第五十三話 蜂の生殖ってめっちゃ大変なんすよ
私の宣言を聞き入れたシャルルは、見るからに落胆している。
しかし、こうする以外に選択肢はないだろうと私は思う。
これが蜂の常識で、これが蜂の倫理観に基づく正しい行いだというのなら、私はそれに従うべきだと思うのだ。
私はこの迷宮内で争いを起こしたくない。せっかく家族になれたんだから、対立したくない。
それに、この状況に対して疑問を持っているのはシャルルと私だけだ。
元々人間の価値観を持つ私と、何故か私と逆行するように人間の価値観を獲得しつつあるシャルル。
人間を基準とした感覚を持つ私たち以外、この状況を受け入れない理由がない。
(ごめんねシャルル。たぶん人間の感覚を受け入れつつあるシャルルにはきついと思うけど、一番はシャルルだけだから大丈夫だよ)
正直なところ、私よりもシャルルの方が不満は大きいだろうと思う。
何を隠そう、私が現在進行形で蜂の感覚を得ているからだ。
この状況に対して、絶対に受け入れられないという思いはない。むしろ、これは自然な流れなのではないかと思い始めている。
この価値観の相違が、私とシャルルを苦しめているんだ。
ならやるべきことはひとつ。ここで否定するのではなく、すべて受け入れた上で彼と折り合いをつける。
話し合って、愛し合って、お互いに妥協点を探るのがベストなんだろう。
こう見えて私は、自称現実主義者なのだ。
「……で、まあ私が相手をするって結論になるのは良いんだけど、流石に四種族一気には無理だよ?」
いくら女王種における最高クラスのスキル『Queen Bee』を持っているとはいえ、四種族を同時に相手し別々に生むなどという離れ業はできない。
それは生物の領域を逸脱しすぎている。ここにいる全員を相手することはできない。
「そのことなのですが、生殖に関するスキルを持っているデューン様を優先するのはいかがでしょうか?」
私の疑問に対し答えたのは、燕蜂の指揮官クオンさんだった。
恐らくはこの話を最初に持ち出した人物。筋書きはすべて彼の頭の中に存在するんだろう。
「長肢蜂は繁殖力が低いですから、この迷宮でしばらくレベリングをしていただき、『強制受精』などに準ずるスキルを獲得していただきましょう」
……なるほど。長肢蜂は一回に生む子どもの数が少ない。当然、精子の量も少ないのだ。
私がいくらスキルを活用して卵を大量に生み出しても、それを受精させる精子が足りなければ話にならない。ほとんど無精卵で生まれてしまう。
「あ、そういえば。この場合オス蜂の新生児が生まれないけどどうするの?」
実はあまり知られていないことだが、蜂の受精卵からはメスしか生まれない。オス蜂は無精卵から生まれるという、脊椎動物からは考えられない生態を持っているんだ。
そしてこれは、スキルを用いようとも覆すことができない。当然だろう。
スキルで生まれる種を変更する場合、私の迷宮蜂の卵を基に他種族の精子から情報を抜き出して行うのだ。
それが存在しない、つまり無精卵の場合、生まれてくるオス蜂は当然迷宮蜂になる。
「申し訳ありませんが、それについては容認せざるを得ません」
……まあ、そりゃそうか。他種族で子を成すんだから、これは仕方ないことなのかもしれない。
(ますます私が子どもを生まなきゃいけない必然性がないけど、これが蜂の倫理観なんだからしょうがないよね)
命に誕生について、私がどうこうできるもんじゃない。こればっかりは、いくらスキルを使っても無駄だ。
というか、それを犯すことこそ倫理観の欠如だと私は思う。たとえ蜂にそれが許されるのだとしても、これだけは否定しなければならない。
「話を戻しますが、操蜚蜂に関しては現状ある程度の数を確保できているので、後回しということにさせていただきます。燕蜂も、数はいますし
うん、これも理解できる。操蜚蜂は今いる600匹がこの迷宮に慣れるのが先だしね。
