後編 

 両親が若かりし頃、個々人が端末を所有し、音声通話や、様々なアプリケーションでメッセージを送り合うようになった。それがVR空間でのコミュニケーションに取って代わられたのは、私が生まれる前だ。


 皆、相手のアバターの顔しか知らない。家族以外の素顔など見たこともない。


 今の流行は手紙だ。紙の便箋や封筒、素敵な色のインク、美しく繊細なガラスペン、いろいろな少しレトロな道具が話題になっている。


 特にインクは、紙の上に並ぶ文字が咲いた花のようになったり、空を写し込んだようになったりするのが楽しくて、いつの間にか増えてしまった。


 手紙を書くのはとても楽しいのに、一部の人はそれが気に入らないらしい。顔の見えないコミュニケーションでは意図が伝わらない、経済が活性化しない、あとは何だか忘れたが、色々と攻撃的なメッセージを発信している。


 自分が嫌いなら、手紙を書かければよいだけなのに。なぜ、他人が手紙を書くのを邪魔するのだろう。不思議だ。


 経済は活性化しているはずだ。私は机の上に並ぶインクのコレクションを眺めた。これから友達に書く手紙のため、相応しいインクを選ぶ。楽しい時間だ。


 ペン先をインクに浸し、まだ一度も見たことのない、これからもきっとみることのない友達の顔を想像しながら、言葉を選び文字を書いていく。手紙を受け取った友達は喜んでくれるだろうか。


「コミュニケーションって、難しいから楽しいと思うの。あなたはどう思うかしら」

明るい色のインクで、友達に語りかけてみた。返事が返ってくる日が楽しみだ。


<完>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たかが紙切れ一枚で 海堂 岬 @KaidoMisaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