第二話
次の日。授業中に、俺は隣の席の様子を幾度となく伺った。
鰐渕リンダはそこに居る。儚く、近寄りがたい美貌の彼女は、じっと真剣に授業を聞いている。
特段、仲のいいクラスメイトは居ないっぽい。けれど、独特な存在感がある。
そんな彼女の死期を予知するために、俺は難問を解かないとならないわけだ。どうやって、この美女の手を握ればいいのか。昨日はたまたま風が吹いたせいで触れたけど、四六時中触れるわけじゃあない……
と、そこまで考えて、ふと気づく。風? もしや、昨日の突風はヤツの仕業だったのか?
視線を反転させて、ヤツの席も観察する。
嵐山は、小さい口をきゅっと閉じて、背筋を伸ばして授業を受けている。赤眼鏡の無口で孤高な優等生。その姿がカモフラージュだと知っているのは、クラス内では俺だけだろう。
そうして、ぼんやりと嵐山を眺めていた俺に、数学教師の一喝がカッ飛んで来た。
「おい、浅畑! お前はさっきからどこを見ている! 授業を聞き流して痛い目見るのは、お前なんだぞ!」
クスクス声が漏れるクラスで、スイヤセンと小声で謝ってから、教科書を読むふりしかできない。
休み時間。俺は頭を抱えて、机に突っ伏していた。
また悪目立ちした。消えてなくなりたい。こういう恥ずかしい失敗の後、人間はどうすればいいのだろう。目を閉じて考えてみるが、良い考えは降ってこない。
「どうしたのです? 今日はいつも以上に、険しい顔しておられましたけど」
だが、良い考えの代わりに、鈴のような声が降って来た。俺は飛び上がるように顔を上げる。
憂いをたたえた鰐渕の顔が、俺の目線の真横にあった。彼女は隣席から、俺のことを心配そうにのぞき込んでいた。大きいアーモンド形の瞳と、すっと通った鼻すじに、無駄な肉付きの全くない頬。こういう容貌を、凛と整った美貌という。ヤバい溶けそう。
「うぉっ、そのー。昨日、派手にジャンプしてさ。俺にはちょっとキツい運動だったんで、バテてんだ」
なんとか言葉を繫げて、俺は会話のボールを返した。よし、嘘は言ってない。思いがけずターゲットから話しかけられて、気が動転したが、変な事を口走らずに済んだ……はずだ。
「左様ですか。くれぐれも、ご無理はなさらないでくださいね」
「うす。気を付けます」
突発的な短い受け答えは、そこで途切れそうになった。手を繫ぐ流れなんて、出来やしねー。けど、ふと疑問が湧いた。自殺を考えるような人に、俺なんかの事を気にかけたりする余裕が、あるのか。なぜそんなに優しい彼女は、自ら橋から飛び降りるんだ? 俺はこれまで、生きたいのに死ななくてはならなかった人の死期ばかり見てきた。だから、自殺なんて勝手にすればいいと思っていたけど、それは間違いかもしれない。彼女は自殺せざるを得なくなるのかもしれない。
どうして彼女が死ぬのか、知りたくなった。俺は清水の舞台から飛び降りるような決意で、鰐渕に聞く。
「一つ質問したいことがあるんだけどな」
「え? なんでしょう」
「最近悩み事とかあるか? その、目の前が真っ暗になるような、消えたくなるような悩み、とか」
「いえ……人に言えるものはありません」
「だよな」
俺は清水の舞台から滑り落ちて死んだ。
「浅畑さんは、消えたくなるような悩みがあるのですか?」
あるわ。両手に抱えるには多すぎるほど。
「色々ある。例えば、次の中間テストをどう乗り越えるか、とかな。今度も赤点なら、俺は退学なんだとよ」
「家庭の事情ではなく、成績のせいでも退学になるのですか? それは、深刻ですね」
といって、鰐渕は考え込んでしまい、会話は途切れた。まるで自分の事かのように、鰐渕は悩んでいた。
そんな冴えない日も放課後になり、クラスの連中は、ぼつぼつ帰り始める。俺だけは教室出口とは逆の、窓際のアイツの席へと足を向けた。結局、俺は奴らの口車に乗ることにした。手っ取り早く退学を回避したいからだと、自分自身に言い聞かせて。金ヶ崎は『予知の報酬』を俺にやると、確かに言った。だから、鰐渕が死ぬか生きるかは、俺の報酬条件には入らないだろう。
