第28話 俺には運命であり、必然だった①



「私の可愛い子供達に、貴方は一体何をしてくれたのですか!?」

「別に。少し酩酊状態にして判断を鈍らせただけだろ」

「それが問題だと言っているのです‼︎」

「俺はこんな所に呼び出されて、説教される程の事はしてない。それに、約定に背いた強い魔法は使ってないだろ」

 

 この無駄に白くて光っている空間が俺は昔から苦手だ。寒気さえしてくるこの場所にいつまでも長居したくなくて、涙ながらにもこちらを睨んでくる相手を俺は雑にあしらった。

 ビービーと泣いてはいるがこの程度で傷付く程やわな相手ではない。未だ泣き止まず先程から俺を睨みつけてくるこいつは、一応人間が女神と崇める存在だ。


「人間は皆平等に愛すべき存在。それを……あのようにまともな人生を送れなくなるまで追い込むなんて‼︎貴方には慈悲の心がないのですか!?」

「はっ、笑わせんなよ。んな綺麗事言っても、お前らも都合が悪い存在がいると俺達に押し付けてくるだろうが。俺からしたらお前らの方がよほど慈悲の心なんて持ち合わせてないだろ」


 事実を言われた目の前の相手は、ただ静かに顔を歪ませボロボロと涙を流した。その無駄に明るい輝く瞳を真っ直ぐこちらに向けて。

 俺は昔からこいつの無駄に明るい瞳と、その薄ら寒い演技のような態度が苦手だった。そう、例えるなら見知らぬ相手に全身を許可なくベタベタ触られ、あまつさえ耐え難い程の吐き気を強制的に催さなけれならない、そんなレベルの不快感を感じるんだよな。


「……私達には平等に役割がある事を、貴方も十分承知している筈です」

「平等な役割ねぇ。お前らの言う平等ってのはお気に入りは自分達の加護を与え、それ以外の基準に満たない者の処理を俺達にさせる事を指すんだな」


 こいつとは昔から話が合わないから、可能な限り近づきたくない相手だった。

 それでもこうして対峙しているのは、俺が人間界に干渉したという事実と、それをこいつに約定違反だと指摘され責任を追求されたからだった。

 嫌々ながらも今日この場に足を運んだのは今回の一連の出来事に関し、俺への責任の追求と落とし所を話し合う目的があったからだ。

 

「まだ小さな子供達をあのような目に合わせて……貴方は心を失くしたあの方と同じだわ‼︎」

「は?全然違うだろうが。てか、あいつと一緒にされるのは心外だ」

「心外?笑わせないで。貴方は最も悪魔らしい悪魔だわ」

「……」

「それで?今回の目的はなんだったのかしら?」

「俺がリアを欲しいと思った。それ以上の理由はない」

「だからってこんな真似!」


 あ゛ーだるすぎ。

 本当にこいつは自分が少しでも気に入らないと、毎度ギャーギャー泣いて騒ぐから心底うんざりする。

 とは言えいつまでも喚き散らす目の前の存在を無視する事も出来ない。仮にこのまま放っておいたら、間違いなく永遠に泣き続けるだろう。これは言葉の文ではなく本当に永遠に……そんなの御免だ。

 俺は一秒でも早くリアの元に戻りたい。

 それにいい加減俺のストレスが限界を迎えそうなので、空気を読んで相手が望んでいるであろう事を口にする。

 

「はいはいっと。約定に背いてすみませんでしたね。ってわけできちんと謝罪はしたし、今回は処理対象を上限なしで受け入れる。これならそっちも満足だろ」

「…ひっ、ぅ……いいでしょう、今回だけ貴方を許します。ですが約定に関しては、ひいおばあ様の代からの大切な決まり事。いい加減貴方も守ってください」

「……うっざ」

「何か言いました?」

「チッ、何も言ってねーよ。じゃ、後でルークをこっちに寄越す。到着次第、即廃棄人を回収するからそっちも準備しとけよ」

「廃棄だなんて失礼だわ!これは子供達にとって乗り越えなければならない試練なのよ、決して廃棄ではないわ!」

「あーはいはい。んじゃ要は済んだし、俺帰るわ」

「待ちなさい!まだ話は終わってません!」


 嫌いな奴に待てと言われて、素直に待つ奴がどこにいる。そんな奇特な奴どう考えてもいないだろうに。

 長い説教の末頭痛がしてきたが、城に帰れば愛しい存在が俺を待っていてくれる。

 だからこの苦行の時間も何とか耐えられたんだ。


 アリア——。


 ただ長いだけの退屈な人生の中で初めて本気で欲しいと願った存在……それが彼女だった。

 ひと目見た瞬間に感じた、全ての魔力が瞬時に全身を駆け巡った、あの名前も知らない未知の感覚。

 バクバクと心臓がいつもより激しく鼓動しているのが自分でも分かった。他人事のようだが、まるで感情に任せて暴れた後ような気の昂りようだった。

 そう、間違いなくあの時の俺の気分は最高潮に昂っていた。


 あの日俺は、人間界を覗く水盆を何となく眺めていた。

 魔界は常に退屈だ。俺より強い同族なんていないし、何をしても心が満たさる事はない。

 こうして生きている事すら酷く退屈に感じ、いつか訪れるであろう死への興味が日に日に増していたあの日。

 俺が心底興味の惹かれる、心が満たされるような何かを無意識に求めていた時偶然それを見つけた。


 癖のない真っ直ぐに伸びた美しい銀髪、宝石を嵌め込んだような輝くアメジストの瞳。そして横にいる長身の男を見つめ、照れたように小さく微笑む輝かんばかりの光を纏う女に、俺の心は一瞬で釘付けになった。


「あれが欲しい」


 気付けば自然と口からそんな言葉が出ていた。

 そして言葉にした後に人間の少女を欲しいと思う自分自身にも驚いたが、それ以上に驚いたのは言葉にした事で自分が想像していたよりずっと心がすんなり受け入れた事だった。


 ただ一度口に出してしまうと、何が何でも彼女が欲しくなった。

 だから俺は注意深く彼女——アリアを観察する事にした。

 毎日観察していくうちに分かった事は、あの日一緒にいた長身の男は彼女の婚約者だという事。

 そして側から見て二人は相思相愛だと言う事が俺でも手に取るように分かった事だった。


「アイザック様」

「おいで、アリア」


 そんな二人を見て、俺は嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。

 勝手に覗いて勝手に惚れたのは俺なのに、名前を呼んで貰えない事に激しく心が揺さぶられ、あんな風に愛おしそうに名前を呼んでもらえるあの男に心から殺意が湧いた。


「いっそバレないように始末してやろうか……」


 ふとそんな考えがよぎったが、これではダメだと頭を振る。

 この考えではダメだ。仮にあの男を始末したら間違いなく、彼女の心の中に生涯あの男の存在が生き続ける事になる。

 そんなの絶対に許さない。


 (もっと確実に俺の手に堕ちる方法を考えないと)

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