アオハル、エスパー、ガンファイト。

大守アロイ

プロローグ 嵐を呼ぶエスパー


 俺は生まれつき、手を握った相手の死に方を予知できてしまう。こんな酷い超能力者には、なりたくなかった。


 今日だってホームルームで配られたプリントを、後ろの席へ回そうとした時の話だった。廊下から風が吹き込んできて、俺はなさけなくプリントを床へばらまいてしまった。それだけでも最悪だけど、プリントを拾い集めようとすると、隣の席の女子が手伝ってくれて……


 その娘の手に『触れてしまった』。


 彼女は、ミステリアスで大人しめの美人で、鰐渕リンダといった。手に触れてすぐ、彼女は頬を染めて、頭を小さく下げてきた。けれど俺は押し黙って、顔を真っ青にしていたに違いない。また、観てしまった。


 見たことのない橋から飛び降りる、制服姿の鰐渕の死に様が、瞼の裏に観えた。


 変えられない未来を、一方的に見せつけられるのは、もううんざりだ。

 だいたい、俺そのものにも、良い所は無い。勉強も運動もイマイチで、この都心有数の進学校では、絶賛落ちこぼれ中。見た目も量産型の塩顔。性格は万年マイナス思考で、カリスマなんて言葉は、一番縁の遠いもの。

 いい所が何一つないこんな俺が、死期を予知できたって意味がない。その死期を変える力を、持っちゃいないんだ。予知できる死に方も、ショート動画のように一瞬だけ、まぶたの裏に垣間見れるだけだ。


 だから、こんなひどい能力は隠し通して、俺はつまらなく死ぬと決めている。放課後に、重たい無気力感を抱えて、校舎の渡り廊下を歩きながら、今の今までは思っていた。


 予兆は無かった。その声は突然、渡り廊下の天井から降って来た。


「アクション! 情況開始だ!」


 聞きなれない女の声で、俺は現実へと引き戻された。 誰だ? 渡り廊下の屋上に登っているバカは。


「ボクは外にいる。いますぐ渡り廊下の窓を開けて、この汚い曇り空を見上げてみよう! そこにボクは居るだろう!」


 この能天気な声のバカが、どんな顔をしてるのか知りたくなり、俺はその誘いに乗ってしまった。

 窓のロックを外し、ガラガラと開けると、鋭い風が一気に吹き込んできた。


 すると。吹き戻した風は意思を持った触手のように、俺の身体を窓の外、高さ8メートルの空中へと放り投げた。


「トゥワッタッ、ヒィッ!」


 俺の身体は突風に巻き上げられ、重力に逆らい急上昇した。二度と言えないような悲鳴を上げる俺に、成す術はない。

 宙を藻掻きながら、俺は渡り廊下の屋上を反射的に睨みつけた。能天気な声のバカが、そこに立っていた。


 図書委員の嵐山だった。


 赤フレームの眼鏡に三つ編みがトレードマークの彼女は、学校指定の派手なブレザーでも目立たないような地味っ子だ。誰とも喋らずいつも無表情で、クラスの隅で変な題名の本(カイコの一生だのDNAロボットの可能性だの)を読んでいる。

 そのはずの女子が、破顔一生のはしゃぎようで、両手ガッツポーズを決めている。


「ガッチャ! やっと捕まえたぞ! 君が未来予知のエスパーだな?」


 爽やかな語り口。光る白い歯。人懐っこい笑顔。


「誰だお前ェ!」


 突風で体を浮かせながらも俺は叫ぶ。自分の正体がバレた事よりも、嵐山のギャップの方が意味わからなかった。


「む。世を忍ぶ仮の姿では、存在が薄くて名前も覚えてくれないのか。では紹介しよ

う。ボクの名前は嵐山カオル。8月生まれの高校一年生で、この高校で図書委員をやっている。好物はおでんで、風を自由自在に操れるエスパーだ、たぶん。さて、自己紹介が終わったことだし、さっそくボクに捕獲されてくれ浅畑くん。君は我々のテストに合格したからね」


 嵐山はふわりとジャンプして、空中で俺をお嬢様抱っこするやいなや、宙を蹴ってグンと急上昇した。


「待てッ! 俺を捕まえてどうするつもりだッ!」


「待たない! 鰐渕さんの死を回避するために、働いてもらうのさ!」


 まるで背中に翼が生えているかのように、嵐山は強烈な気流を背にして空を飛ぶ。俺は混乱の渦の中で、天を仰ぐことしかできない。


 分厚い雲の隙間から、夕焼け空がちょっとだけ見えた。

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