儚い存在、小麦粉のように散る。

斎藤秋介

儚い存在、小麦粉のように散る。

 いよいよだ。

 いよいよ、おれはツイッターの世界にデビューする。

 お母さんの年金でようやく買ってもらったこの中古のmyPhone SEで、おれはインフルエンサーになるっ!

 1ヶ月経ったが、フォロワーはひとりもできなかった。

 3ヶ月経ったころ、業者と出会い系のサクラが5人ほどできた。

 理由がまったくわからなかった。

 毎日必ず話題のソシャゲに関するツイートを10回以上しているし、大喜利にも励んでいる。プロフィールにアクセスしている人はいるから、誰も見ていないということはないだろう。固定ツイートもそれなりに読まれている。

 おれは鬱病に罹ってしまった。

 鬱の波が引くと、こんどは躁の季節がやってきた。イライラしてきた。スマホをなんども床に叩きつけ、画面はバキバキになった。おれは心療内科に行った。保険証が父親の扶養だったため、受付の綺麗なお姉さんに嘲笑された。……ひょっとすると被害妄想かもしれない。抗てんかん剤を処方された。副作用で歯肉増殖が起きた。歯ぐきがグロテスクなせいで、彼女にふられた。

 仕方がないのでLINEに登録されている女の子たちに四方八方愛の告白を投げかけると、グルチャで晒されているようだった。女の子のうち、良心的なひとりがその事実を教えてくれた。おれの行き場はもうネットにもリアルにも存在しないようだった。

 元カノに助けを求めたが、HIVと梅毒に感染したショックで自殺をしたのだと、電話に出た母親に聞かされた。「うちの子がヤリマンだったなんて……」と嘆いていた。おれも泣きました。

 そこで、おれは良いことを思いつく。いくらか試してみたツイートで、『パキシル・デパス』などの文字が入っていると明らかにアクセスが増えるのだ。病み垢界隈ならば、きっとおれと同類のぼっちが多いはずだろう……。

 「ストゼロで睡眠薬一気飲みした」とツイートしてみた。フォロワーは増えなかった。「自殺を考えている」とツイートしてみた。フォロワーは増えなかった。理解ある彼女ちゃんを求め、婚活を求めるツイートをしてみたが、女性からDMは届かない。……どうにも、病み垢界隈は『加工自撮り』を身分証明書として提示しないといけないようである。それは世界一ブスなおれには酷ってものだろう……。

 このころにはおれのメンタルはブレイクを極めており、重度の食欲不振から体重は5kg減少、50kg台前半に差しかかっていた。

 おれは故郷に帰ってきた。故郷にはダムがあったはずだ。この土地に良い思い出はないが、最期に良い思い出になってくれるとうれしいな。しかし、念のためにググってみるとなんとダムはなかった! あるものは『取水堰』というものだった。まあ、おれの故郷に対する想いとはその程度のものである。

 おれは湘南銀河大橋の上に立っている。

 トリを飾るにはふさわしいビッグブリッジだ。

 『足もとを映した自撮り』とともに実際に橋から飛び降りてみると、10000人以上の人々からご冥福をお祈りされた。まとめブログにも取り上げられ、5chにもスレが経った。……こんなのってあんまりじゃないか。


 ……「けっきょく、自分を救えるのは自分しかいない」


 おれはそんな簡単な真理にようやく気がついたのだ。

 おれを助けてくれる人などどこにもいない。救世主はおれ自身なのだ。生まれてきたことは間違いなく悪であり、生命は誕生するべきではない。おれは反出生主義の亡霊としてよみがえった。

 考えてもみれば、おれが母親の年金に頼るようになった理由は両親のせいである。『教育』という投資を誤った劣等遺伝子の両親にすべての責任があるのだ。小学校低学年のころは楽しかったよな。資本による格差が見えにくいあの時期は、おれも無邪気なものだった。なぜおれは親ガチャを外してしまったのか。スピリチュアル界隈によると、それはおれが前世で悪事を成したかららしい。今世で徳を積めば、来世はアセンションできるらしいが……ばかかぁっ!

 おれは命に嫌われていない。おれのほうが命を嫌っているのだ。命などあるから悲しみが生まれる。この星からすべての生命を消し去るべきだろう。そうすることでしか、宇宙は救われない。

 気がつけば、おれのアカウントは5個になっていた。……『無職』『メンヘラ』『毒親』『発達障害』『反出生主義』……フォロワーはものすごく多いわけではないが、それぞれ関係性を保つのにじゅうぶんな数はある。

「春菜ちゃん……なんで自殺しちゃったんだよ……いいじゃないか……ヤリマンくらい……みんな心のなかに闇を飼っている……」

 このごろ、おれは春菜ちゃんに話しかけるのが日課になっていた。

 地獄から呼び寄せたレンタル元カノだ。春奈ちゃんはやさしく、いつもおれの味方をしてくれた。周りがおれを「キモい」と罵倒しているとき――いや春菜ちゃんの親友ですらおれを「キモい」と蔑んでいるとき、なぜか春菜ちゃんだけはおれをイケメンのようにあつかってくれた。

 そのせいで、おれは長いあいだ自らを「イケメン」だと錯覚して生きてきた。なまじ元カノがチヤホヤしてくれたせいで、おれのなかにおかしな成功体験が生まれてしまったのだ。つまるところ、おれはその落差に耐えれなかったのだろう。常に悲惨な人生を歩み続けていれば、おれは湘南銀河大橋から飛び降りることはなかった。ツイッターにデビューし、インフルエンサーになれるはずだ――などと思い上がったりもしなかった。

 おれが真実――「童貞」のままであったならば、おれはその魔力的な執念から生きのびることができたのだろう。満たされてしまった。中途半端に満たされてしまった経験が、おれの心を弱くさせた。

 少年時代、おれは誰よりも反骨精神に満ち、“精神力”に対して他の追随を許さない超越的な自信があった。母親に怒鳴り散らし、父親をぶん殴る――圧倒的な“強さ”がそこにはあった。やがて、両親が老いとともに権力を失うにつれ、おれも権勢を失っていったのだ。

 ギリシャの哲学とローマの政治を学んだ人生の末路が、自殺……おれは間違いなく、人類史を否定してみせたのだ。この世界の歴史に名を刻まれなかったすべての悲しき人々の悲しみを、この星の未来に問いかけたに違いない。

 たとえ三日で忘れ去られるとしても、このミームは永遠に・永久にインターネットの世界をさまよい続ける。おれが5個のアカウントで残してきたことのすべてには、必ず価値がある。それは後世の人間が見出すことだ。いま、この手のなかにそれがないことはさして重要じゃないっ! 現代人は馬鹿だからだ。無能だからだ。馬鹿だから交尾をする。無能だから命を産む。馬鹿で無能だから性病に罹って自殺する。知性ある未来人が、おれの功績を評価してくれることを信じて……、

 おれはすべてのアカウントを統合し、最期にこうつぶやいた。


「我はメシア、明日この世界を粛清する」

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儚い存在、小麦粉のように散る。 斎藤秋介 @saito_shusuke

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