第9話 冒険者なんだから冒険しよう
武器屋を訪ねた次の日。リファールたちは普段通りの朝食を取ってからギルドのカウンター前へと集まった。今日は依頼があることが分かっていたからだ。
「おはよう。今日は君たちに依頼が届いてる――と言っても既に君たちに話は来てるんだよね?」
「はい。武器屋のですよね」
「そうそう。ゴドルウィン武器屋のゴドルウィンさんからの依頼で、"アイアンウルフ一体の狩猟"だ。アイアンウルフを狩猟して、その死体を丸々持ち帰るというのが内容になる」
アイアンウルフというのは鋼鉄のような質感の毛を持つ狼型の魔物だ。第一階層を主な住処としている魔物としては比較的強力な部類であり、複数体の群れと遭遇すると苦戦を強いられることになる。とはいえ単独で活動していることも少なくなく、そうした個体を狙えば駆け出しでも狩ることが出来る。
「使役して、入り口で倒してしまえば安全でしょうか?」
「多分今の君の『魔物使役』の練度では厳しいと思う。一時的に成功する可能性は無くもないだろうけど、ダンジョンの入り口まで連れていくのに何回かかけ直さないといけないから」
「……よく分かりますね?」
「観察と分析は得意分野なんでね」
ロビンが笑いながらそう言う。アリシアは若干腑に落ちないといった様子だったが、それ以上追及することはなかった。そして今度はリファールが質問をする。
「アイアンウルフって何に使うんですか?」
「一般的には防具の素材とか槍の持ち柄とかだね。強度と軽さを両立したい時に使われることが多い」
「それだと狩猟時に傷つけたらよくないんじゃ」
「良い考え方だ。ただアイアンウルフに関しては、君たちの武器とスキルでは毛皮に傷をつけられないだろう。打撃の衝撃で殺すよう、頭を中心に狙って攻撃を食らわせるといい」
「なるほど。ありがとうございます!」
リファールの質問に、ロビンに満面の笑みを浮かべる。二人ともが来た依頼をただこなすだけではなく、相手が何を求めているのか、どうすれば効率的に解決できるかを考えようとしている。そのために積極的に質問までするのだから、仕事を振る側としては言うことなしだった。
「報酬はリファール君が扱う馬上槍、それと100Gだ。Fランクの依頼としてはかなり良い方だろう。前と同じで、一週間を目途に報告してね」
◇◆◇◇◇◇
意気揚々とダンジョンに乗り込んだリファール一行は、以前ケルピーを見つけた部屋まで歩みを進めた。しかし肝心のアイアンウルフはおろか、他の魔物も見当たらない。そのせいで未だにリファールは乗騎を確保できず、徒歩で進んでいる。スキルの発動条件を満たさないため、あまり良い状態とは言えない。
「……アイアンウルフ、いないな」
「もう少し奥まで進みましょう」
リファールたちは更に奥地へと進んでいく。それでも魔物に出会うことはない。こういったことはダンジョンではたまに起こる事だ。リファールたちが更に進むと、そこへ辿り着く。
「……ここが第二階層への入り口か」
「今は用は無いけどね」
四角い部屋の中央に鎮座する、下へと続く階段。第二階層に続く階段の前に立った。入り口からしばらく魔物が居なかったのは、第二階層へ向かう冒険者がこの階段を目指し、遭遇した魔物を片端から殺しつつ進んだからだ。魔物の死体はダンジョンに放置しておくと、そう時間も経たずに消滅する。そしてしばらくすると、新たな魔物がどこからともなく現れるのだ。
つまり、魔物を期待するならこの第二階層へ続く階段より先の通路に進む必要があるのだ。幸い今月の第二階層への階段がある部屋は、リファールたちが来た道の他にもいくつか通路があった。
そのうちの一つを選んで一行が進んでいくと、これまでとは景色の違う部屋へと辿り着く。
池と言ってもいいだろう、僅かな陸地を除いて止水が充満したフロアだ。対岸まではかなり遠く、こちらの岸に他の通路は無い。この水を渡らない限りは"行き止まり"だ。そんな部屋にあって、一匹の魔物が上体のみを水面から出していた。見た目は巨大な蛙で、体色は黄色みを帯びている。目には黒い線が入っており、その緩慢な動作と相まってどこかのんびりとした印象を見たものに与えた。
「……なにあの魔物」
「ケロンガ、水辺に棲む魔物で、舌を伸ばして攻撃してくる」
