雨垂れの放逐、失意は君に癒される~例え地獄に堕ちようと俺の気持ちは変わらない~
楠嶺れい
俺は誰に騙されていたのか?
薄暗い酒場の一角。霧のように煙った室内には発酵酒の香りが微かにただよってきる。壁に設置された魔導ランプは瞬き、酒に酔った男女が騒いでいた。
カウンター近くのテーブルでは4人の男女が席に着き、足元に跪く男を冷ややかに見降ろしていた。酔っぱらいのじゃれ合いにしては異質なムード、その場所だけ緊張感が漂っている。
跪く男はステイリー。
サブヒーラーにして中級クラスの冒険者だ。
椅子を勢いよく引く音で酒場の空気が変わる。酒に酔っていても耳障りな床を擦る音。店内で注意を惹くには充分だった。
テーブル近くにいた者たちの視線が釘付けになる。
皆が注目する中、筋骨隆々とした男が勢いよく立ち上がった。
その男は勇者として知られるボブ。普段は冷静沈着なボブも苛ついたのか椅子をステイリーに向けて蹴り飛ばした。
ボブは顔を歪ませながら、声高く宣言する。
「ステイリー! 今をもって君は自由だ。我がパーティー、レガシー・オブ・ライデルソーンから追放する! 消え失せろ!!」
指差された先には何も理解できない、そんな顔をしたステイリーがいた。
いきなり呼ばれて嫌な予感がしたのだろう、ステイリーは頭を抱えたかと思うと、一転してボブに縋りつく。
「なあ、冗談だよな! 酒の席の」
「あんたね、冗談でこんなこと言わないわよ! ほんと愚か!!」
勇者ボブの隣席にいた女が立ちあがってステイリーを貶める。
甲高い声の女は赤毛で豊満な身体をこれでもかと誇示する戦士のベス。
燃えるような瞳には憎悪の焔が燃えさかっている。激高したベスは早足でステイリーの前に行き、シャツの襟首つかんで睨みつけた。
女は軽蔑するように顎を上げ、相手の挙動を観察する。下等生物を見るように。
ステイリーは思わず視線を外してしまう。
ベスは気がすんだのかステイりーの胸元を突いて、面倒くさそうに追い払うポーズをとった。
周囲の連中が失笑している。
ステイリーの眼に絶望が浮かび上がる。
(何故なんだ! なぜ俺なんだ……。理不尽だろ!)
燻っていた炎が燃えさかった。
「そんな、なんでだ! 村を出てずっと一緒だったじゃないか」
「悪いことは言わん、ステイリー! ここはおとなしく引いておけ。お前のためだ」
反対側から白いアルバを着た大男が身を乗り出して鼻で笑う。男の名はビル、アークビショップだ。
ビルは恍惚とした表情で聖印を結び祈りだす。ステイリーのことをすでに他人だとアピールしているのだ。
取りつく島がないとはこのことだった。
周囲は見世物を楽しみ、それに飽き足らず野次まで飛ばしだす。他人の不幸は蜜の味、これほど見ていて楽しいものはない。
諦めきれないステイリーは四人目の人物に視線を移した。
「もしかして、フライ。君も同じ意見なのか?」
「言いにくいけど、あなた役に立ってなかったでしょ? 理解してないの?」
「えっ……」
魔術師のフライはステイリーの目も見ないでそっぽを向いた。
ステイリーにはもう居場所がなかった。
「装備だけは持っていけ。俺達からの餞別だ!」
ボブが無表情に言い渡した。
ステイリーの耳には酒場の喧騒が届かない。
(俺は捨てられたのか)
男の悲痛な叫びは、誰にも届かない……。
◇
ステイリー達は同じ村出身の幼馴染であり、王都に出て冒険者になったのだ。
彼らは3年という短期間でA級冒険者になり、目前にS級冒険者が見えた矢先の追放劇だった。
「俺の3年はいったい何だったんだ。くそ!」
「ステイリー悪いお酒の飲み方だよ。そのくらいにして」
「ここで発散するしかないんだ。帰るところなどもうない!」
「それなら家においでよ」
小さな居酒屋の女将であるジェニーは厚化粧のケバイ女。容姿は整っているのに化粧が台無しにしている。
商売女だから不自然ではないが、衣装は透け下着が見えていた。その見事なボディーラインは何人の男を魅了してきたのだろう。
高級娼婦でさえ逃げ出しそうな
悪女とは彼女のことを言うのだ。
やまない雨の音を聞きながらステイリーはジェニーにもたれかかる。
男はすでに性欲などおぼえないくらい泥酔していて、子供のようにジェニーの胸に顔をうずめる。
「ステイリーもう店閉めるから。ここで寝るの? それとも家にくる?」
「どこでもいい」
「そう、……ここで一晩明かそうか。話をたっぷり聞いてあげるからね」
ジェニーはするりと男をかわして立ち上がり、店をテキパキと閉めていく。
ステイりーは女を目で追いながらボソボソと話し出す。
「ジェニー聞いてくれ。おれは勇者パーティーを追放された。退職金はなく装備だけ。俺が何をしたというのだ」
「噂ではフライのことでボブが横恋慕したって聞いたけど。貴方とフライってそんな仲なの?}
「そんなわけあるか! フライは男を好きにならんぞ。ベスといい仲だ」
ステイリーは何か嫌なものでも思いだしたのか、それを振りはらうかように勢いよくグラスを開けた。
