第4話
「はぁっ!?あなた何言ってるのよ!」
途端に落ち着いた空気を切り裂くように、金切り声で叫んだのはメルゼシアだった。
「そんな男のどこが良いわけ!?権力が欲しいって言ったって、わたくしに婚約破棄されたサディアスにはなんの価値も無くなるのよ!?」
ところが、隣にいたスタンリーがそれを諌めた。
「そう怒らなくてもいいじゃないか、メルゼシア。ようやく彼も愛の重要性に気づいたんだろう。ま、今更メルゼシアのことは渡さないけれどね」
挑戦的な笑みでサディアスのことを見下そうとするスタンリー。
どうやら、メルゼシアのことを落ち着かせるためではなく、更にサディアスに攻撃を仕掛けるためだったらしい。
「お前たちはつくづく呆れるな……」
「いつまでその余裕が続くかしら。どうせ、その女もわたくしに対抗するために雇ったんでしょ。あなたのやりそうなことぐらい想像がつくわ」
メルゼシアの言葉に、サディアスがわずかに苛立つ。
周囲から、雇われたのかという疑いの視線がレティシアに向けられだした、その時だった。
「お嬢様!大変でございます!公爵様より、至急帰宅せよとのご命令が!」
人々の間を割り込んで入ってきたのは、メルゼシアのメイドだった。
血相を変えて、何かとんでもないことが起きたかのように焦っている。
「ちょっと、何よこんな時に。お父様がわたくしをいきなり呼びつけるなんて……」
「公爵様が、お嬢様を修道院に入れると仰っているんです」
「……え」
メイドの言葉に、メルゼシアは絶句する。
修道院送りだなんて、まさかそんな。
周りもざわつき、どういうことだと顔を見合わせている。
「サ、サディアス!あなた、なにかお父様に吹き込んだのね!」
どうやらメルゼシアはこの命令をサディアスの手によるものだと思ったようだ。
怒りの矛先をサディアスに向けている。
「なんだと、許さないぞ!メルゼシアを傷つけるばかりか、修道院に入れるだなんて、よくそのような恐ろしいことができるな!」
「お父様がそんな決定するわけないわ!わたくしを侮辱するのもいい加減に……」
そこで、メルゼシアの声が止まった。
慌てたように、教室からさあっと生徒たちが引いていく。
「───────ほお、お前たちは私の命令をそう思うのかね」
「お、お父様!」
静寂の中、ゆっくりと姿を現したのはメルゼシアの父、ヴィレント公爵だった。
思わずサディアスもレティシアも膝をつこうとするが、それは公爵に制された。
一体どうして公爵がここに、とレティシアは不安な面持ちになる。
「素直に帰ってこないだろうと思ってわざわざ来てみたが……どうやら、私の娘は余程家門に泥を塗るのが好きらしいな」
「お、お父様……?」
「今までのお前の浅はかで愚かな行動は、全て私の耳に入っている。それでも今日までお前を罰しなかったのは、サディアスがお前の更生を信じてやって欲しいと言ってくれていたからだ」
メルゼシアが驚いたようにサディアスを見る。
サディアスが彼女を庇ってくれていたことなんて、微塵も知らなかったという顔だ。
「しかし、お前はサディアスの気持ちすら踏みにじり、そこの愚か者と結婚しようと言い出すとはな……」
「ひっ、ひいっ!?」
公爵が鋭い眼光でスタンリーを睨みつけた。
途端に、彼はがくがくと震えて腰が抜けたように床に座り込んでしまう。
「え?ス、スタンリー……?」
彼女のことは僕が守る、と威勢よく言っていたのに、公爵のひと睨みで半泣きになっている。
思わずメルゼシアも、己の目を疑うようにスタンリーの情けない様子に唖然としていた。
「メルゼシア。修道院で少し頭を冷やしてくるといい。どうせなら、そこで震えている運命の人とやらも連れていったらどうだ」
サディアスの言葉に、メルゼシアがかあっと頬を紅潮させる。
ようやく、自分が犯した間違いに気づいたようだった。
今まで本当にメルゼシアを守っていたのは、誰だったのかを。
「どうして、どうしてこんなことに……!」
唇を噛んで、ぶつけようのない怒りを堪えている。
その顔はとても公爵令嬢がしていいようなものではなかった。
「サディアス、長い間君には迷惑をかけたな。すまなかった。メルゼシアがこのように育ってしまったのは、ひとえに我々の責任である。我々がもっとこの子に関心を持って、この子の寂しさを分かってやれば、こんなことにはならなかっただろう……本当にすまなかった」
公爵はサディアスに向き直ると、頭を下げて何度もすまないと繰り返す。
その様子は、名門公爵家の主というよりも、娘の不始末を心から悔やむ親の顔をしていた。
「公爵、もう良いのです。全て終わったことですから。それに、俺は本当に大切な人と出会えたので」
「ああ、先程のお嬢さんの勇敢な様子は私もこっそり見ていたよ。君が良い人と巡り会えたみたいで本当に良かった。ブラックリー公爵には、後日改めて謝罪させてもらうよ」
まさか公爵にばっちり見られていたなんて。
レティシアは恥ずかしさを抱えつつ、公爵に頭を下げる。
そうして、婚約破棄騒動は、誰も予想だにしなかった結末で終わりを迎えることとなった。
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