そもそも、俺の予知した未来は変えられない。それは、昔に何度か予知してしまった経験上、間違いない。なのに嵐山達は、予知された未来を覆そうとしている。放っておこう、俺はテストの答えが欲しいだけだ。
……だけのはずだ。
嵐山はこちらに気付くと、読んでいた本を閉じて、じっと見つめてくる。そのとび色の瞳は、眼鏡越しでも大きく、そして妖しく光っていた。
「グラッツェ。待ってたよ、ついてきて」
ささやきに、抑えきれていない熱気を感じた。
昨日拉致された学習棟。その玄関には自動販売機と、一対のベンチが置いてある。誰も居ない学習棟玄関までやってきて、ようやく嵐山は化けの皮を脱いだ。
「レジへ参加してくれるのか! 仲間が増えてうれしいな」
嵐山が、ぱっと笑顔になる。
「中間テストの答えを聞ければ、今すぐにでも抜けてやるよ」
俺は毒づいた。人の死を見なきゃならない俺の気分を、ちょっとは考えてほしいもんだ。嵐山はしょぼくれたものの、すぐあっけらかんな笑顔に戻る。
「つれないなあ。ヒヨリさんの命令で、ボクはあさばたけとタッグを組むことになったんだよ? よろこべ」
「やだね。これから、お前と厄介事に付き合わされるってことじゃねーか」
「とにかくね、明日からどんどん鰐渕さんの手を繫いで、死に方を予知していこう」
「爽やかな声で暗い提案をありがとな。簡単に手を繫ぐ方法があれば、今すぐにでも教えてくれ。問題は、それだ。どうやって、鰐渕の手を握ればいいんだ」
俺はその方法をずっと考えていた。どんな相手だろうと、会うたび会うたびに手を握ってきたら、気色が悪い。それが特に仲良くもない、隣の席の男子なら猶更だ。下手したら俺は、SNSで炎上するかもしれない。浅畑総司とはいったいどんな人物なのでしょうか? 調べてみました!って、変なブログにあることない事書かれるに違いない。
「んー。ボクがまた風を吹かせて、手を繫ぐ事故を起こそうかなあ」
「やっぱお前の仕業だったのな。これまで何度試してみたんだ」
「えーと。これまでに67回試したんだ。それで昨日やっと上手く行った!」
「またその二パーセント以下の偶然に賭けるか? 同じ手口を使えば、偶然っぽくても怪しまれる」
捻くれた反論を口にしてみる。すると嵐山は頭を抱えて、上半身をうねうね揺らし始めた。悩んでる仕草のつもりか?
「だったら正攻法しかない。あさばたけは、鰐渕さんと手を繫ぐ仲にならないとならないね」
「楽に言うけどな、具体的にどうしろってんだ」
「んー。共通の話題を探せって、ヒヨリ先輩は言ってたけど」
「難易度高けーよ」
「文句ばっかりだなあ。でもゆっくりしてられないよ。カイブツは、いつ襲ってくるかわからない。だから早い内に、リンダさんがいつ、どこで、どうやって自殺しようとするか、予知しないとならないのさ」
「そもそもカイブツってなんだよ」
と、俺はずーっと聞けなかった最後の疑問をぶつけた。
「え。エスパーなのにカイブツを知らない? 遭ったこともないの? うわ、冗談きついね」
「なんでドン引きしてんだ、説明しろって」
俺が水を向けると、嵐山はべらっべらと熱弁し始めた。
「カイブツは、宇宙から降ってきた地球外生命体の製造物のこと。つまり、エイリアンのロボットだ。目的も、正体も全然わかんない。地球上の生命体を雑に真似たような姿かたちをしてて、ケイ素で構成されている。奴らは、ボクらのようなエスパー少年少女を見境なく襲い、殺そうとしてくる。襲われたエスパーは当然、行方不明になってしまう……ああなんて恐ろしい」
拳をわなわなと震わせる嵐山と、置いてけぼりの俺がいた。
「地球外生命体? 狂ったツイッターアカウントでも読んだのか? 現実見ろよ」
「説明じゃあ分からないか。証拠を見せよう。ボクとヒヨリさんは、こういう武器を持って、日ごろから準備してるのさ」
