第11話 日当たるところに影在り

 リファール一行はダンジョンからなんとかアイアンウルフの死体を持ち帰り、検問所で引き継いでもらってようやく帰路に付くことが出来た。ギルドまで帰ってきた頃には既に夜も明け、カウンターにはロビンの姿があった。


「おかえり」

「ただいま戻りました」

「ゴドルウィンさんから報酬は直接渡したいと連絡があった。休んでからでいいから行ってくれるかな」

「了解です」


 疲労からフラフラの足取りで階段を登っていくリファール。普段なら例え一徹だろうとここまで疲れることはないのだが、それだけアイアンウルフを運ぶ疲労は堪えたということだ。




 結局、リファールたちが武器屋を訪ねたのは夕方になってからだった。


「おう、遅かったじゃねぇか。もう出来ちまったぞ」

「すいません、アイアンウルフを運んだのが思ったより堪えて……」

「お前らもしかして、運び屋雇わなかったのか?」

「運び屋……?」


 リファールの反応を見たゴドルウィンは事情を理解し、けたけたと笑い声をあげ始める。


「ハハハハハ、そりゃご苦労なこった! ま、若いんだからそれくらい出来ちゃうわな!」


 そしてゴドルウィンは、"運び屋"について話し始める。


「冒険者って一口に言うがな、お前さんらみたいにガンガン戦える奴ばっかりじゃないんだ。アイアンウルフを狩れる奴なんて実はそんなに多くない。そんな奴らがどんな依頼を受けるか。薬草採取なんかの簡単な依頼は初心者に優先的に回されるから、いつかは出来なくなる。そうなると落ちこぼれに回ってくるのは、"運び屋"さ」


 ゴドルウィンは知らないが、リファールたちがアイアンウルフに勝てたのは、あくまで魔物と地の利を活かした結果だ。もしそれらが無かったら、彼らもまた"アイアンウルフを狩れない"冒険者である。そしてそうした現実を理解できないほど、リファールたちは愚かではなかった。


「運び屋ってのは、文字通り依頼を受けた冒険者が出した依頼を受けて、一緒にダンジョンに入って死体やらを回収して持って帰るって仕事だ。原則行き帰りは同行だが、ひでぇ依頼主だったら一人で先に帰らせちまう」

「……死体を運びながら一人で?」

「そうだ。ま、それくらい命が安いのさ。ついでに階層にもよるが報酬も安い。俺が現金で100G報酬渡したのも、一人くらい運び屋を雇うだろって思ったからだしな」


 確かにゴドルウィンが語る通り、報酬内容にはリファール用の馬上槍の他に100Gの現金での報酬が含まれていた。


「……冒険者、もっとキラキラした世界だと思ってたか? まぁ、お前らはたぶん大丈夫だろう。がんばってくれ」


 そう言いながらゴドルウィンは、一本の槍をリファールに渡す。1メートル半ほどの円錐状で、刃は付いていない。耐久性を上げるために無駄な装飾は極力排されている。持ち柄に使われているのはアイアンウルフの毛皮を加工したもので、触れるとひんやりとした触感がする。


「……ありがとうございます! 頑張ります」

「その調子だ、若いの。また来てくれよ」


 馬上槍を受け取ったリファールたちは武器屋を後にする。




◇◇◇◆◇◇




「ただいま戻りました」


 リファールたちがギルドへと戻ると、そこにギルドマスターの姿はなかった。とはいえそれは不思議なことではない。ロビンは依頼の営業や役場への書類提出など、ギルド運営にまつわる様々な仕事を一人でこなしている。営業時間に席を外しているのはそうおかしな話ではないのだが、問題は席を外している間に客が来ていることだ。


 髪はくすんだ赤色で、皮膚は浅黒い堀の深い顔の中年男性だ。神父のような丈の長い黒服を纏っていて、不愛想な顔つきをしている。さながらどこかの神殿の神父を思わせるような厳かな雰囲気の男は、リファールたちを見つけると声をかける。


「……君たちは、ここの冒険者か?」

「はい。リファールって言います。こっちはアリシアです」


 リファールたちの紹介を聞いた男は、小さく「リファールとアリシア、そうか。君たちか」と呟いた。そして自分の名を名乗る。


「ウィル精肉店の店主、ウィルという」


 リファールたちはその名に聞き覚えがあった。ケルピーを捕獲する依頼を出した人物である。精肉店の店主という肩書きとのギャップに、リファールたちは声に出すことはないながら驚いた。


「ケルピーの捕獲依頼の依頼人さんですよね。もう一度ケルピーですか?」

「別依頼だ」

「……どんな依頼でしょうか」

「それについて、ここのギルドマスターと相談するつもりでいる」

「そ、そうなんですね……」


 ウィルの突き放すような物の言い方に、人に話しかけるのを物怖じしないタイプのリファールも取りつく島もなく、かといって自分達には関係ないと上階の部屋に戻ってしまう訳にもいかず、気まずい沈黙が場を支配する。


(早く、早く帰ってきてくれ~!)

(どこほっつき歩いてるんですかギルドマスター……!)


 少年少女たちが内心悲鳴を上げる。20分ほどの沈黙を経て、ようやくロビンが帰ってきた。ウィルの不愛想な表情のため、端から見ればロビンを睨みつけているようにも見える。そんな中でロビンは普段通り、にこやかな表情を崩さない。二人がそれなりに親密な間柄を築けているのか、それとも単にギルドマスターの肝が据わっているのか、リファールたちには分からなかった。


「これはウィルさん。すいません、待たせてしまいましたか」

「そこそこ待ったな」


 ウィルは小さく息を吐く。そして――


「それで依頼の話だが、近く第二階層にオークを狩りに行く。運び屋を出せるか?」


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