落としかけたグラスはジェニーに奪われテーブルに置かれる。
室内に氷とグラスの音が寂しく響いた。
ジェニーがニヤリと笑う。
「そっちの性癖なのね。いわれるとそんな感じがする。ところで、ボブはそのこと知ってるの?」
「あいつはそのへん疎いから知らないだろうな」
「痴情のもつれの可能性もあるけれど……理由は別かもね。ところで貴方はこれからの予定って決まってるのかしら。質問ばかりで悪いけど」
「予定などない!」
「もしかして、困ってる?」
ジェニーはソファーに深く座り、ステイりーを引き寄せ膝に頭を乗せた。
ステイリーは意味もなく女の太腿に頬を擦りつける。
「困ってなどない……ことはないな。でも、ジェニー。俺には隠し事なく話せる相手がいる。それが、今の俺には救いとなっている」
ジェニーは男の顎に手を添えて、屈みこみながら優しく鼻先に唇を落とす。
女は少し照れ臭そうに笑い。小声で喋りだす。
「そう、それならよかったわ……」
ジェニーは優しくステイリーを抱きかかえ、雨に打たれた乱れ髪を梳かしながら毛先を見つめている。
ステイリーは憔悴しきって、されるがままだった。
やがて男は抑揚なく話し出す。
「個人資産は数年くらいは生活できる蓄えがある。でも、冒険者は続けたいな」
「A級冒険者だったよね?」
「ああ、ドルイドだから器用貧乏なんだろうな。一通りのことはできるが」
「僧侶の上位職ね」
「やけに詳しいな。秘匿クラスだぞ」
実力だけならボブ達はステイリーの足元にも及ばない。ステイリー追放へのボブの真意、それは実力以外の要素で決めたのだろう。
ステイリーは立ち上がり、ジェニーを見つめて引き寄せた。女は身体を預けステイリーを包み込む。
魔導灯の照明が弱まり、ジェニーの髪が揺れていた。
外では土砂降りの雨が降り続いている。
ジェニーは何かを振り切るように腕の力を強めた。女が瞬く魔導灯を見つめると、呼応するように風が微かに雨のにおいを運んでくる。
女は微笑みながらステイリーの腕を取りソファーに押し倒す。ジェニーは男の瞳を見つめたまま、ゆっくり距離を詰めていく。
吐息がステイりーにこぼれ落ち、香水のにおいと果物の臭いが混ざり合う。
ジェニーは軽く口づけして語りだす。
「私のお願い、聞いてくれない?」
「今の俺にできること限定になるが、それでよければ……」
「わかったわ。この話は聞くと後戻りできないけど覚悟は良いかしら?」
「もう失うものなどない。聞こうじゃないか!」
ステイリーはジェニーの顔が見える位置まで離れて、真剣な顔して頷いた。
ジェニーは覚悟を決めたのか姿勢を正して話しはじめる。
「私を連れて逃げて。そして、私の呪いを解いてもらいたい。ドルイドである貴方の力が必要なの。私はハイエルフの王女ジェニュイン。呪いを受けし者」
ジェニーは魔法を解いた。
大海の篝火のような炎が吹き上がり、真実の姿がさらさてゆく。光の中に幻の王女が、それも至近距離にいた。
ステイリーは現れ出でたハイエルフを、ただ眺めることしかできなかった。
「騙していてごめんね」
「……驚いたな」
「返事はステイリー?」
「聞いたからには戻れないって君は言ったよな。当然受けて立つ!」
「そう」
王女ジェニュインはキスして怪しく笑った。
「貴方の追放は私が画策したの、不協和音を高めたくらいだけどね」
「おい!」
「王女である私が貴方を欲したのよ。光栄に思いなさい。短命な人の子よ!」
ステイリーは苦虫をつぶした顔で王女を見る。だが、その顔は先ほどとは違い、目的を見つけた者の表情だった。
「地獄の果てまでついていこうじゃないか。共に呪いで倒れようとも!」
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ épilogue ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
魔術師フライの独り言(読まなくていい-あとがき)
「は~ぁい! 魔術師のフライよ」
簡単に用語解説するわね!
アークビショップは生臭坊主! ビルは女好き。困っちゃうわ。
聖印結びで邪教徒を追い払うの。
ステイリーを邪教徒扱いで追い払ったのよ。
次!
ドルイドはね。某ゲームの設定を流用したプリーストの二次職よ。
私はただのマジシャン! テクニシャン!!
ローブに隠したる艶肌、それは夢魔の誘惑。
……最後はハイエルフね。
ごめんなさい。
私の辞書に載ってなかったわ。たぶん、お高いエルフよ!
じゃあまたね!
夜が更けソファーでは❤
下着姿のフライが、勝気な表情を崩壊させたベスを責め立てていた……。
そこにはベスの蜜のように甘い喘ぎが溢れている。
雨垂れの放逐、失意は君に癒される~例え地獄に堕ちようと俺の気持ちは変わらない~ 楠嶺れい @GranadaRosso
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