拝啓、親友へ
もぐら王国
1通目 カラスに支配された村
親愛なる友へ
私だ。テリエルだ。元気にしているだろうか。私は何度か死にかけたが、そこそこ元気だ。
思い返せばナラトの町の門で君に送り出され、旅を始めてから、既に5か月が経過しているわけだ。
既に、というか。まだ、5か月だ。
信じられない。
私の感覚では、君に別れの手を振ったのがもう数年前な気さえしているのに。つまり私が、それほど濃密な経験を旅の中でしてきたってことだな。
今は砂漠都市のレクトルに滞在している。良い街だ。交易がかなり盛んで、いろんな種族(ハーピィとか獣人とか)や商品(デスワームのカリカリ焼きとか!)を見ることができる。あと野良猫もたくさんいる。
全然飽きないよ。商い、だけにね。
・・・うん、君の冷めた目が容易に想像できたよ。だいぶ満足。
さて、この街で一番の収穫と言えばやっぱり、紙を手に入れたという事だ。これでようやく君に手紙が書けるというもの。あ、目の前に綺麗な踊り子さんがいるぞ。君が好きなそうな美人さんだ、でも君は見ることが出来ない。嗚呼!可哀想に!
・・・さていい加減、君が頭に血を上らせてこの手紙を破いてしまう前に、本題に入ることにするよ。怒らないで。
私は約束は守る主義だ。特に君との約束は破ったことが無い。
旅を通して私が経験してきた興味深いことの数々を、君に手紙で伝えよう。
まずは・・・そうだな。あの話にしよう。
「カラスに支配された村」
きっかけは行商人から聞いた話だった。私が、滞在していた街から次なる街を目指して地面を固めた茶色い道の上を黙々歩いているときに、向かい側からその行商人はやってきたんだ。荷車に大量の荷物を積んで馬に引っ張らせている狼獣人の行商人。
私が飲み水を買うついでに「私は旅人なのですが、何か興味深い話はないですか?」と尋ねたら、「それなら一つとっておきの話があるぜ」と彼は言って、とある噂話を嬉々として話してくれた。それが ”カラスに支配された村” の話だった。
なんでも、近くの森の中にひっそりと存在している村は二羽の巨大なカラスに支配されていて、村人は一生村の外に出ることが出来ないし、外部から村に入ろうとした人間は容赦なく食い殺される、とか、なんとかだとさ・・・。
この話を聞いたとき、正直震えてしまったよ。
怯えたからだって?まさか!
興奮してしまったんだよ!
それも、とてつもなくね!
長い付き合いで私の性格を十分に知り尽くしている君ならきっと納得することだろう。
・・・呆れた顔でね。知ってるよ。君と同じくらい私も君のことを知っているからね。
さて、話し終わった行商人はこう続けた。
「まあ、危険だから間違っても行ってみようなんざ思うなよ?」
って。
危険なんだとさ。
行っちゃダメなんだとさ。
それもそうだろう。森には危険な生き物もたくさんいるし、村に無事に辿り着けるか分からないし、辿り着いたとしてもカラスに喰われるかもしれないし・・・。
まあ。当然、行ったけど。
森を進むのは苦労したよ。
背の高い木々に囲まれて森の中は鬱蒼としていて、私の身長程もある草が-もしも君が”お前はチビだからなぁ”などと笑っていたら私は許さない-どこまでも生い茂っていて行く手を阻んでくるんだ。文字通り泳ぐようにして進むしかなかった。
こうやって、ね!こんな風に、ね!伝わるわけないな!はは。
あとは途中で私の顔くらい大きなクマの足跡や、聞いただけで心臓が震えるような迫力あるオオカミの遠吠えを体験した。見つかったら間違いなく食べられていただろう。だから私は一刻も早く森から出るために、必死に村を探した。でも、全然見つからなかった。
ぜんっぜん、だ。全く、一ミリも。手がかり一つ無かった。
そのくせ体力だけはじわじわ奪われる。正直、諦めていたな。とりあえずゾンビのように惰性で歩き続け、そのうちに珍しい動植物の一つでも見れたなら、それを土産話に引き返そうと思っていた。
だが、そんなときだった。一際大きなカラスの鳴き声を聞いたんだ。森に広がる暗闇の中から突如として響いてきた鳴き声。
こんな死神のような不気味な鳴き声を上げるのは恐らく例のカラスだろうと、私はほとんど確信して鳴き声の方向へと歩いた。
私の勘は当たるんだ。
見つける。
村だった。そしてその村を挟むようにして東西に生える背の高い木の枝に、2mほどの体長がありそうな巨大なカラスが止まっていて、村の中央には巣があって、その上にはこれまた大きな体長1mほどのヒナが数匹いた。
・・・ああ、分かってる。それだけじゃ、まだカラスに支配された村かどうかは判別できないって、疑い深い君は言うんだろ。だが心配ご無用。この村は間違いなく件のカラスに支配された村だった。
なぜなら、ヒナたちの元に餌を運んで巣に置いていたのは他でもない人間だったんだからね。
村を見つけて興奮した私は是非とも村人から話を訊きたいと思った。
外から眺めるだけでなく実際に触れることで”生きた知識”を得たかった。
どうだい?かっこいいだろ?尊敬する旅人の、父の、言葉だ。かっこいいと思った君は旅人の素質がある。今すぐ村を出て共に旅をしよう。迎えに行くよ!さあっ!