そういうと、嵐山は学生鞄の中から、まあまあ大きなケースを取り出した。赤く半透明なプラスチックのような素材で出来ている。大きさはあれだ、小学校の時使っていた『おどうぐ箱』より一回り小さい。
「筆箱を自慢してんのか」
「そんな箱よりもっと良いビックリ箱さ」
嵐山はニッと笑って、弁当箱の小さなレバーを引いた。すると。箱はバネ仕掛けで二つに割れて、把手が現れ、再び合体し、一丁前の銃へと変形した。そんなオモチャ、あったよな。嵐山はエアガンを自慢しているのだと、俺は勝手に思い込んだ。
「あー。エアガンだろ? ソレ。中学の頃、なぜか買って振り回して遊んでたよ」
数年前の過去を思い出しながら、鼻で嗤った。が、嵐山は長い弾倉を引き抜き、その中身を見せてくる。そこには、まばゆく光る真鍮の弾薬が装填されていて、持ち主は秋風に似合う笑顔を見せるがバッカヤロウ笑ってる場合じゃねえ。だってその銃弾が本物なら、今の嵐山は凶悪犯だ。
「砂糖菓子の弾丸じゃあカイブツは殺せない。ちゃんとしたFDC‐9っていう実銃だ!」
「ェエエなんてもん持ってんだよお前ェ」
俺は恐れおののき、ベンチを蹴飛ばして後ずさった。そして、何か硬いボールのようなものを踏みつけ、盛大にケツからずっこけた。後方を確認しないまま、バック走行すれば当然事故る。
「痛でぁあッ!」
股の間に踏んづけた物体は転がっている。それは、銀色のオタマジャクシだった。大きさは俺の頭より優にデカい。オタマジャクシはふわっと宙に浮いた。そして尻尾は、ぐねぐねと粘土のように形を変えて、刀のような鋭い牙に替わる。
直感でわかった。これが、嵐山の言うカイブツ。
死を感じ取った瞬間、数秒後が『分かった』。
俺の頭を刈り取ろうとするように、しなる触手は刀を振り回す。
避けるには、こうするしかない。
来るッ!
俺は必死にのけ反って、刀の横一閃をかわしてみせた。
腹すれすれを、刀の横なぎが通り過ぎていく。ついさっき『予知した』通りに。
次の一振りは分からなかった。なぜなら、嵐山がサブマシンガンを構えて、銃弾を一発叩き込んだからだ。
パァンという乾いた銃弾の音が、校舎の壁にぶつかって、反響する。
タマジャクシは、破裂する風船のように爆発して、跡形もなく消えてしまった。
FDC‐9から吐き出された薬莢が一つ、キンと小気味いい音を立てて、石畳に落ちて跳ね返った。
「よく避けたね! エスパーが二人集まっていたのを感知してたみたいだ。たぶん群れから放たれた偵察型なんだろけど、油断ならないな」
石畳に寝そべった俺をまたぐように、嵐山は銃を構えていた。
スカートの中を、俺は本能的衝動で確かめた。
が。
「スカートの中に何を仕舞ってんだお前」
太ももに沿うように、大量の弾薬やピストルが革ベルトで吊るされていた。この鉄のスカートの二段構えのせいで、本丸は全く見えないようになってやがる。
「人のスカートを覗いておいて言う事かい? それ」
風が吹き荒れ、落ちていたアツアツの薬莢が、俺の顔面に叩きつけられる。
「熱づぅあっェッ!」
「その前に、命の恩人のボクへ、言う事あるよね」
「ありがとうございました」
嵐山は、慣れた手つきでFDC-9を折りたたむ。
「これで、我々が武装してる理由はわかったろう? 戦わなければ殺される。あさばたけが予知した鰐渕さんのように」
「ちょっと違うぜ、鰐渕は自殺してた。カイブツとやらに殺される予知じゃあなかった」
「カイブツが鰐渕さんを殺害すると、我々は予想していたけど……あさばたけの予知した未来とは異なる。彼女は自分から飛び降りたように、そうみえたんだろう。その詳細な状況が分かるのは、浅畑だけなんだ。頼むよ」
真剣な面持ちで嵐山は告げる。俺はうめくことしかできなかった。
なあ。女の子と、どうやって仲良くなったらいいんだ。
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