第一話 サトリ系腹黒ギャルは好きですか?
音速のメアリーポピンズ・嵐山は、瞬く間もなく校舎を飛び越え、自習棟のベランダへと無事着陸した。ここは自習棟とは名ばかりの、高校の倉庫代わりになっている建物だった。
「グッドランディング。今日の段取りは、これから図書予備室でヒヨリ先輩と会って、我々の紹介もするぞ」
嵐山はベランダに俺を投げ捨ててから、教室のドアを開けた。が、そこにはブラインドカーテンが掛かっている。
「待てつってんだろ! せめて質問させろ! いきなり誘拐されて、何が何だかわからんぞ!」
俺は起き上がって聞いた。今日一日で初めて、マトモに喋った気がする。
「質疑応答については、ヒヨリさんが教えてくれる。ではよろしくー」
嵐山はワザとらしくウインクしながら、ブラインドカーテンの紐を引っ張り上げた。
図書予備室の中身は、想像以上に荒れていた。教室だったであろう部屋に、机も椅子もない。代わりに、積み上げられた本の山で床が埋め尽くされていた。
その本の山のひとつに、気だるげなギャルが座っていた。だぶついたカーディガンに、だぶだぶのルーズソックス。ウェーブのかかったその茶髪には、さりげなく金のメッシュが入っている。彼女はぷらぷらと萌え袖を振って、嵐山へ話しかけた。
「おっつー、やるじゃんカオルゥ」
俺の冷たい目線を無視して、ギャルは立ち上がり、こちらへ近づいてくる。これが、ヒヨリ先輩とやららしい。疑問は増えるばかりだった。一つや二つでは済みそうもない。
「まず一つ質問させろ。お前らは一体なんなんだ」
俺の問いに、ヒヨリはおどけたように肩をすくめた。
「そこの風っ子は嵐山。それとあたしはヒヨリちゃん。対怪異機関『レジスタンス』の一員。そしてアンタは浅畑。他人の死に様が見えるエスパーなんでしょ?」
質問を質問で返すな。無性に腹立つ。俺は突っぱねてやった。
「何の話だ? 俺がエスパーだって証拠は無い」
ギャルは俺の目の前までせまるやいなや、俺の胸へ耳を当てた。そして、上目遣いでニヤと笑う。
「しらばっくれんじゃないの。あたしは金ヶ崎ヒヨリちゃん。人の心が読めちゃう系エスパーなの。アンタの心の声を盗聴済みなのさ」
「適当な嘘を言うな。現実的じゃあない」
「アンタやカオルだけがエスパーで、他の人間が何にもできないって、有り得なくない? カオルだって宙に浮けるし、100メートルを2秒で走れる。アンタはそれを直に見たはずだけど、それでも認めない?」
反論が見つからず、俺は嵐山を見つめて押し黙った。自慢げな表情でそのデカい胸を張る嵐山は、実際に空を飛び回った。
「もう一つ質問だ。俺をどう働かせるつもりなんだ。ミンチにして、神田川の鯉の餌にでもするのか?」
皮肉のつもりの俺の言葉を、嵐山が真に受けてびっくりする。
「そんな酷いことをするわけないじゃないか。変なモツ食って死んだら、鯉がかわいそうだろう」
「ありがとよ。その答えで、俺の待遇が鯉以下なことは解った」
ニヤニヤ笑うヒヨリは、長い袖を俺の顔の前でぷらぷら振って、要件を告げる。
「アンタには、リンダちゃんの死ぬ瞬間を、もっと詳しく予知してほしい。いつ、どこで、どんなふうに、自殺するつもりなのか。アンタの見た鰐渕リンダの怪異死を回避すること。それが我々『レジスタンス』の今作戦の目的だから。それを手掛かりに、あたしは彼女の救出作戦を作ってるの。実行役はもちろんカオル。浅畑を捕まえたように、リンダちゃんも捕まえてもらう。どう? 働いてくれない?」
聞いていてだんだん、気分が重くなった。何度もクラスメイトの死期を見ろと? なんでそんな気の滅入ることをしなきゃならない。俺はつまらなく波風立たせず、死ぬように生きるつもりなんだ。長話の間に、俺は本の山を踏み越えて、出口の引き戸へ手をかける。
「聞いておいてなんだがね、気分が乗らない。他のエスパーを探してくれ。よく知らないが、他にも居るんだろ?」
チラリと見た嵐山の顔は、露骨にしょんぼりしていて、どこか気まずくなる。けれど、俺は働く気になれない。
背中から、ヒヨリのワザとらしい独り言が聞こえてくるまでは。
「ざーんねん。良い報酬も用意してたのになー。赤点だらけで留年危機の浅畑へ、教師の心の声を聴けるヒヨリちゃんが直々に、次の中間テストの答えをぜーんぶ教えたげるつもりだったのに」
引き戸を引く手が、思わず止まる。マジで?
「本当か。事情が変わった」
藁にすがる思いで、振り向いてヒヨリへ尋ねた。ヤツの邪悪なニヤケ顔を、俺は一生忘れないだろう。
「作戦が成功すればね。留年退学なんて大波乱は、『つまらないように波風立たせず死ぬ生き方』には、全然見合わないもんね?」
俺の心を読みやがって、このヤロウ。ヒヨリの隣にいる嵐山は、ぱっと無邪気な笑顔になる。
「もう一つ質問だ。どうしてお前らは、鰐渕を救いたいんだ?」
「死にそうになってる女の子を救うのに理由いる? それにこれ以上、カイブツの犠牲者を増やすわけにはいかないの。あたしもお偉いさんとのミーティングがあるから、今日はこれまで。もし働く気があるなら、明日の放課後に、嵐山へ話しかけなさい」
と言ってから、ヒヨリが指をパチンと鳴らす。すると、嵐山は条件反射のようにヒヨリを抱き上げて、あのお嬢様抱っこをする。嵐山にその抱っこの仕方を躾けたのは、コイツらしい。
「じゃあ、アデュー! いい返事を期待してるよ!」
白い歯が輝くとびきりの笑顔。嵐山は、軽やかなバックステップから、背面飛びのようにベランダから飛び立った。
図書予備室に強烈な突風を残して、二人は薄暗い空へ消えてゆく。
カゲだのレジスタンスだの。何を言ってるか分からんまま、俺は荒れ果てた図書予備室で、置いてけぼりにされた。
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