「使役できそう?」
「あれに乗るの……まぁやってみましょう。『仮使役』」
アリシアが『仮使役』をかけるが、ケロンガの様子は変わらない。相変わらず池の中から顔を出して、ぼーっとしているだけだ。アリシアが使役の能力で自分たちの方へと引き寄せることで、ようやっと動き始める。使役が出来ていることを確認すれば、後は実際に騎乗してみるだけだ。
「おぉ、乗れたぞ」
「……今日の乗騎はあんまり見栄えがよろしくない」
「そればっかりはしょうがない……なぁ、アリシア」
「なに?」
「ちょっと冒険してみない?」
◇◇◇◇◆◇
「ゲコ……ゲコ……!」
ケロンガが二人乗りしても問題ない巨体を持っていたことが幸いした。蛙の背に乗って、二人は水で隔たれた対岸を目指す。
「この水の向こうはどうなってんのかなぁ」
至極楽しそうなリファールの顔を見て、アリシアは小さく笑みを零す。
「ふふ……」
「どうかした?」
「なんだか今、言葉通りの冒険者って感じ」
「だよな!」
そんなリファールを見て、またアリシアは笑うのだった。この一体のケロンガ以外の魔物が見当たらなかったのも大きいが、時に生死を争うダンジョンの中にあって、少なくともこの場だけは穏やかな空気が流れていた。
対岸へと辿り着いたリファールたちは、通路に入って更に奥へと侵入していく。ケロンガは通路をくぐれなかったために、先の部屋に置いて行く事にした。そうしてまたしばらく進む。昼過ぎぐらいにダンジョンに侵入してから、大体6時間ほどが経過していた。飲食店"ロレッタ"で購入していたビスケットと先ほどの部屋の水を摂取して先へと進み続けた。
ふと、リファールが足元に転がる小さな石を拾い上げる。といってもただの石ではなく、灰色の結晶のような面が露出していた。
「……この石やたらキラキラしてるな」
「それは魔石。小さいから売り物にはならないでしょうけど」
魔石。魔力の結晶体を通常そう呼ぶ。魔力の結晶体という存在は分かりやすく応用が効き、町の街灯に代表されるように万能のエネルギー源として重宝されている。その他冒険者にとっては、魔術行使の際にこれを割るという行為が行われがちだ。
魔術師が魔術を行使する時、自身の体内の魔力の他に、大気中の魔力を用いる。その時に魔石を割る事によって、魔石の中に込められていた魔力が大気中に拡散。周辺の魔力濃度は一時的に高くなり、魔術に使える魔力が多くなるという寸法だ。
そういった事情から、魔石は薬草や鉄鉱石などとは比べ物にならないほどリソースとしての需要が高い。町のインフラにも利用されているため、過度に値段が釣り上がらないように度々政府が介入するほどだと言えばどれだけ特殊なものか分かるだろう。そしてそういった魔石を採掘する抗を、魔石抗という。
「……おぉ」
通路を抜け、それに辿り着いたリファールが息を飲む。壁面には灰色の魔石が露出し、それらが淡い光を放っているために部屋全体がうっすらと明るい。リファールたちが辿り着いたのは、いわゆるダンジョン内魔石抗の中でも小規模のものだが、そこに在る魔石はほとんど手が付けられた様子が無かった。
「これは凄い。一面魔石だらけね」
「魔石抗っていうのかな? 採掘道具とかあったら俺たちも出来るんだろうか」
「ダンジョン内の採取は、どこかに許可を取る必要はないから、出来るんじゃない?」
魔石抗としては小規模ながら、これをもしすべて地上に持って帰れれば、少なくとも今の彼らにとっては途方もない利益を得ることが出来る。とはいえ今のリファールたちにそれほどの採掘能力や輸送力は存在しない。
「船みたいなの用意できたら大量に採掘して運べないかな?」
「冒険者から炭鉱夫に転職? 私は別にいいけど」
「……止めとこう。なんかこれでお金稼げるならずっとやっちゃいそうだ」
リファールはそう言って、足元に転がっていた魔石を一つ拾う。先ほどよりは大きく結晶部分も多い。採掘用の道具を持ち込まずとも、魔石抗にはこうした拾える魔石が多少存在していた。
「今日はこれを拾っていったん帰って、また明日別の道を歩いてアイアンウルフを探そうか」
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