化した部屋を通ったのち、一行はお目当ての魔物――オークと遭遇する。


「ヴォルロォォ!!!」

「下がっていろ」


 雄たけびを上げて襲い来るオーク。ウィルが取った行動は、先の戦闘と全く同じだった。大盾を構えて突進を受け止め、勢いを殺したところで頭部をハンマーで強打。さすがに一撃では絶命しなかったものの、倒れ伏したところへ幾度となく後頭部を強打していく。無慈悲な痛打に、オークはその巨体をぴくりとも動かせなくなった。オークの絶命を確認したウィルは、背後に控えているリファールたちに声をかける。


「リファール、アリシア。コイツの手足をこの紐で結んで、ゴーレムにかけてくれ」

「は、はい!」


 リファールたちはすぐさま作業にかかる。オークの木の幹のような腕、腹肉に埋もれるような短い脚に紐を括り付け、ゴーレムの鍵爪にかけていく。


「――願わくば、来世は穏やかなる生が与えられんことを」


 リファールたちが作業している間、ウィルはそれを手伝わずに死体の前で屈み、祈りの言葉をかけていた。僅かな時間の黙とうを済ませてから、すっと立ち上がるとリファールたちに声をかける。


「第二階層を離脱する……増援も来ているようだ」


 ウィルがそう言ったのが早いか、通路の向こうから、地鳴りのような音が連鎖的に響き渡ったのが先か。倒したオークのお仲間たちが、仇討ちのためにやってくるのは時間の問題だった。ウィルを先頭に一行は走り出す。リファールが手に持つゴーレムを括る紐には何の重みも感じなかったが、ゴーレムは確かにオークを持ち上げていた。


「引っ張れるか不安だったか?」


 リファールの表情を見たウィルが、珍しく感情のある声色でそう言う。


「……実はちょっと」

「出来ないことはやらせない。行くぞ」


 一行はそのまままっすぐ、第一階層へと戻っていくのだった。




◇◆◇◇◇◇




 第二階層で戦える冒険者がいれば、第一階層まで帰ってこれば流石に危険な敵はいない。一行はダンジョン内で少しの仮眠をとり、そのままダンジョンを出た。検問所では連れ帰ったオークが確かに死んでいるかを番兵が確認し、それが確認されてから物資用の門を通って出ることを許される。


 そこまで来たウィルは、オークを引きずるゴーレムの手綱をリファールから受け取った。


「報酬はロビンに預けてある。ご苦労だった」


 それだけ言い残し、彼は一人でさっさと去って行く。その背中を見送りながら、リファールたちはようやく息をつくのだった。


「……いやー、一時はどうなることかと思ったけど、何とかなったな」

「本当に」


 結局は全ての戦闘はウィルが担当し、リファールたちの仕事はゴーレムに紐をかけることと運搬程度だった。もっともゴーレムに紐を引っかけて運ぶという原始的な運搬の都合、オークの巨体が通路に引っかかった際は人の手で調整する必要があったが、その程度だ。


 そして第二階層での戦闘を初めて見たリファールたちは、ある感想を抱いたのだった。


「……やっぱり俺たちには第二階層は早いかも」

「そうね」

「今回でなんとなく思ったけど、まず第二階層の情報が足りない。どんな魔物がいるとか」


 今回の探索では、初めて訪れる場所とはいえ知らないことも多かった。自分たちで踏み込むなら、未知は命取りになる要素だ。


「それと第二階層は攻撃が激しい。防御する手段も身に付けないと」


 今回一行の前に立ち塞がった魔物はどちらも、ベクトルは違うながら強力な物理攻撃を擁していた。ウィルはそれをシャットアウトする『盾』のスキルがあったから一人で戦えたものの、自分たちにそんな防御力は無い。反面攻撃力については無スキルのハンマーに限られ、何かしらの魔物に騎乗した状態での突撃よりは弱い攻撃だったと言えるだろう。




 そんなこんなで第二階層での経験を話しながら、二人はギルド"朱鷺の止まり木"へと帰ってきた。


「ただいま戻りました!」

「おかえり。お疲れさま」


 ロビンはいつものように微笑みながら、カウンターの上に用意していた報酬の袋を前に出す。


「君たちが帰ってくる前にウィルさんから連絡があってね。今後もよろしくだってさ」

「それはよかったです」

「ここからしばらくはウィルさんの依頼を中心にこなしつつ、第二階層に行ける実力を身につけるって感じかな」

「ですね」


 現状、リファールたちが受けられる依頼の中で割の良い依頼といえば全部ウィルが発行してくれるものだ。それを受けて金銭的な部分の不安を無くしつつ、第二階層へ行くための鍛錬に取り組むというのは合理的と言えた。


「正直、まさかここまで早く軌道に乗るとは思わなかったよ。君たちの頑張りの賜物だ」

「油断せずに頑張っていきます!」

「その調子でね。全力でフォローしていくから」




 リファールたちは第二階層への野望を胸に歩み始める。彼らの冒険はまだ始まったばかりだ。

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