第五十二話 修羅場ってマジっすか!?
私の眼前には今、五人の男が並んでいる。いずれも人間の姿に変身しており、目を見張るほどの偉丈夫だ。
この光景はまさに、女王である私にふさわしいものと言えるだろう。
一人は、私の迷宮において無類の強さを持つ最強の迷宮蜂、シャルル。
艶やかな金髪を靡かせ、黒と金の瞳でさきほどからずっと熱烈な視線を送ってくれている、私の愛する旦那だ。
若干不機嫌そうだが、今日もかっこいいことに変わりはない。
そして二人目は、シャルルに次ぐ実力者である
青い短髪を乱雑にまとめ、粗野な印象の大きい彼だが、今日はなぜか期待の眼差しを向けてきている。
なんだ、気持ち悪い。この犯罪者予備軍が。実力以外は何も認めていないぞ。
三人目は、この迷宮において屈指の知恵者、燕蜂のクオンさんだ。
若さを失ってはいるが、歴戦を思わせる力強い立ち姿。何より私の迷宮をここまで強力無比なものに作り上げた立役者だ。
しかし今日は、なんだか若々しい視線をこちらに向けている。
なんだろう。褒美でも欲しいのか? クオンさんにはお世話になってるし、しばらくぶりの我が家だから長期休暇でも取らせようかな。
次に四人目。私はまったく知らない長肢蜂のオスだ。
外見的特徴は、迷宮蜂のそれと酷似している。短い金髪に、黒と金の瞳。
敢えて相違点を上げるのなら、少し身長が低いくらいだろうか。まあそれでも、私より大きいことに変わりはない。
ってかホントに誰? たぶん外から来たんだろうけど、知らん人が私の迷宮にいるのって珍しいな。
最後に五人目。今日連れてきた
正直操蜚蜂はまだ顔と名前が一致してない。まあ600匹もいるんだし、仕方ないよね。
フェリールちゃんと同じく鈍色の髪をしており、瞳も薄墨色。端正な顔立ちをしている。
……ちなみに、フェリールちゃんよりずっと身長が高い。操蜚蜂ってショタじゃないんだ。
なんか、精力溢れる青年って感じ。ゴキブリを支配してるくせに見た目の清潔感は満点だ。
「……シャルル、説明してもらっていいかな? 私としては眺めてるだけでも十分素晴らしい光景ではあるんだけど」
うむ、この光景は実に見事だ。ここまで頑張ってきた私に、ささやかなご褒美ってところかな?
「冗談を言うな、まったく。まずは初対面の二人から自己紹介だ」
シャルルに促され、長肢蜂の男性と操蜚蜂の青年が私の下へ歩み寄ってくる。
「初めまして、迷宮蜂の女王レジーナ様。俺の名はエリック。クオン様の紹介でここに来ました。本日はこのような機会を設けてくださり、ありがとうございます」
おうおう、まずは長肢蜂の男性だ。礼儀正しく頭を下げ私にお礼を言ってきた。
って言っても、私も何するか知らないんだけど? クオンさんがまたなんか企んでるみたいだ。
「私の名はルスラーです。まずは私どもを支配してくださったことに、深い感謝を。これほど力を持った女王様の下でなら、私どもも本望というものでございます」
次は操蜚蜂の青年だ。これまたかしこまって挨拶をしてくれる。
ってか、支配されたことに抵抗とかないんだ。やっぱ蜂の価値観ってわからないわ。さっきまであんなに拒んでたのに、いざ支配受けたらこれだよ。
……支配されるって、そんなに良いのかな? いや、この思考はマズい。私は他種族連合の頂点に立つ女王なんだ。その自覚をちゃんと持とう。
「まあいいや。これからよろしくね、長肢蜂のエリックと、操蜚蜂のルスラー。うん、名前覚えたよ!」
何がなんだかわからないが、とりあえず新しい隣人? ってことで名前くらい覚えておこう。
でも、わざわざオス蜂をここに集めた理由がわからない。
正直オス蜂って戦力的にはあんまり期待できないんだよね。
シャルルとデューンが規格外の強さだからそういうイメージないけど、毒針使えないしメス蜂と連携できないし。こういっちゃなんだけど、戦闘の場合メス蜂の下位互換……。
(いや? シャルルとかデューンみたいな強さを持ってるメス蜂ってあんまり見ないような。オス蜂にしかない強さとかあんのかな? わかんないけど)
本当にこの会の意図がわからない。こういうときはアレだ。無言の圧力で説明を促すやつだ。
じーっと、私はシャルルの目を見つめる。
「そんなに見なくてもわかってる。今日ここに集めた理由だろ? レジーナ、最近色々忙しくて忘れてただろうが、お前には大事な仕事がまだ残ってる」
……? はて、大事な仕事? ここにオス蜂を集めた理由と関連が……!
