第2話 給仕ときどき用心棒

 聞いたとおりに、カチュアの店の内情は最悪だった。

 賃上げに応じない限りシェフも給仕も店に来ず、働ける人間はカチュア一人。不幸中の幸いか、カチュアは料理ができ、最低限の客は捌けていた。

「私は生まれつき愛想がなくて、給仕に向かない」

 カチュアは15。縁談までそう時間もないだろうに、その歳までにこの商売を手伝っていてそれはよほどだと思った。

「それじゃ客をとったこともなさそうだな」

 そう言うと、カチュアはあからさまに嫌な顔をしてみせた。それはそうだが、あんまりだ。2階の客をとらない酒場が下町で生きていく方が難しい。

「でも、貴女なら自衛もできるし、客をとれるでしょ?」

「そりゃとれるさ。でも、客の需要と合わないだろ。あと、俺は客を取ったことがないし、今後取る気もない」

 当然のことを言うと、カチュアは不思議そうに首を傾げ、「え……見たところ12か13で……異人種の売春婦でしょ?」そんな、至極失礼なこと言った。うん、慣れてる。


 この国、貿易を要として栄えているキュリアスは王や領主はいない、金が全ての国だ。国民らしき何者か達に金で雇われている誰かが王や領主の様に、国のような何かを運営している。その金が全ての国では、法律は金で、武力は金で、心は金だ。金を得るためなら、方法は問わない。

 そんな国で誰が手段を問うのだろう。問うやつがいるならば、よほどのお人好しだ。そのお人好しか頑固者がカチュアの両親だったらしい。確かな料理と酒、抜群の人当たりの好さ。それだけでカチュアの両親は、この非情な国で店を営んできた。それだけで奇跡だった。


 そんなカチュアの目論見は半分当たって、半分外れた。

 金さえ払えばなんでも買える、そんな国でそれこそ俺の存在こそ異色だったらしい。いくら金を積んでも客を取りたがらない、見目麗しい給仕。しかし、俺にフラれたところで確かな料理が出てくる珍しい店は好事家に刺さりに刺さったらしい。

 ふた月と経たず、元のシェフや給仕が向こうから雇い直しを申し出てきた。

 シェフはガンドフ。給仕はジュノ。二人とも、それこそこの国の当然の国民性、普通のやつらだった。

「よろしくな」

「よろしくね!」

 二人とも、一欠片の悪びれさえ感じさせず、初対面でそんな挨拶をしてきた。正直、嫌いだった。


「アナちゃんさー、なんで客とらないのー?」

「そりゃ男だからに決まってんだろ。いい加減にしろクソ売女」

 そんなジュノとの慣れたやりとりは3日に1回は開店前にする決まりごとのようなものだった。こいつの頭の中には色事しかない。店の外でも当然、自分の客を持っている。それなりに愛嬌のある女だ。しかし、歳には勝てない。給仕の仕事はしかたなくやっている。それでも嫌な客はいる。それが「お客さん、いい加減にしてくれない?」とても珍しいことだが、嫌がってみせた。まぁ、俺が客を取らないせいで矛先が向いただけの話なんだが。そういう日はガンドフが賄いを豪華にしてくれるので、それはそれで釣合がとれた。

 そうして、その日も飽きた手応えだけ残して店仕舞いになり、その帰りだった。


 いつもの裏通りの道端に4・5人程度だが、人だかりがあった。

 別に珍しいことではない。行き倒れの死体から、金目のものを盗っていくだけのありふれた光景。ただひとつ見慣れないのは、行き倒れが生きているのがすぐにわかったことだった。第一に目立ちすぎた。

 

 知るものは少ないが、魔に近いものには特徴がある。

 見た目に色が鮮やかなのだ。黒ならば闇に近く。白ならば陽光と見間違う。

 道端に倒れ込んだそいつには、俺とは真逆の特徴があった。

 煌めく髪は白銀。瞳も灰。華奢な体躯は、触れたら折れると確信させる。

 が、それこそが何も知らない者の末路とも言っていいのだった。

 この世は『普通』とは違うものに近寄ってはならないのだ。


 道端に転がっていた娘の小さな体が、ふとぶれた様に見えた。途端に、周りを囲んでいた男達の体が崩れ落ちた。

 綺麗な直線だった。

 滑る様に、落ちる様に、滑らかに地面へと落ちる『死体』。確認するまでもないだろう。あれらは既に死んでいる。

 赤い、紅い、血飛沫の中、起き上がったそれは気だるそうに周りを見渡して……、

「まだいるの?」

と、頭の中が痺れる音で鳴いた。

 『––––同じ人間とは思えない』。それはどうにも『お互い様』であったようだ。

 目が合った瞬間、自分でもおかしくなるほどに血が沸き立ち、目の色が変わったと言ってもいいと思った。


 娘はいつの間にか、剣を持っていた。南の蛮族が持つ様な、妙に湾曲した人を殺すことしか考えていない剣だった。

 おかしい。寝っ転がっているときはそんなものは持っていなかった。

 視認した瞬間に体が動いた。

 殺される。なら、先に殺すしかないだろう。

 

 左手を思い切り伸ばす。利き腕を殺されるよりいいからだ。

 それにつられ、娘は無防備に剣を払う。

 ああ、こいつは武器を使う相手に慣れている。慣れすぎている。頭の先でそう感じた。


 たぶん、こいつは見たことがないに違いない。独楽だ。瞬時に、伸ばした腕を仕舞い込む。

 武器同士であれば確実に先端を捉らえた一閃は空振った。

 対して、俺には優勢があった。

 ここからはいくつかの選択肢がある。

 頭部を狙う裏拳。腹部、脚部を狙う廻し蹴り。一気に制圧を狙える、体当たり。

 

 ならば当然、体当たりを選んだ。選んで、娘を組み敷いた……はずだった。が、

「貴女は……何者ですか」

と、背後からの声を俺の耳は聴いた。

 感触はあった。手応えもあった。間違えようもない。俺はあいつを組み伏せた。が、娘は俺の後ろに立って、剣を俺の首に突きつけている。

「……『お互い様』だ」

 村が焼かれて以来、初めての敗北を俺は味わった。

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岬の国の魔女 ろぺいち @ropeixhi

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