第10話 魔石を掘らずに売る方法

 早朝にダンジョンから帰還したリファールたちは、ひとまず水で隔たれた場所にある魔石抗のことをギルドマスターに報告した。ロビンはその報告を聞くと、目を開いて驚く。


「水辺に阻まれた手つかずの魔石抗か。第一層にね」

「一応これ、そこで拾って来たんです」


 リファールが、魔石抗で拾った魔石の欠片を手渡す。


「どれどれ……確かに第一階層相当の魔石だね」

「魔石にも階層ごとの違いとかあるんですか?」

「魔石の魔力濃度が濃くなると段々色が抜けて透明に、魔力の特性が偏ると赤や青、緑なんかの色が鮮やかになる。下の階層で取れた魔石の方がそういった特性を帯びやすい傾向にあるね」


 ロビンは魔石を観察し、うんうんと一人唸りながら少しの間思案をして、顔を上げる。


「……まぁまだ更新から4日だし残っていてもおかしくないか。そんなに大きな魔石抗じゃないんだね?」

「そうですね。ちょうど入り口から、階段の手前くらいでした」

「折角だし、自分達で掘ってみる?」


 ロビンの提案に、リファールたちは難色を示す。この件についてはダンジョン内で出した結論通り、魔石堀りばかりに執心して冒険を忘れるのは本意ではなかった。


「うーん……先に依頼を達成したいです」

「そもそもアイアンウルフに会えなかったから一度帰ってきただけです。お金にはそんなに困っていませんし」

「つくづく君たちは良い子たちだね……」


 ロビンはしみじみ言う。もっとも、彼らが金銭にがめつくない理由の大きな部分を占めるのは、彼自身が勧めた割の良い依頼の提案なのだが。


「自分たちで掘らないなら、地図を売ってこようか。マッピングがしてあれば1000Gで買い取るよ」

「ホントですか? ……どうするアリシア?」

「行かないなら売ってしまいましょう」

「分かった」


 リファールはそう言って、ダンジョンに入ってから魔石抗までの道順を記したメモをロビンに渡した。ロビンはその対価としてすぐに1000Gを二人に渡した。


 その後、リファールたちは今日一日を休暇に当て、明日再び出発する方針を固めるのだった。



◇◆◇◇◇◇




 次の日。いつも通りという形容もそろそろ出来るだろう、昼過ぎに検問所を通過してダンジョンへとやってきた一行。今日も入り口付近の部屋や通路では魔物と遭遇せず、悠々と歩を進めていく。


「……思ったんだけど、いっつも俺たち昼過ぎになっちゃうんだよな」

「そうね」

「で、帰るのは深夜から翌朝みたいになっちゃう」

「前日に中央で泊まって朝にダンジョン入りとかはまだ駄目。みんなおんなじこと考えるから、どうしても高くつく」


 何を言いたいかを察したアリシアに先手を打たれ、リファールはうなだれる。


「駄目かー……」

「せめて4桁報酬が当たり前になってからにしましょう」

「そうだな、頑張ろう」


 そんなことを話している内にも魔物と遭遇することはなかった。とはいえ騎獣も確保できていないリファールたちが、アイアンウルフの群れにでも遭遇すれば全滅待ったなしのため、一概に悪いとも言い難い。


「……今日もいないのか」

「こっちの道に行ってみましょう。第二階層行きじゃないから、まだ残ってるかも」


 アリシアに提案され、昨日とは違う道へ逸れる。幾つかの分かれ道を抜けて、彼らはまた池のある部屋へと辿り着く。今回も水の中ではケロンガが一匹顔を覗かせている。一つ以前訪ねた部屋と違う点は、池の対岸に陸地が無い事だ。


「……ここも水とケロンガね」

「ただ対岸は行き止まりっぽいな」


 アリシアはケロンガを観察するが、ケロンガは温厚な魔物だ。手を出されでもしない限り突然怒り狂うといったことはしない。ただ一度琴線に触れてしまえば、そのオークにも匹敵する巨体と舌での遠距離攻撃が待っている。とはいえ『魔物使役』は敵対行為ではないため、使役が完了するまで手を出さなければなんてことはない。


