9.貧乳は押し倒されても何もされずにラーメンを奢られる

「今度さ、僕の家に機材を見に来ない?」


 そう、私に誘いの声を掛けたのは、専門学校の外部講師Hだ。Hは電気回路の講義のために雇われたある大学の准教授だったが、まだアラサーの若い男だった。


 何度か食事に誘われ、気を許していた私は、あっさりとその提案を承諾した。私はその時、専門学校を卒業してあまり年月が経っておらず、大人の男に面と向かって口説かれた回数もあまり無い初心うぶな若者だった。それ故に気付かなかったのだ。男が女性を部屋に呼ぶ事の意味を。


 当日、Hのアパートの最寄り駅まで迎えに来てもらい、彼の先導で部屋に入ると、何故か部屋が薄暗かった。カーテンが引いてあったのだ。外は明るい午前中である。何かがおかしいと、ここで小さな違和感を覚えた。


 機材の前に陣取り、さぁ、説明をしてもらおうか。と思った瞬間だった。


 ドサッ! と私は押し倒されたのだ。


 ここに来てようやく理解した。Hは己の性欲を満たすために私を呼んだのだ。しかし、私はここで取り乱す事も無く、冷めた目で淡々とこう言った。


「そういうつもりで来たんじゃない」


 この一言に、Hは急激に萎えた様だった。強引にする気も起こさせなかったは、私の服装にあると思っている。


 その日の私は、ジーンズをベルトできつく締めた下半身に、貧乳をさらに貧層に見せるダボダボのトレーナーだった。無理矢理に事を進めようとしても、鉄壁の鎧を着ているかのような装備だったのである。引き裂く事も無理そうな厚手のトレーナーの下は、さらに破けなさそうで脱げにくい体に密着したジーンズだった。


 Hは、溜息をつくとそそくさと体を起こし、バツが悪そうにしていたが、その後ラーメンを奢ってくれた。


 私を押し倒した人間は後にも先にもHただ一人だが、私は見事に貞操の危機を守ったのだ。


 この時に学んだ事としては、貧乳でも押し倒される危険は十分にあるのだ、という事と、男が女を一人で呼ぶ理由はただ単にヤリたいからである。という事だった。

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