第25話 思わぬ再会②
雑貨屋へ着いた私達は、今日の目的だった品物をいくつか見て回り、最終的にはノアが選んでくれた小物入れと髪留めを購入し店を後にした。
店を出て空を見上げると、だいぶ日が傾いてきていた。この後 ノアが面白い所へ行こうと言うので私はその言葉に頷き、素直に着いて行く事にした。
ノアが言うには、今日はこの先の広場で催しが行われているらしい。
話しながら家とは反対方向へ向かって歩いて行くと、行き交う人々が皆手にランタンを持っている事に気が付いた。
「ねぇノア。あの人達はどうして皆ランタンを手に持っているの?」
「ああ、今日は今から行く広場でランタンを空に飛ばす催しがあるんだ」
「空に飛ばす……そんな事出来るの?」
「出来るみたいだな。あ、ほらあれを見てみろ」
そう言ったノアの指差す方を見ると、淡いオレンジ色の光を灯したランタンを、次々に空へ飛ばす人達が目に入って来た。
そのまま空を見上げれば目の前には見た事のない幻想的な光景が広がっていた。
「……綺麗」
陽が落ちる空に舞う淡いオレンジ色の光は、まるで別世界への入口の様だった。
こんなにも心を鷲掴みにされるような光景を私は見た事がなかった。
それと同時に何故だかふと自分が手放した人達の顔が浮かんだ。
「本当に過去の私は……何も知らなかった、いえそれは違うわね、知ろうとしなかったのよね」
「リア?」
「ねぇ、ノア。この場所は侯爵邸からそこまで距離があるわけではないでしょう?きっと毎年この時期には窓からこの光景が遠目にでも見えていた筈なのに……馬鹿よね、貴族の息苦しい生活がずっと苦手だったのは私自身なのに、結局私は紛れもない貴族の娘だったのね」
「……」
一度でも自分の知らない世界を知ろうと努力していたなら、今ノアに気持ちを伝えている様に父や元婚約者に素直に思いを伝える努力をしていたなら……結果は変わっていたのだろうか?
全てはもう終わった事なのに、ここへ来て当時の自分の行動が本当に正しかったのか自信がなくなってしまった。
こうしてノアといて幸せな事には変わらないし、あの時の自分の行動に後悔もしていない。
だけど、もっと他の選択肢もあったのではないかと今更になって考えてしまう。
あの時もっと私が上手に立ち回っていたら?
勇気を出して元婚約者に聞いていたら?
「リア」
「っ!?あ、ごめんなさい。私何だか感傷的になってるみたいで」
「今リアが考えてる事、何となく分かるよ。元家族の事だろ?なぁ、リア。そんなに“正しい選択”が大事なのか?」
「えっと、その……」
「皆が皆“正しい選択”や“正しい生き方”が出来るわけじゃない。それでもリアの目に映る周りは不幸なのか?」
そう言われはっとした私は思わず周囲を見渡した。
広場に集まる人達は恋人や家族、友人らしき人と一緒にランタンを空へ飛ばしている。
でもその顔は皆んな幸せそうに微笑んでいる。
「ここにいる人間だって“正しい選択”や“正しい生き方”をしている奴らばかりじゃない。リアは“最善の選択”じゃダメなのか?」
「最善の選択……」
「全ての道を正しく歩める人間はまずいない。だからこそ、その時の自分が全力で選んだ“最善の選択”だっていいじゃないか。ただし、選んだからにはその道を更に良いものにするも悪いものにするも自分次第だけどな」
あの時私は全てを捨て自由になりたいと願い、ノアを召喚した。
貴族令嬢としては間違った選択だったと思う。
でもあの時の私には、ノアを召喚するという事が最善の選択だった。
より良くするのも悪くするのも自分次第……。
「それに、一度手放したものは二度と自分の手元には戻ってこない。そんな事で悔やむよりも“目の前にある幸せ”を見つけた方がいいんじゃないか?」
悔やむ……私はあの時の選択を悔やんでる……?
「……がう……それは違うわ」
「ん?」
「私、ノアを召喚した事を悔やんでないわ。貴族じゃなくなった事も後悔してない。ただこんな別れ方じゃなくて、もっとお父様や元婚約者とも話をするべきだったって思ったのよ」
「……リアは家族と元婚約者に会いたいのか」
「半分正解で半分不正解よ。お父様や元婚約者はもういいの。その事で後悔した事は一度もないわ。でも……」
「リアの考えてる事ちゃんと教えてくれ」
「呆れないで聞いてほしいのだけれど。実は私に仕えてくれていた侍女がいたの。ノーラと言ってとっても素直で明るい優しい子だったのよ。それなのに私は……あんな形で別れる事になったから本当に今更なんだけどノーラの事が心配で」
「……」
「ノアごめんなさい。もう一年も経ったのに、忘れなきゃいけないと思うのに、雑貨屋の店員を見るとどうしても重ねてしまって」
「それであの雑貨屋が気に入ったのか」
「もちろん店の雰囲気も良かったからなのよ!でも重なる部分も多くて……」
「そのノーラとか言う侍女に会えたらリアの憂いは晴れるのか?」
「憂い?ええ、心残りはなくなるわね」
「‼︎そうか、よし」
そう言ってノアは急に当たりをキョロキョロと見渡しはじめた。
そして一つの方向をじっと見た後、おもむろに私の手を掴んで歩き始めた。
「え、ノ、ノア!?」
「ごめんリア。ちょっと急足で歩いてくれ」
そう言われ必死で足を動かし、ノアと共に広場の更に奥へと進んでいく。
普段こんなに早足で移動する事がないので、立ち止まる頃にはすっかり息が上がっていた。
「はぁはぁ……っ……っノア!」
「っリア、大丈夫か!?」
「ちょ、ちょっと……っゆっくり歩いて」
「ごめん、時間がなかったから」
そう言いながらノアは落ち着くまで私の背中をさすってくれた。
「急に歩き出して、ここには何があるの?」
「リア、しっかり話してこいよ」
「え、ノア!?」
そう言った瞬間彼は私の背中を押しそう言い一瞬で消えてしまった。
ノアはどこへ行ったの?
直前に話すとか言っていたけれど、誰と話したらいいのかしら?
私はどうしたらいいのか分からず呆然とその場で立ち尽くしてしまった。
すぐに人混みで一人になってしまった事が不安になり俯いていると、懐かしい声が聞こえて来た。
「……お嬢様?」
その聞き慣れた声に思わず顔を上げると、目の前にはかつて自分に仕えてくれていた侍女の姿があった。
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