2通目 夢幻の遺跡
テリエルだ。
少し前に経験したとある出来事をきっかけにして最近よく思うんだが、私の故郷である村は今どんな様子だろうな。
確か村を出るときにうちで飼っている羊が赤ちゃん羊を生んでた筈だ。元気に育っているだろうか。君と一緒に植えたアグの実のタネは芽を出しただろうか。来月で300歳を超える村長はまだ元気だろうか。君からしたら“なんだそんな事か”と笑ってしまうような些細なことかもしれないが、しばらく村を離れている私にとってはそういう日常的なことがもはや新鮮で気になってしまうんだ。だから偶には君の方からも手紙を送ってくれよ。いつも手紙を持たせた鳩を見送るばかりで、迎え入れた試しがない。こちらの方角に飛んでくる鳩を目撃する度に多少ソワソワする私の気持ちにもなってくれ。パン屑を放られるのを待つ鳩の気分だ。
あ。
そう言えば、君と私が偶然見つけた翡翠色の宝石を覚えているか。あれは、森の暴れん坊イノシシであるルード・ボアを仕留めるための落とし穴を一緒に掘っている時にたまたま見つけたんだったな。雫の形をした光り輝く美しい宝石。二つに割って分け合ったが、私はその片割れをペンダントとして首にかけて、ずっと一緒に旅をしてきた。ちょっとしたお守り代わりだよ。
そしてその宝石に、私は命を救われた。
なんというか。荒唐無稽で理解し難いことだろう。だが、事の顛末を聞けばきっと納得するはずだ。
そして私は君に感謝している。
「夢幻の遺跡」
とある哲学者が言った。その遺跡には世界の真理が示されていた、と。とある大富豪が言った。その遺跡には無数の財宝が眠っていた、と。
またある者は…、ある者は…、ある者は…。
そんな風の噂をどこからともなく聞いた私は、遺跡の近くに位置するとされる砂漠王国レガンを訪れた。さらに銀貨をいくらか払う事で、比較的安価に遺跡まで案内してくれるガイド(二人のヒューマン)も雇う事ができた。私にしては実にスムーズ。
当日はガイド2人と私の合計3人だった。
彼らの格好は見慣れないものだった。と言っても現地の者からすれば当然見慣れているのだろうが、全身に薄緑色に染めた厚手の布を纏い、顔にはガスマスクのようなものを装着していた。まるでタコみたいな見た目でなかなかっこいいんだ、これが。「タコみたいな見た目でかっこいいな!」実際に言ってみた。私の目も少年のように輝いていたことだろう。その言葉には 是非とも私にも貸して欲しい!という期待を込めていたのだが、
「このマスクは、砂漠を行き来するうちに肺が弱くなっていく我々にこそ必要なもので、貴方には無用の長物です」
とすっぱり断られてしまった。しょげたよね。しょうがないけど。
それから私たちは、それぞれ砂カバと呼ばれる動物(この地方に多く生息する巨大な哺乳類らしい)に乗って遺跡を目指すことになった。黒くてごつごつした皮膚に覆われたこのカバは王国レガンではラクダに次いで利用される動物なんだとか。荷物を安全に運ぶならラクダ、急いで運ぶなら砂カバと言った具合にね。
まずは挨拶をする必要があった。ガイドが言うには砂カバの鼻先に自らの腕を近づけ、臭いを嗅がせるらしい。私の身体と同じくらいのサイズ感を誇る大きな口であるが、温厚で臆病な生物であるから怖がる必要はないと、確かにそう言ったのだが。
顔の前に立って心臓の鼓動を静かに速めながら、腕を差し出したその瞬間、砂カバは顔をおブルブルと勢いよく振るった。あれは驚いたね。びっくりして“うおっ”とか言っちゃったし、真っ先に腕があるか確認したしね。幸運にもあったよ!良かった本当に切実に!