クオンさんも、正直年齢がネックだ。生殖機能は問題ないだろうけど、本人の欲求がどの程度あるかわからない。
そこで、消去法でデューンということか。彼はバチバチに現役だし、繁殖力を高める『強制受精』などのスキルを持ってる。
たとえ希少種でも、私のスキルと併用すればある程度の数は確保できるだろう。
甲碧蜂は元々種族的にも強いし、迷宮の防衛という面でも、そこまで大量に必要というわけではない。
それに、甲碧蜂は飛行能力がないから、燕蜂の保護を受けているのが現状だ。
甲碧蜂の繁殖に成功したら、今度は燕蜂を増やさないといけない。
「……という理由で、まずはデューン様にお願いするということでよろしいでしょうか」
「うん、私から反論はないよ。客観的に見てもデューンを最初にする理由は十分だし」
正直、デューンに良い印象はない。というか、第一印象が最悪すぎる。彼には女王レイプ未遂の罪があるのだ。
これまでの働きで償っているとはいえ、人の印象まで変えられるもんじゃない。
(って言っても、私が面白がって弄ってるだけなんだけどね)
もちろん、デューンが武士道にあふれる誠実な人物であるということは、流石の私も理解している。
蜂の感覚を得た今なら、あのときの彼の行動も多少理解できた。
ヒカル君に気に入られていることもあるし、あれ以降先輩であるシャルルの言うことに忠実に従っている。未遂事件も起こしていない。
何より、彼の戦力としての能力は素晴らしいものだ。
白兵戦で無類の強さを発揮することはもちろん、多くの蜂が彼に戦闘の指導を求めている。歴戦の猛者であるシャルルさえ、彼から学ぶこともあるというほどだ。
実際彼の指導能力も高く、多くの働き蜂や戦士は感謝と尊敬の念を向けている。
私もそろそろ、彼を認めてやらなければならない時が来たということだ。
「では異議なしということで、今後はこのような方針を……」
「いや待て」
クオンさんが予定通りの進行に満足し私が決意を固めようとしたとき、横槍を入れた者がいた。
そんなの当然、一人しかいない。
「俺はデューンのことは認めている。クオン、お前のことも素晴らしい指揮官だと思っている。だが、今日来た二人については知らん」
覇気を滾らせ、長肢蜂エリックと操蜚蜂ルスラーを睨むシャルル。ここに来て、彼の苛立ちは最高潮に達しようとしていた。
それは当然、私が彼の望みと違う答えを出してしまったこともあるのだろうが、クオンさんに対する怒りもあるようだ。
群れとしては正しい行いなのだろうけど、それが本当に互いの意思を尊重したものなのか。急ぎすぎてはいないか。そういう疑問が、彼の中には募っているんだと思う。
「これからレジーナの伴侶になろうというのなら、せめて実力くらいは知っておかなければならない。拳を交わせばわかることもあるだろう。俺と手合わせをしてほしい」
……そして苛立ちのはけ口として、手合わせを選択したと。
(シャルル、よく言えば素直で誠実な人間なんだけど、悪く言えば単純だよね)
いや、わかる。こうしなければ彼の中でおさまりがつかないんだろう。私だって同じだ。
できることならば、一回くらいデューンをぶっ飛ばしてスッキリしたい。
「もちろんですシャルル様。俺とて、このような行為は好きません。それが手合わせで折り合いがつくというのなら、いくらでもやりましょう」
「私もです。避けられないこととは思いますが、シャルル様とレジーナ様のお気持ちもわかります。当然、貴方に認められずしてこの役を引き受けることもできません」
二人はシャルルの提案に対し乗り気の様子だ。
彼らもまた、この状況に対して思うところがあるのだろう。
シャルルも、彼らの意思を受け取り苛立ちは引いた様子だ。
超ウルトラやべぇ種族『迷宮蜂』に転生した。どうやら私は女王らしい Agim @Negimono
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