第26話 思わぬ再会③
「ノーラ?」
「……っ……ほ、本当にお、お嬢様?」
「え、えっと……久しぶりねノーラ」
「お、お嬢さっ!っ…あ、っ……、ぅあ……!」
泣きながらその場で崩れ落ちるノーラに、私は慌てて駆け寄った。でも私にはこの状況をどうしたらいいのか分からず、しばらくノーラの背中をさすってやる事しか出来なかった。
その後しばらくして落ち着きを取り戻したノーラを立たせ、近くにあったカフェテリアへ二人で入る事になった。
「ノーラ少し落ち着いて来たかしら?」
「っ……、ぅ……ずみ゙ま゙ぜん゙、取り乱したりなんかして……でも、あの、お嬢様はあの日……」
「ええ、家を出る事に協力してくれた人がいたの。それで死んだ事にして侯爵邸から逃げ出したのよ。ノーラ、貴女に一言も言わずに出て行ってしまって本当にごめんなさい。ノーラは本当に私に良くしてくれていたのに」
私の話を静かに聞いていたノーラは俯いたままただ静かに首を横に振った。
「あの頃お嬢様には貴族令嬢というお立場がありました。平民でしかない私にも優しくしてくれ側にまで置いてくれて……それなのに一介の使用人に過ぎない私に、心を曝け出して欲しいと一瞬でも考えた私が悪いんです!お嬢様が亡くなった時、私がそんな厚かましい事を願ったから天罰が下ったんだと思いました」
「ノーラ、それは違うわ!」
「わ、私がお嬢様にもっと気持ちを曝け出してほしいだなんて願ったからっ。お、お嬢様の気持ちも考えずにっ、最後の夜にお嬢様に言った私の言葉が、ひ、引き金を引かせてしまったのでないかとっ」
「……ノーラ」
「でもお嬢様がっ、生きててくれて良かったっ」
私は、一体なんて事をしてしまったんだろう……。
私がした選択のせいでノーラはずっと自分自身を責めていたのに、対する私はこうして目の前で泣いているノーラにかけてあげられる言葉すら出ないでいる。
あの時は私みたいな取るに足らない存在がいなくなっても誰も悲しまないと思っていた。
(だって私は替えのきく存在だったもの……)
でもノーラはずっと私に優しい言葉を掛けてくれていた。
私はその事実を一番よく分かっていたのに。元婚約者者やお父様との事で苦しかった時、ノーラの言葉に、態度に、何度も救われて来た筈なのに。
(私自身が誰よりも周りを信じていなかったのね)
全てから逃げた私が、今更ノーラに何て声を掛けられるのだろうか。
私はノーラの信頼すら裏切ったのに。
言葉が詰まり、その場で固まっているとノーラがハンカチで涙を拭きながら顔を上げた。
「お嬢様、一つだけ本心で答えていただけますか?」
「……分かったわ」
「お嬢様は、今幸せですか」
――幸せ。
胸に手を当てて自分の心に問いかけてみる。
家を出て一年、悔しかった事も悲しかった事もたくさんあった。
でもそれ以上に毎日がとても充実していて、私はあの貴族令嬢だった頃よりも幸せだと今なら胸を張って言う事が出来る。
「私、今とても幸せよ」
「お嬢様……」
「この思いに偽りはないわ。でもノーラにしてしまった事は本当に申し訳ない事をしたと今になって心からそう思うわ。ノーラ、本当にごめんなさい」
「お嬢様!」
私はノーラに頭を下げ謝罪した。
本当に私は相手の気持ち一つとっても、何も理解出来ていなかった。
「お嬢様、私なんかに頭を下げないで下さい!」
「違うわノーラ。“私なんか”じゃないわ。私が貴女に酷い事をしたのよ。悪い事をしたのに、立場が上とか下は関係ないわ。それにもう私は貴族ではないのよ」
「確かにそうかもしれません。でも私にとってはお嬢様は永遠にお嬢様なんです。だからこそ謝罪はきちんと受け取ります。私にはお嬢様を恨む気持ちはありません。生きていてくれた……その事実が何よりも嬉しいんです」
「ノーラ」
どこまでも私を慕ってくれる優しい彼女の言葉に、気付けば私の目から自然と涙が溢れていた。
それから私達はお互いの近況の話をした。
「ノーラは今も侍女を続けているの?」
「いえ、お嬢様の葬儀が終わった後にお暇を頂きました。あ、決して解雇された訳ではないですからね!私がお嬢様の思い出の中で仕事をするのが辛かっただけなので、そこは誤解しないで下さいね」
「でも、侍女を辞めてしまって生活はどうしているの?」
「私の実家は酒場なので、今は両親と一緒に店に出ています」
「良かった」
ノーラが生活に困っていないようで私はほっと胸を撫で下ろした。
それに侍女を辞めた事も解雇などではなくて本当に良かった。
「ところでお嬢様はランタンを飛ばされたんですか?」
「いいえ、私は飛ばしていないわ。ノーラはランタンを飛ばしたの?」
「はい、お嬢様とお会いする前に空に飛ばしました!あ、そう言えば、お嬢様はどうして道の真ん中に一人でいたんですか?もしかして例の協力者の方ですか!?」
「え、ええ、そうね」
「じゃあきっとお嬢様を探しているかも。さっきの広場まて戻りましょう!」
ノーラにそう言われ、慌ただしく店を後にした私達は早足で広場に向かった。