砂カバはガイドの制止も効かずに顔をブルブルと振り続けていた。ガイドにも理由が分からないようで少し慌てている横で、私は冷静に砂カバを観察した。観察は私の得意技だ。だからすぐに分かった。どうやら右耳の後ろがかゆい様だった。カバの腕の可動域じゃ届かない部分だからね。私はお安い御用だぜとばかりに砂カバの顔の右に立って耳を腕で擦ってやった。そしたら途端に落ちついてね。目を伏せて気持ちよさそうにしたんだ。その後、手を離したら顔を摺り寄せてきてね、懐いてくれた。私はカバ丸と勝手に名付けた。自分よりでかい動物も好意を見せてくれたらなかなか可愛いもんだ。
さて、私はカバ丸の背中の鞍に跨って手綱を握って砂漠を進んだ。景色を楽しんだかって?冗談じゃない。砂カバは時速80キロという猛スピードで砂を泳ぐ動物でね、砂煙を蒔き上げながら直進する砂カバの背中とあっては、うっかり目を開けると砂が飛んできて目を針で指されるような痛みが走るし、そもそも背中から振り落とされないようにしがみつくので精一杯で、砂漠の景色を楽しんでる場合では無かった。全く、ひどい暴れ馬だよ。いや、暴れカバか。
砂カバから降りたのは、かなりの距離を進んだ後だった。ずっと同じ姿勢をしていたせいで凝り固まった体を伸ばしながらようやく周りの景色を見た。
何もない。
という感想が真っ先に思い浮かんだね。本当に何もなかった。人影も街も無ければ植物も生き物もオアシスも。何もなかった。このまま置いていかれたら絶対に助からないな・・・と心の中でうっすら恐怖を感じたことを覚えている。
そしてもう一つ覚えてることがある。
甘い匂いがしたんだ。
甘い果実のようなにおいがどこからか漂ってきて鼻腔を擽っていた。ほら、3月頃に村に生えるケーデルの花、あれに似てた。でも周りを見渡したところでカラカラに乾いた砂漠が広がっているだけさ。
唯一見えたものがあるとしたら、黒い巨大な影だった。
それが絶え間なく巻き上がっている砂の奥でもやもやと像を浮かび上がらせていた。そしてどうやらガイドさんたちはその影の方向に歩いていくらしかった。私は後ろについていきながら尋ねた。
「あれはもしかして、花なのかい?」
ガイドの一人が砂を踏みしめながら振り返らずに答えた。
「花ではありません。遺跡です」
遺跡!突然の目標物の登場に私のテンションは急激に上昇した!魅力的な噂が数多く残る伝説の遺跡。この目で早く見たい!っとその一心で、もう砂に足をもつれさせながらも早足で進んだのだが。ここから随分と長い時間歩くことになった。
ひたすらに同じ景色だ。正面にはガイド二人の背中、横には何もないただただ広大な砂漠、姿の見えない黒い遺跡の影、太陽、踏み出す足、砂の足跡、甘い香り。変化の無い景色は私から時間の感覚を奪い、意識を遠ざけ、頭がぼーっとしてきて・・・。
・・・そして。
ふと気づく。
目を見開いた。
私は、遺跡の前に立っていた。
天に向かって真っすぐに立つ岩の円柱が左右に並び、その間をアーチ状に削り出された岩が橋をかけている門。それがいくつも連なって神聖な雰囲気を放つ道を形成している。そして先に待ち構えるのが、口を大きく開いた獅子の顔だ。尻は上げて顔は下げ、威嚇する体勢をとっているその獅子は、目を吊り上げて牙を剥きだしにしていて、今にも噛みつきそうだと見る者に予感させた。
そしてまさにこの外見こそが、私の想像していた遺跡だった。私は暫らくその遺跡の迫力に圧倒されて、ただ立ち尽くしていた。君にも見て欲しかったな。自分がどれほどちっぽけな存在であるかを思い知らされるんだ。我々は、小さい。
やがて私は引き寄せられるように歩き出し、一人で(点々のやつ)遺跡の中へと足を踏み入れた。遺跡は地下へと続く階段が延々と続いていた。この奥に行かなくてはならないと、底に辿り着かなくてはならないと、なにやら予感めいたものを感じて無意識に階段を降りだす。私はその階段を降りながら、両隣の壁を交互に見つめる。壁に掘られていたのは何かを示す絵と知らない文字群だった。尤も絵は現代の美術のような立体感がまるで無いぺったりとしたものだし、並ぶ文字も決して見たことが無かった。だが、私は何故かそれらが指し示す内容を理解することが出来た。
それは空飛ぶ乗り物のつくり方であったり、未だ明かされていない自然法則の方程式だったり、誰かを蘇らせるための秘儀式のやり方であったり。私が、明らかにしたいと思っていた事実の全てが壁に描かれていた!全てだよ、全て!私はこの遺跡の壁を見て回るだけで自分の好奇心の全てを満たすことが出来るんだ!こんな素敵なことがあってたまるか!
気付けば私は子供のように夢中になって階段を駆け下りていた。頭は常にきょろきょろして足元を全く見ていなかったが段差を踏み外したらそうしようなどという事は全く考えずただ興味の赴くままに壁を見て回った。
そうしてやがて、最下層へと辿り着く。
薄暗い、広大な四角い空間だった。正面を進んだところには巨大な門がそびえていた。そしてこの部屋の壁や床や天井には、よりこの世の真理に近い重大な事柄が書かれていた。星がどの様にして誕生するのか?死は何故存在するのか?意識の正体は何者なのか?全ての生物が知りたがるような答えがその場所には存在していたと思う。言うなれば真理の部屋。そして門の向こうには。私の最も求めている疑問の答えが。すなわち、「神とは何者なのか?」という疑問の答えがある、と直感が告げていた。ここまで来て引けるわけがない。まるで蜜に誘われる虫のように私はフラフラとした足取りで門へと歩いていった。心臓が高鳴る。全身の血が流れる音が聞こえる。期待は最高潮に達していた。
いよいよ、門に手を掛けた。
“さあ、すぐだ。もうすぐ、出会える。私の真理に、私の答えに!”