・・・行かないんだろうな。残念。
ということで村人に話しかけようとしたんだが、これがなかなかに怖かった。当然だ。村に近づくのをカラスにバレたら襲われるかもしれないんだからな。だから私は慎重に慎重を期した。具体的には身体に草を纏って、歩く草となって村に近づいたのだ。賢いな、私は。
すぐにばれた。
森から出た一歩目で二羽のカラスが首をこちらに向けた。私は死を覚悟したがどういう訳か襲ってくる気配は無かった。やはり噂は全てが真実とは限らないものだ。私は心臓をバクバク鳴らしながら村に近づき(あの時の緊張感を文章で伝えきれない事がとてももどかしい)、村人の一人である優しそうなおばあさんに話しかけた。
「私は旅人のテリエルと言いまして・・・」
云々かんぬん。
来客はかなり珍しかったらしい、おばあさんは最初こそ目を真ん丸にして驚いていたけれど、私がただの好奇心の下僕だと分ると、「まあ入りなさいな」と暖かく村に迎え入れてくれた。
村の様子は、割と普通だった。家は木を組み合わせて作ったものに藁の屋根を被せていて、村人は布の服を身に纏って、農耕に励んでいて、つまり私たちの村と大して変わらない光景。だからこそ、村の中心で鳴き声を上げている巨大なヒナたちが異質に見えたわけだが・・・。
私はおばあさんの家に招かれて、床に座っておばあさんと向かい合って、湯呑で冷たい水をご馳走になりながら、村についていろいろ話を聞いた。
興味深い事実が、いくつか分かった。
例えば。この村はカラスに支配されているわけでは無かった。共生だ。私はそう感じた。
村人たちは確かにカラスのヒナに自分たちの食糧を分け与えていたけれど、カラスもカラスで村の周囲を常に警戒していて、マタルワーム(人を丸呑みする殺人ワーム)とかヒガンテ(でけぇサル!)とかから村を守ってくれるらしかった。勿論カラスからしたら、村人を囮に餌をおびき寄せている感覚なのかもしれないけれど、村人からしたら心強い守護者に違いないんだろう。実際村人たちは皆カラスのことを神の使いとして畏れ、敬っているようだった。
あと、ヒューマンは火を使える。これはカラスには出来ない芸当で、多大なる恩恵を与える。
夜の見張り番さ。
夜の森は深い暗闇に包まれるだろ?夜行性の襲撃者が動き出す時間でもある。そして、どうやらこの村のカラスは夜目が効かないらしい。そこで村人が火を灯す。
そうすれば松明に囲まれた村は明るくなって、カラスも見えるというわけだ。
それだけじゃない。
村人はみんな、変わった笛を首からぶら下げていた。
カラスが時々餌として捕まえてくる鹿の角を、村に昔から伝わる特別な手法で削って磨いて組み合わせて作るらしいその笛は、吹くと脳天を貫くような甲高い音が響いて、カラスに敵の襲撃を知らせる役目を持っていた。
つまりは、村人とカラスは協力して村を守っていたんだ。
素晴らしいね!ヒューマンと鳥、異種同士の共存!家畜以外で滅多に起こるもんじゃない。
実際に足を運んでみなければ知れなかったことだ!だから旅は良い!