広場に行き、先程ノーラと出会った場所でノアを待つ事にした。
「ノーラ、貴女用事があったのではなくて?私といても大丈夫なの?」
「ええ!お連れ様に大切なお嬢様を引き渡すまでノーラは決してここを離れません!」
「ノーラありがとう」
私はそっと隣にいるノーラを抱きしめた。
この明るさに何度も救われて来た、その感謝を込めて。
「お、お嬢様!?」
「私はお嬢様じゃないわ。貴女と同じよ」
「……じゃあ、あの、抱きしめても?」
「ええ、もちろんよ」
おずおずと抱きしめ返してくれるノーラに、止まった筈の涙が溢れてくる。
「ノーラに何度も救われて来たわ。この思いに嘘はないわ。ありがとうノーラ」
「っ、お嬢様……私のお慕いする主は今も昔も、そしてこれからも未来永劫アリアお嬢様だけです」
一目も憚らず、しばらく二人で泣きながら抱き合っていた。
そしてお互いの顔をみて私達は声を上げて笑った。
「お嬢様、酷い顔になってます。これじゃ綺麗な顔が台無しですよ」
「ノーラも目が真っ赤だわ」
「「ふふっ」」
こうしてノーラに会う事が出来て本当に良かった。
今日ノーラに会わせてくれたノアには感謝してもしきれない。
今無性にノアに逢いたい。
ノーラと会ってから全く姿を見ない事に少しだけ不安になる。
そんな風に考えていると、どこからか風に乗ってずっと聞きたかった声が聞こえてきた。
「リア」
この声を聞き間違える筈がない。
彼の事を考えた瞬間にタイミング良く声を掛けてくれるなんて……。
私はその声の方向へゆっくり振り向いた。
「ノア」
「迎えに来た。帰ろう」
「ええ」
「お嬢様、この方が?」
「ええ、そうよ。紹介するわね、私を助けてくれたノアよ」
「は、初めまして!」
「ノア、私の侍女をしてくれていたノーラよ」
「初めまして。リアが言ってた侍女はお前か」
「は、はい、そうです!えっと、あの。失礼は承知で申し上げたい事があるのですが」
「なんだ」
「貴方は、お嬢様を生涯大切にして下さるのでしょうか」
「ちょ、ちょっとノーラ!?」
「元婚約者様の様にお嬢様を傷付ける事があるならこれ以上お嬢様の側にいるのを辞めていただきたいんです‼︎」
「……」
「お嬢様は元婚約者様の事でとても傷付きました。私は当時その場にいたからこそ、お嬢様がどれ程傷付いていらしたか分かります。私は貴方を知りません。だからこそ教えて下さい。お嬢様を生涯大切に出来るんですか?」
今のノアは一言声をかけるのも震える程の空気を纏っている。
私でも少し怖いと感じるくらいなのに、目の前にいるノーラはどれ程怖いんだろうか。
顔色は真っ青だけれど、ノーラがノアを見る目だけは確かな意志の強さを感じた。
「俺には生涯リアだけだ。他はいらない」
「っ!」
「……その言葉を信じろと言うのですか?」
「ははっ、今の俺を目の前にしても怯まないのか。お前のリアへ対する忠誠心だけは確かなようだな。よし、じゃあリアが元気にしているかお前にだけは定期的に知らせてやる」
「な、何なんですか、何でこんなに偉そうなんですか!?」
「まぁ、実際俺は偉いからな」
「何でっこんな男にお嬢様をっ」
「ノーラ落ち着いて、ノア……彼は本当に良い人なのよ」
「お嬢様には良い人なんでょうけど、態度が気に入りません」
「てか、もういいか?いい加減リアを返してくれ」
「お嬢様はものではありません‼︎」
「いや、俺のものだけど。なあリア?」
ノアに微笑まれ、ノーラはノアに対して憤慨している様だけど、私は――、
「私はノアのものよ」
「……お嬢様」
「あの日、侯爵邸を出た時からずっとノアのものなのよ」
「そ、それでいいんですか?」
「ええ、後悔してないわ」
私の返答を聞いて、ノーラは何か言いたそうな表情をしていたけれど最後には覚悟を決めたような表情に変わった。
「お嬢様は幸せなんですよね?」
「ええ、とても」
この一年は私にとってかけがえのない宝物だ。
一年後魂をノアに捧げてもこの幸せな記憶だけは忘れたくない。
「お嬢様が幸せならノーラはこれ以上何も言いません。ですが、何かあったら今度こそ私を頼って下さいね」
「ええ、必ず」
最後までノーラはノアに対して警戒心をあらわにしていたけれど、それでも最後には何も言わなかった。
広場を出て家までの帰り道ノアと手を繋いで帰る。
「ノア、今日は本当にありがとう」
「リアの憂いが晴れて俺としても良かったからな。それにリアは俺のだろ?」
そう、私はあと一年でノアに魂を差し出す。
でももう心残りはない。こうしてノーラにも会え、ノアとも楽しい時間を過ごしてる。
もうこれ以上は望んだりしない。
だから、
「ええ、私はノアのものよ」
もう迷ったり悲しんだりしない。
残りの時間を全力で生きていく。後悔のないように、未練が残らない様に。
「ねえ、私今度はスイーツも作ってみたいわ!」
「ああ、リアが食べたい物を作ろう」
ノアと過ごす残りの時間をかけがえのない宝物にする為に。
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