「……も、もしかして?」
「ご想像の通りだ。迷宮蜂は十分に増えたが、他の種族が全然足りない。操蜚蜂は良いとしても、長肢蜂は深刻だぞ。なんせ、20匹程度しかいないんだからな」
そ、そうだった。すっかり忘れてたよ。
冒険者たちが世界樹の森調査でここに来た時、長肢蜂は壊滅的な打撃を受けたんだよね。ウチで保護した子たち以外、周囲にはあんまり見当たらない。
そうでなくとも、長肢蜂は元々繁殖力の低い娘たちだ。
現状大した不便にはなってないけど、第二階層炎のエリアをたった20匹で守護するって、実は結構大変だったりする。
そして甲碧蜂も、彼女たちは元々希少種だ。巣の規模も小さかったし、広い第三階層を守護するには数が少ない。
燕蜂も150匹以上いるとは言え、本来の群れの規模を考えれば全然少ない。
彼女たちは通常、3000匹単位の巨大な巣を作る種だ。
「で、でも! それと私に何の関係が? あ、あれか! 『ちょ、イイ女紹介してくれよ~』的な奴だ! よし任せて! ウチの娘からヤル気のあるのを何人か……」
「んなわけあるかバカ」
「いて!」
に、二度もぶったね! 親父にもぶたれたことないのに! まあ私のお父さんって誰か知らないけど!
「レジーナのスキル『Queen Bee』を使えば、他の種であろうと問答無用で受精できる。そうだな?」
「そ、そうだけどさぁ」
私の固有スキル『Queen Bee』には、強力な力がいくつも存在する。
そのひとつが、蜂であればどんな種でも受精できるってスキルだ。
まあシャルルの持ってる『強制受精』のメス版ってところかな?
「それなら私じゃなくてもいいじゃん。『強制受精』と『限界突破』を併用すれば、働き蜂を強制的に女王種へ変化させられるんでしょ?」
前にシャルルが言っていた。彼は女王を任意で作り出すことができるのだと。
ならその力を使えば、別に私が相手をしなくたっていいはずだ。
ってか正直な話、相手したくない。いつかはこういう話があるとは思ってたけど、今はやっぱりシャルルが良い。
「俺もそう言ったんだがな。これは元人間のレジーナにはわからないだろうが、蜂の倫理観という奴だ」
「我もシャノール様に相談してみたのですが、そういうことは女王に任せよと。女王以外が子を成すことは、蜂の倫理観に反するのですぞ」
ま、マジですか。あのお色気担当シャノールさんが、元性欲マシーンであるデューンの誘いを断ったと。
つまりアレか。その群れに女王がちゃんといて、かつ生殖能力があるのなら、下の身分の者は子を成すべきではないと。
女王種を生み出したり取り込まれた巣の元女王が子を作ったりするのは、あくまでも最終手段でしかないと。
(あ~、だんだん読めてきた。だからシャルル、さっきから機嫌悪かったんだ。この話、たぶんシャルルが持ち出したんじゃないだろうな)
またクオンさんか。確かに迷宮の発展を思うなら正しいんだろうけど。
シャルルは最近、人間の感情を獲得しつつある。蜂の感情を獲得していく私と逆行するようにだ。
だからこそ、私との人間の感情を基礎とした恋愛というものができている。
そして同じ理由から、蜂として当然の思考であるはずのこの状況に、表現できない感情を抱いてしまっているんだろうな。
でもそれは、私への愛が種族的な感情を超えたという証明。
「レジーナ。お前が嫌なら、もちろん拒否してくれて構わない。すべての決定権は女王のお前にある。命令してくれれば、今すぐにでもエイニーを女王種に変える準備はあるんだ。もちろん燕蜂の中から優秀なものを選出し、同じように女王種を作り出すこともできる。シャノールも俺が説得してみせよう。お前はお前の意思を尊重して良いんだ」
シャルルは優しいな。蜂の事情がまったく分からない私に、『意思を尊重して良い』なんて。
それじゃあ、自分だけを選んでくれって言ってるようなもんだよ。
でもここで安易にその選択を取ったら、迷宮の中で反発が起きたりしないだろうか。
倫理観は大事だ。私の主観で、蜂の根底に存在するその価値観を否定するのはどうなんだ?
支配でみんなを縛ることはできても、そんな根本まで捻じ曲げられるわけじゃない。
それに客観的に見るのなら、他のどの種族よりも圧倒的に繁殖力の高い私が担当するのが適任だ。
レベルも高いし、出産に対するリスクは誰より低い。
感情を無視するのなら、私がこの話を受け入れるメリットはいくらでも存在する。なら……。
「ありがとうシャルル。でも大丈夫だよ。みんなの期待に応えるのが女王だからね!」
……落胆したようなシャルルの表情が、私の心に突き刺さる。
この決断ができてしまったことそのものが、私が根底から蜂になってしまったことを実感させた。
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