第12話 ウィル精肉店
ウィルの依頼。それはオークを狩猟する際の運び屋の提供だった。そしてそれはロビンにとって、予想外の提案ではなかった。
「それはつまり、うちのリファールたちを運び屋にということでしょうか」
「そうだ。可能か?」
「可能かどうか、で言えば可能です」
「なら依頼を作成してくれ」
「その前に、彼らに運び屋について教える必要がありますので少し待っていただけますか」
ロビンはそう言って、リファールたちに向き直る。リファールたちはその時のロビンの表情を見て、どうして自分たちに運び屋の存在を教えなかったのか察しがついてしまった。彼は少年たちに、自分たちがなるべく主となって冒険できる依頼を振ろうとしていたのだ。
「俺たち、運び屋のことなら知ってます」
「あぁ、知ってたのか。なら話は早い」
ロビンはそう言って、依頼者の説明を始める。運び屋というのは特に依頼者によって難易度が天と地ほどにも変化する。どういった人物なのか教えるのは絶対に必要なことだ。
「一応補足しておくと、ウィルさんの運び屋は僕もやったことがある、というか結構な頻度でやっていた。信用出来る依頼人だ。第二階層での戦闘はすべてウィルさんが担当するし、行き道も帰り道も同行だ。仕事はただ一つ、撃破したオークを運ぶことだ」
「依頼を受ける前に、報酬はどうですか?」
「報酬は一人頭1000Gを予定している。第二階層なら、これが適正のはずだ」
ウィルの提示した額は、普段の依頼と比較しても良い方だ。これでリファールの答えは完全に固まった。
「アリシア。オレ、この依頼は受けようと思う」
「そう。リファールがいいなら、私は異存ない」
こうしてリファールたちの次の依頼は決まった。
◇◆◇◇◇◇
ウィルは依頼書の作成が終わるとさっさと帰って行った。
「それにしてもリファール君。あの仕事をよく受ける気になってくれたね」
ロビンがそんなことをリファールに言う。
「受けたらマズかったですか?」
「いや、確かにウィルさんは依頼主としては優良だ。性格は取っつきづらいかもしれないけど、不愛想なだけで悪意はない。ただ僕はてっきり、リファール君は自分の脚で冒険をしたいものだとばかり思っていたんだ」
「そういう気持ちもない訳ではないんですけど、俺はそれ以上に第二階層がどういう場所か見てみたいなって思ったんです。いつか自分たちで行く時のために」
リファールは真剣なまなざしでそう言った。
一般的な夢見がちな若い冒険者とリファールの違いは、挫折の有無だ。前者は"高名な冒険者になり、ダンジョンで一攫千金"というのが主な目的だ。かつてのリファールと彼の幼馴染もそうだった。神から良いスキルを授かった自分は日の当たる場所を歩けると信じて止まないのだ。
しかし今のリファールは、冒険者になる前の強い挫折とスキルによる万能感の喪失、このままではいけないという危機感をきちんと持っている。そうした要素が彼を、プライドに邪魔されることなく取れる手を取れるようにしていた。ロビンは彼を見誤っていたといっていい。そのことを理解したロビンは、嬉しそうに笑みを零した。
「……分かった。じゃあ今回の依頼について僕になにか聞いておきたいことはあるかい?」
「じゃあ私から」
先に手を上げたのはアリシアだった。
「オークってかなり巨体だと思うんですけど、どうやって運ぶのでしょうか」
「ウィルさんが魔導ゴーレムを持っている。オークを倒した後はそれに括り付けて動かすから、君たちは魔導ゴーレムにオークを括り付けるのと、魔導ゴーレムの誘導……といっても浮いているのを紐で引っ張るだけだ。風船を引くようなものだと思えばいいよ」
「わかりました」
そこでアリシアの質問は終わり、今度はリファールの質問だ。
「ところで疑問なんですけど、なんで精肉店の店主がオークを狩るんですか?」
「なんでって、食用だよ」
リファールの質問に、ロビンはあっさりとそう答えるのだった。
ダンジョン都市ファルベラが建立して以来、この町を深刻に蝕んできたのが食糧問題だった。ダンジョンで一山当てるという夢を見てこの町へと雪崩れ込んでくる移民は日に日に増え、それに伴って食料が不足していった。隣国であるハルスベルク王国とネフェリ帝国はそれぞれ食糧支援を行ったが、それも完全なものではない。辛うじてパンの供給は出来るようになったものの、それ以外の品目――肉などについては確保が難しかった。
そんな状況において、オーク肉を初めて取り扱ったのが先代のウィル精肉店店長だった。彼はオークを撲殺し、その死体をダンジョンの外へと持ち出すと、ファルベラ随一の安価な肉として大々的に売り出したのだ。現代ではその商売を多くの人が模倣し、オーク肉はもはやファルベラにとってありふれたものとなっている。
そうした説明を受けたリファールだったが、少なくとも彼の記憶ではオーク肉というものに出会ったことが無かった。
◇◇◇◇◆◇
翌日。午前中に検問所前で依頼主と待ち合せたリファールたちは、朝早くからギルドを経った。決して遅刻にはならない時間だが、待ち合せた場所には既にウィルが立っていた。ギルドを訪ねた時と同じように黒の丈長の服を着ているが、背には人一人を覆えるサイズの大盾を背負い、腰にはハンマーがかけられていた。そして彼の握る紐の先に、浮遊する謎めいた物体が在った。形状は握りこぶし程度の球体に幾つかの鍵爪がついたような格好で、その鍵爪に紐がかけられている。
「……来たな」
リファールたちを視界に入れたウィルはそう呟いた。
「おはようございます。よろしくお願いします!」
ウィルは挨拶を返すことなく、手に持っている紐をリファールに渡した。
「基本はこの紐を持ってついてこい。それが破壊されないように立ち位置を気を付ければいい」
「わかりました」
そうして一行は検問所を通過し、ダンジョンへと入った――が。
「……」
「……」
ダンジョン内を歩く一行の間には、重苦しい空気が漂っていた。誰も彼もが無言のまま、粛々と進んでいく。先頭を歩くウィルの足取りは、予定する道順を知っているそれだった。当然ながらリファールとアリシアは普段からここまで無言という訳ではないが、自分たち以外の人が同行していること、それが依頼主という上の立場の人間であることが緊張の一因にもなっている。
しばらく進んでから、ふとウィルが口を開いた。
「君たちは普段からこんなに静かなのか」
「い、いえ……?」
「雑談は禁止していない。第二階層に行くまでは好きにしていろ」
ウィルはそれだけ言ってまた押し黙る。困ったのは突然雑談をしろと言われたに近しいリファールたちの側だった。恐る恐る、リファールが喋り出す。
「……そういえば俺、オーク肉って食べたことないんだけど、どんな味がするんだろうな」
「私も食べたことない」
「……あまり質のいいものではない。関わる機会が無かったのなら、それがいいだろう」
ウィルの指摘に、リファールたちはまた居心地の悪さを感じるのだった。そうこうしている内に一行は、第二階層へと通じる階段の前に立つ。
「第二階層は初めてか?」
「はい」
「そうか」
ウィルはそれだけ言い残して、階段を一段一段降りていった。
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