そう思った瞬間、首元から強烈な光を浴びて、私は思わず手を放し腕で目元を覆った。
何だと思う。そうだ。光っていたのは、首に下げた例の宝石のペンダントだった。
まるで魚のようにビチビチと暴れまわってもいて、拡散した光が網膜を刺激し、目が焼かれそうだった。驚くのも束の間、私はこれは堪らないと思って光を遮るようにペンダントを握った。
その瞬間、膨大な記憶が映像となって脳内に流れる。君と山の小川で水を掛け合って遊んだ記憶。長老の立派な家に忍び込んでかくれんぼをした記憶。一緒にこっそり夜に村を抜け出して丘を登り、星空を眺めた記憶。
それらは全て、宝石を拾ってからの君との記憶だ。宝石は全て覚えていたんだ。そしてその記憶を私に見せた。
これによって私は現実との繋がりを取り戻す。それまで遺跡というただ一点に注意を向けていた私の意識は、拡張される。
記憶を、思い返す。
私は今何をしていたんだ?遺跡を探しに来たんだ。ガイドと。…ガイド?そういえばガイドはどこだ?なぜ私は1人(点々)なんだ?
それに気づいた瞬間、遺跡はボロボロと崩壊を始め、私自身は宝石の光に包まれた。
そして次に目を開けた時、私は元の砂漠の上に立っていた。さらに目の前には四方に裂けた口を大きく開いた巨大な食虫植物が溶解液を唾液のように達しながら私を待ち構えていた。
私は一瞬遅れて脳が事の緊急性を理解し、慌てて後ずさった。砂に足を取られてバランスを崩し、尻餅をつく。しかし食虫植物は首を伸ばせない。だから食べられずに済んだ。
君、情けないとか笑うなよ。命が懸かってるんだからな。
さて、一旦危機を脱した私は冷静になって状況の把握に努めた。
周りに遺跡は見当たらない。代わりに目の前には巨大な食虫植物。遠くから黒い影となって見えていたのは遺跡なんかでは無く、この食通植物だったわけだ。そして感じるのは強烈な甘い匂い。深く吸い込むと少し意識が霞む。発生源は無論、目の前の食虫植物の開いた花。
状況から鑑みるに恐らくは。
夢を見ていたのだ。
太陽が照り続け灼熱の光を浴びせ続ける中、砂漠の変わらない景色の中で黙々と歩くことで意識レベルが低下し、そこへ催眠作用のある食虫植物の甘い匂いを嗅ぐ事で、夢の世界に引きずり込まれた。遺跡は恐らく、私が遺跡に行きたいという望みに影響されて現れた幻影だ。この食虫植物は動物に好きな夢を見させる事で無防備にし、自分の口元まで歩かせるのだろう。砂漠では動物の体液こそが貴重な水分だからな。現に食虫植物の周りには被害者の者なのだろうと思われる服やポーチと言った荷物が散乱していた。被害者は多いらしい。
ふと。私が横を見ると、カバ丸が夢うつつの状態のままふらふらと食虫植物の元へとのそのそ近づいていた。
私は慌ててカバ丸の傍へと近づき、思いっきりカバ丸の横腹を殴った。と言っても砂カバの皮膚はマタルタイガー(神をも殺すとされる凶暴なトラ)の牙が通らないと言われてる程に頑丈だから、私の拳など所詮は撫でられた程度だろう。しかし野生の動物にはそれで充分だったらしい。
カバ丸はびくんと体を震わせて目を覚ました。驚いたようにキョロキョロと辺りを見渡した後、状況を理解したらしく私に頭をすり寄せた。
コイツは、可愛い。
それから私はカバ丸に乗って無事に街に戻ったよ。
荷物は失ったがペンと紙は落ちていたのを持ってきた。まさか盗賊と非難はしてくれるな。道具は使われてこそ本望だ。私はそう信じている。
ちなみにガイドは、いなかった。そして私の荷物も無かった。最初から盗み取るつもりだったのだろう。それにあのマスクはきっと食虫植物の匂い対策だ。どうりで厳重だと思った。
まあ過ぎた事は気にしてもしょうがない。
それより命があって良かった。
君と見つけた宝石のおかげだ。私には魔力が全然無いから、きっと君の魔力に反応して記憶を溜め込んだんじゃないかな。つまり君は間接的に私の命を救った恩人というわけだ。
ありがとう。
それじゃあまた。
そのうちに。
テリエル
拝啓、親友へ もぐら王国 @mogu_mogu
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