第5話

婚約者が浮気をしていたと思ったら、いつの間にか悪役令息と不名誉な渾名が付いていた。


「常に何事も完璧に。欠点など許されない」


サディアスは厳しい両親にそう言われて、一切甘やかされることなく育ってきた。

そのおかげで、サディアスは人生の何事においても完璧にそつなくこなす人間であった……否、そうあらなければならなかったが、彼の人生においてこの出来事だけが唯一の欠点であろう。

しかし、小さな奇跡か起これば、その欠点も美点に変わったりする。


放課後の大図書館。

最上階で夕陽に照らされる人影は、二つ。


「両親へはすぐに連絡を送っておいた。というか、既にアルストラ家に婚約の申し出をしている」


「え!?さすがサディアス様、もとより私に断らせるつもりはなかったと……」


たしかに、二度も婚約者に逃げられるなどあってはならないのでサディアスならやりそうなことでもある。


先日の騒動のおかげで、傷心の悪役令息を射止めたあの金髪の令嬢は誰なんだ!?と生徒たちの間では話題になっていた。

ずっと公爵令息に片思いしていて、ようやく巡ってきたチャンスをものにしたのか。

それとも、公爵家の権力に目が眩んだ悪女がサディアスを籠絡したのか。

少なくともあの場にいた人々にとっては、真実の愛で結ばれた二人、としか見えなかったのだろうが。

ともかく、眼鏡をしていなかったおかげで、未だにレティシアの正体がバレていないのは一安心だった。


「メルゼシアは数ヶ月程修道院で預かってもらうことになったらしい。時期が来たら呼び戻すと言っていたが、一体いつになるのか分からないな。スタンリーとの婚約ももちろん消えて、ジェロイド男爵家の商会は大変なことになっているそうだ」


「まあ、そうですよね……。サディアス様にずいぶんな態度でしたし……」


恋は盲目という言葉があるが、あの時の彼らはあまりに何も見えていなかった。

幸いにも彼らはまだ若い。

過ちに気づいた今、しっかり自分の行いを反省してやり直すことはできるだろう。


「とにかく、色々ありましたけど丸く収まって良かったです。あ、丸いかどうかは分かりませんが……」


今の言葉はメルゼシアが聞いたら憤怒しそうだろう。

誤魔化すようにえへへと笑う。


しばらくそうして、誰もいない図書館で二人でたわいもない会話を繰り返していると、おもむろにサディアスがレティシアの頬に手を伸ばした。


「レティシア、好きだ」


その熱を持った視線に、レティシアは緊張で言葉が上手く出てこない。


「なっ、何をおっしゃっているんですか!?気をつかって頂かなくても結構ですよ!?」


「気遣いなんかなわけがあるか。好意を寄せられて、優しくされて、自分が一番困ってる時に助けて貰って。そこまでされて好きにならないわけが無いだろう。癪に障るが、連中の言うように恋や愛にも価値があるのだろう。……しかしまさか、この俺が恋をするとはな」


サディアスは優しく微笑んだ。


「俺にあんな言葉を言ってくれたのは、レティシアだけだ。感謝している」


「……っ!」


そっと唇に柔らかいものが触れる。

サディアスに口づけをされたのだ。

頬に手を添えられた時点で分かっていたが、いざ本当にされると心臓が破裂しそうなくらいなどきどきした。


「君のことを、絶対に幸せにする」


「サディアス様……」


サディアスの真っ直ぐな眼差しを、レティシアは逸らさずに見つめ返した。

こういう時、どうやって言葉を返せばいいのだろう。

言いたいことが頭の中でたくさんあって、上手くまとまらない。

それでも、レティシアは意を決して口を開いた。


あなたが辛い時は、私が傍で支えます。


あなたが落ち込んだ時は、私が励まします。


あなたが幸せな時は、私が隣で笑います。


だから───────。


「私だって、サディアス様を幸せにしてさしあげますから!」

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その悪役令息、私が幸せにします! 雪嶺さとり @mikiponnu

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