その後も私は、しばらくおばあさんに話を聞いていた。村に伝わる薬草の調合方法やおまじないなんかを教えてもらった。それはもう有意義な時間だった。どんどんと新たな知識が増えていって、どんどんと気になることが増えていって、私のメモ帳は文字の海に・・・。
時間はあっという間に流れて行った。
気付けば夜になっていた。話し過ぎたんだ。夢中になると周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。君に猪と呼ばれることは気に入らないが。
その日は帰ることを諦めた。知っての通り、夜の森は危ないからね。足を踏み入れるのは自殺行為だ。だけど有難いことにおばあさんが泊めてくれることになって、私は寝床に困らずに済んだ。
夜の間、私は村を見て回って夜番をしてる村人と時々立ち話をしたりした。他愛もない話をしていたのだが、それより気になったのは、複数いるヒナの内の一匹の鳴き声がずっとしていることだった。
「あ゛ーあ゛ー」
と親鳥より数段高い声で赤い口内を見せつけるように大きく口を開いて、村中に鳴き声を響かせていた。そうだな、君のいびきと良い勝負だったと思う。無論、君の勝ちだが。
それで。私は”そんなに大きな声で鳴いていたら森の獣たちをおびき寄せるんじゃないか”と心配していたんだが、そのうちに親ガラスの内の一匹が高いところにある枝からとある一軒の家の屋根へと降り立った。
おばあさんの家だった。
私は困惑する。親ガラスが巣以外に降り立つ姿を見ていなかったからだ。私がその目的を推測しているうちに親カラスは2、3度ほど鳴いた。やはり地獄から響いているかのようだった。
そして、その鳴き声を聞いて、村の様子は一変する。
家の中にいた村人たちがみんな慌てて家の外に出てきたんだ。そして誰もがおばあさんの家に止まっているカラスを確認すると、一旦家に戻り、火を点けた松明を持って外に出てきた。ただ一人、おばあさんを除いては。
おばあさんは、立ち止まって自分の家に乗っているカラスを呆然と見上げていた。まるで信じられない物を見ているようだった。そこへ白髭が立派な村長が近づいて行って、何か声をかけると、おばあさんはふっと我に返った様子で家に引き返した。
私はその時、違和感を感じた。おばあさんが笑っていた気がしたんだ。それもこの上ない歓喜の笑みだった気がした。
やっぱり、私の勘は当たる。
次の瞬間、違和感は形を持って体現された。おばあさんが、全裸姿で家の外に出てきた。
この時の衝撃が君に伝わるかな。私は口を開けたまま石のように固まってしまった。自分が夢でも見ているんじゃないかって正気を疑ったよ。でも夢なんかじゃなかった。目の前で着々と奇妙な光景が繰り広げられていった。松明を持った村人たちが一人分の隙間を保ったまま二列にずらりと並んで、ヒナの巣へと続く道を作ったんだ。橙色の神聖なる道。そこを裸のおばあさんがゆっくりと歩いていき、後をついて村長も歩いていった。もはや世界は切り離された。私は黙って見ていた。
やがておばあさんはヒナの前に辿り着いた。直立不動。顔には汗。松明の炎が熱いのか冷や汗なのか。分からない。
気づけばヒナの隣には先ほどの親ガラスが止まっていた。
村長がカラスに向かって両手を合わせてなにやら言葉をつぶやき始める。
「・・・神鳥ヨ、我ラガ血肉ヲ捧ゲル・・・・昂リヲ沈メタマエ・・・」
松明の炎がぱちぱちと弾ける音に搔き消されて全てを聞き取ることは出来なかったけれど、どうやらカラスに祝詞を読み上げているようだった。カラスは首を傾けたままそれを黙って聞いていた。やがて村長が祝詞を読み終える。するとそれを待っていたかのようにカラスは一声、天高らかに鳴いた。
轟く鳴き声。その中で、私は目撃する。
「カラス様と一つになれる・・・」
恍惚とした表情でそうつぶやくおばあさんを。
寒気。
そして次の瞬間。おばあさんはカラスの嘴に咥えられ、軽々持ちあげられた。
そのままヒナの開いた口の上に運ばれ。
落とされた。
口の中に、おばあさんが入って行った。
呑み込まれた。
食べられた。
そうしてヒナはすっかり大人しくなって、鳴かなくなった。
村を出る前に村人に訊いた話だと、ヒナはお腹が減ってたらしい。それも生肉を求めていたとか。そう言う場合は、カラスが生贄になる村人を選ぶ。村人はつまり、保存食なんだ。
「神鳥たるカラス様と同一になれるのだ。こんなに嬉しいことは無いよ」
村人は笑いながらそう言っていた。
私は村を去った。
これで "カラスに支配された村" の話は終わりだ。
どうだい?少しは楽しめたかな。なんというか、まだまだ世界には変わった村があるもんだね。
そうそう。お土産としてカラスの羽根をもらったから、この手紙と一緒に送っておいたよ。お守りにでもしてくれ。
それじゃあ、また。近いうちに手紙を送らせてもらうよ。
元気でね。
テリエル
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