あなたの夜が更ける前


「ゆう、君。・・・・・・僕がもう1回パパを探すから、顔を、見せてくれる?」


パパを見つけられずに帰ってきたよいのくちさんは、どこか違っていた。声が、やけに高い。口調もへんてこだ。でも僕がここにいることを知っているのはよいのくちさんだけだ。


ぼくは遊具から出て、初めてよいのくちさんの前に立った。


____とっても、びっくりした。


必死で探していたパパがいる。パパも僕を見てびっくりしていて、よろよろと近づいてきたらいきなり強く抱きしめられた。


「幸音! 幸音! お前の声も気持ちも、何にも知らなかったパパを許してくれ!」


今度はパパがわんわん泣いた。弱々しいパパを見るのは初めてだった。


なんだ、パパもぼくとお揃いだったんだね。ぼくだけが、弱いんじゃなかった。


よいのくちさんは、約束通りパパを見つけて連れてきてくれたんだ。


星の数を何百個も数えて、やっと会えた。走って泣いて疲れたぼくは、暖かいパパの腕に抱きしめられながら眠ってしまった。





「おかえりなさい」


眠ってしまった幸音を背負って、宵ノ口さんが待つベンチに着いた。何もかもお見通しとでも言うように、にやにやと笑っている。


「だいぶ手の込んだ悪戯しますね」


「いえ、手は一切使っていませんよ」


とぼけて両手をひらひらさせる様には、正直イラッとした。


「その子がゆう君ですか、幸生さんとそっくりですね」


「本当は、幸せの音と書いて幸音って名前なんです。喋れない自分と喋れる自分を分けて名前を付けていたんですね。この子は、独特の感性を持っているから」


「幸音君ですか、とても良い名前です。偶然にも親子が同じ時間帯に同じ場所で、互いの正体を知らないまま話をした。人生に1度あるかないかの体験だったでしょう?」


「そうですね、数分間他人になってみたおかげで、腹を割って話をすることができました。幸音の頭上にも、糸はあったんですか?


「ええ、ありました。でも安心してください。今はすっかり消えていますから」


「・・・・・・おかしな話ですよ、息子の声を知らないばっかりに、他人の子どもだと思って話をしていたんですから。夜中に家を出ていたことも知りませんでした。よく、僕が父親だとわかりましたね。幸音の顔と比べることもできなかったのに」


「あなたを一目見てわかりました。この人が、あの子の父親だなと」


「なぜです?」


「幸せに生きると書いて幸生。あなたにピッタリの名前だと思いましたから」


「・・・・・・不思議な人だ」


そういえば、名前を教えていなかったのに宵ノ口さんは僕の名前を呼んでいた。気づくべき点は、会話の中にあったのに。本当に、おかしな出来事だ。


背中ですやすやと寝息を立てる幸音は、目覚めてもきっとまたいつもの幸音だ。声を聞きたいからといって、あの遊具へ強制的に連れて行くつもりはない。ゆう君じゃなくて、幸音のまま外でも喋れるように見守っていこうと思う。間に合わずに僕が死んでしまったとしても、空から見守るくらい神様も許してくれるだろう。


「神様って、いるんですかねぇ」


「さぁ? いたら僕は無職になると思います。何でも願いを叶えてくれる神様がいたら、自殺志願者も人生変えたい人もいなくなりそうですし」


「一刻も早く、あなたが無職になることを祈りますよ」


「ありがとうございます、褒め言葉として受け取っておきます」


お互いに笑いあった後、僕は気になっていることを聞いてみた。


「宵ノ口さんは、どうしてこの仕事をしているんですか?」


「ゆう君・・・・・・幸音君にも聞かれましたよ」


あの子が人に興味を示したのか。じんわり湧き上がる感動に浸っていると、宵ノ口さんは仕事をする理由を教えてくれた。


「子どもの頃から仲の良かった友達が、自ら命を断ったんです。まだ18歳でした。その子がいなくなって以来、人の頭上に糸が見えるようになり、後悔の塊を足枷にして生きてきました」


「そう、ですか・・・・・・そんなことが・・・・・・」


「だから罪滅ぼしのつもりでやっている仕事です。でも誇りに思ってやっています」


「・・・・・・愛していたんですか? その人のこと」


一間置いて彼は答えた。


「ええ、心から愛していました」


その亡くなった友達がどんな人だったのかはわからない。しかし宵ノ口さんの憂いを帯びた声から察するに、友達だけの関係ではなさそうだ。もっと、それ以上に彼は想っていたんじゃないだろうか。単なる僕の、勝手な想像に過ぎないのでこれ以上詮索はしないでおいた。


「さて、幸生さん。今後の生き方を選択するラストチャンスです。全部忘れて誰かの人生を生きるもよし、今の続きを生きるもよし。あなたにとって幸せの道を選んでください。さあ、どうしますか?」


すでに僕の中でどうするかは選んでいる。覆すことは無い、だから堂々と答えた。


「僕はこの人生を生きます。ちゃんと、妻とも話し合います。それに、もう紹介されました。たった今、人生に影響を与える人物と出会ったから。営業成績の向上に貢献できなくて申し訳ないです」


「・・・・・・いえいえ、とんでもない。とても良い返事を頂きました」


ふふっと宵ノ口さんは嬉しそうに笑って、鞄を抱えベンチから立ち上がった。


「これから、どこかへ行くんですか?」


「はい、夜更け前にいる人達の元へ行かなくては」


「そうですか・・・・・・今日出会ったばかりですけど、あなたがこの街を去るのはなんだか名残惜しいです」


補助輪なしで自転車を漕ぎ出そうとするあのとてつもない不安感、幼い頃の記憶が蘇る。


「僕はあなたの担当者です。必要になればいつでも駆けつけますよ。でも、あなた達の糸は2度と見えることはないと思います。それではまた、お会いしましょう」


軽く会釈をした彼は颯爽と歩き、夜の中へと消えていった。


もう後ろ姿は見えないのに、いつまでも彼が去った方を見つめていた。僕には時間がないけれど、彼の言うとおり、またどこかで会える気がした。


憂愁に閉ざされていた僕を、救ってくれた恩人。背負ったこの小さな命に誓う。僕は僕のまま最後まで幸せに生きていくと。




人に夜を来させない男は、今もどこかで誰かに人生を紹介している。

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あなたの夜が更ける前に 弐月一録 @nigathuitiroku

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