「乗ってく?」

「いや、あれじゃ通路に入れないし……」


 ケロンガは確かに使役しやすいが、反面騎乗する際にはその巨体がネックとなる。こうしたケロンガがいる前提のフロアは問題ないが、そもそも狭い通路に侵入することが出来ずエリア移動が難しいのだ。魔物使いにとって、使い捨てながら使役しやすい強力な魔物というポジションと言っていい。


 という訳で、一行が先に進むにはケロンガと別れ、乗騎無しで先へと進む必要がある。とはいえそれはリスクのある行動であることは間違いない。それは彼らも知っていることだ。なるべくこのアドバンテージは活かしたい――と考えた所で、ふとリファールの頭に一案が浮かぶ。


「……そういえば魔物って水飲むのかな」

「一応、ケルピーは草を食べてたけど」

「ちょっと待って観察してみない?」


 そうして一行は、使役したケロンガの背に乗り、水上での張り込みを始めるのだった。


 リファールの計画は単純明快。水分補給のために魔物がこのフロアを訪れるのではないかという予想だ。もしお目当ての魔物が訪ねてくるようであれば、ケロンガとケロンガに有利なこの水場を利用して戦えば良いし、乗騎に出来そうな魔物がやってきたのならケロンガに乗ったまま『仮使役』を行い、それに乗り継げばいい。何も来なくても、彼らはそこまで時間に切羽詰まっている訳でもないため特に問題は無かった。



 果たしてどのような結果が出るか。結果が出たのは、大体一時間が経った頃だった。


「……来た!」


 部屋の入口からやってきたのはお目当てのアイアンウルフだ。それも一体ではなく三体。アイアンウルフたちは水辺へと近づくと、ケロンガお構いなしに水面に口を付けて飲み始める。ひとまずリファールの目論見は当たった格好だが、今度は別の問題が浮上した。


「……あれ、これもしかして地上に上がれないんじゃ」


 少なくとも今のリファールたちに複数体のアイアンウルフを撃破する力は無い。ケロンガが戦えばどうにかなるかもしれないが、どうにもならないかもしれない。




◇◇◇◇◆◇




 睨み合いが始まってしばらく経つが、アイアンウルフたちがその場を退く気配はなかった。アイアンウルフたちは鋭い眼光を、ケロンガの上に座るリファールたちに向けたまま直立している。


「ケロンガの舌で水に引きずり込んで、一匹ずつ倒していくしかないんじゃない」

「どうやって舌出させたらいいのか分からないのが問題だね」


 リファールの騎乗スキルは確かに乗騎をほとんど感覚で操作することができるが、乗騎に攻撃を促す方法はその内に入らない。どうしたものかと悩むリファールをアリシアは見ていたが、ふと使役をしている自分が指示を出せばいいのではと思い立つ。


「ケロンガ、舌でアレを絡めとって沈めて」


 アリシアの言葉を理解しているかのように上体を上げ、口を開く。アイアンウルフが行動をとるよりも早くそれは放たれ、三体のうち一体を絡めとった。


「ガアッ!?」


 一体目のアイアンウルフは舌に絡められたまま、水中へと沈められる。水面に泡が浮くが、すぐにそれも消えた。突如として攻撃を仕掛けてきたケロンガに対し、残された狼たちは強い憤りを表す。水に飛び込むと、前足で水を掻いて迫らんとした。


「アイアンウルフ、泳いできてるけど」

「奥へ引きながら倒していけばいい」


 およそ数メートルはゆうに届く舌の一撃は、ケロンガの遊泳能力と相まって一匹ずつ狼たちを撃退していく。結局、リファールたちだけでは間違いなく乗り越えられなかった危機を、一匹の魔物で乗り切ってしまえた。魔物使いの強さが前面に出た格好だ。


「……後は一体だけ引き揚げて帰りましょうか」


 水中に沈んだアイアンウルフをケロンガの舌で引き揚げ、出来る限り水を抜いてから死体を運びはじめる。


「かなり重たいなこれ……」

「ゴブリンを見つけたらそれを使役して運ばせましょう」

「そうだなぁ……」


 一行はそんな期待をするが、往路で出会わなかった魔物にそう運よく遭遇することはないのだった。

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