第24話 思わぬ再会①
ノアへ向ける私自身の想いを認めてからあれだけ苦しかった心が晴れやかとまではいかないまでも、霧がかかった状態からは抜け出せたように思う。
彼が大好きだからこそ、私に残されたノアと共に過ごせるこの限られた時間を一分一秒でも、大切に生活していきたいとそう強く思うようになった。
数日前本屋まで一人で買い物に出掛けたのは良かったがその帰り道、私はまさかの迷子になってしまい、ノアが探しに来るまでひたすら泣きじゃくっていたそうだ。
あまりに混乱していたからなのか、迷子になっていた時の記憶がなく、ようやく我に返ったのがリビングでノアに抱きしめ慰められてる時だった。
一瞬理解が追い付かずノアから離れようとした私を、彼は再度優しく抱きしめてくれた。
「怖かったよな……でも俺がいるからもう大丈夫だ」
そう言われ更に混乱する私にノアは、今抱き締めている経緯を教えてくれた。
……迷子、そうノアから聞いた私は、今度こそノアの腕の中から離れた。
(恥ずかしすぎる!)
まさか成人目前の年齢である私が迷子になっていたなんて……。
しかもあまりの恐怖から記憶が飛んでいるだなんて、こんな恥ずかしい事はない。
いっそ穴があったら入りたいくらいだった。
そんな私を見てノアは「怖い思いをしたんだから混乱して当然だ」なんて言っていたけれど、それでも今回の迷子は堪えた。
数日間は落ち込んでいたけれど、いつものようにノアに慰められ本を読んだり、一緒に料理をしたりするうちに少しずつだけれど、平常を取り戻していった。
そんな今日は、以前エプロンを買った雑貨屋へノアと一緒に行く事になっていた。
実はあの迷子から私一人でのおでかけは禁止になってしまった。
また迷子になったら心配だと言うノアに、これ以上迷惑をかけたくなくて、私は素直に彼の言う事に頷いた。
でも、本音はノアと出掛けられる事に心が踊った。
もちろんノアは魔法で姿を隠して行くから周りからは一人で買い物をしていると見られているけれど、それでも今の私はただただ嬉しかった。
今日も一緒に行ける事が嬉しくていつもより丁寧に身支度を整える。
(少しでもノアの瞳に映る自分が、綺麗でありますように)
そう願いを込めながら髪を結んでいく。
身支度も終わり私はノアの待つ玄関ロビーへと足取り軽く向かった。
階段を降りて行くと既にノアは玄関ロビーで待ってくれていた。
彼を見つけただけで心は踊り、私は早足で階段を駆け降りた。
「ノア‼︎」
「リア!危ないから階段はゆっくり降りないとダメだろ」
そう言いながら階段を降り終えた私をそっと抱きしめてくれた。
「ごめんなさい、でも今日は初めてノアと行った雑貨屋に行くでしょう?私久しぶりだから嬉しくて」
「嬉しいのはいいが落ちたら危険だ。それにリアは危なっかしいんだから十分気をつけてくれよ」
「っ!な、迷子になったのはたまたまよ!」
「たまたま迷子になるって……ふっ……くっ……リア、頼むから笑わせないでくれ」
「あ、えっと、それは言葉の文でっ」
「ははっ、分かってるよ」
ノアに笑われて恥ずかしくなった私は両手で顔を覆い隠した。
(やだ、私今絶対変な顔してる)
そんな風に俯く私に、ノアはいつものように優しく声を掛けてくれる。
「笑って悪かった。でもさ、必死なリアがあまりに可愛くて我慢出来なかった」
「……別に怒ってないわ。ただ恥ずかしくて」
「何で恥ずかしがるんだ?どんな表情のリアも可愛いんだから、ちゃんと俺に顔見せて」
そんな事を言うノアに、私はとことん弱い。
おずおずと両手を顔から離しノアの方を見上げると、彼は悪魔には似つかわしくない慈愛にみちた表情を浮かべていた。
「ほら、やっぱり可愛い」
そう言われて舞が上がるほど嬉しいのに、その想いとは反対に心が酷く苦しいと感じる自分もいる。
「今日はリアが行きたがってたあの雑貨屋に行くんだろ?あの店は少し距離があるからそろそろ行こう」
そう言ってノアが私の手を取り自然と手を繋ぐ形になった。
「っノア!?」
「だってリアはすぐ迷子になるだろ?」
「……」
「それに俺が繋ぎたいから繋いでんの……ダメか?」
だからそんな置いていかれた子犬のような顔をしないで欲しい。
「……ダメじゃないわ」
「良かった」
ノアが本当に嬉しそうに笑うから、ずるい私はノアが喜ぶからこのままでいようなんて自分自身に言い聞かせる。
(嘘。本当は私が一番嬉しいくせに)
ノアといると苦しいけれど、それでもやっぱり幸せな気持ちが勝ってしまう。(ふりがな)
近い将来辛くなるのは私自身なのに、今の私にはこの幸せな時間を手放す事は出来なかった。
ノアと手を繋ぎ雑貨屋までの道のりを他愛もない話をしながら進んでいくと、パン屋のマーサさんや、果物屋のローガンさんの店が見えてきた。
マーサさんとローガンさんの二人に挨拶をし終わると突然ノアが口を開いた。
「……ジェームズはいいのか」
「え、ジェームズ?ノアの知り合い?」
「いや、何でもない」
何でもないと言いながらも楽しそうに笑うノアを不思議に思いながらも、私は話題を変える為言葉を続けた。
「そう言えば、ローガンさんの店の隣はもう長い事空き地なんですって。ここは立地もいいのに不思議よね」
「ぷっ……ふっ……ああ、本当に不思議だな」
「ノア?」
「ああ、すまない。たださ、案外ずっといるかもしれないだろ?誰の目にも映らないだけで」
「?ノアの言ってる事は難しいわ」
「リアは分からなくていいんだよ」
そう言って優しく頭を撫でてくれるノアに、私はこれ以上何も言う事が出来なかった。
ノアに手を引かれ空き地を通り過ぎようとした瞬間、微かだが聞き覚えのある声がした。その声に咄嗟に振り返ろうとした私の手を、ノアが優しく引いた。
「リア、ほら行こう」
何故その声に聞き覚えがあるのか疑問に思ったが、すぐに私の意識はこれから向かう雑貨屋へと移っていった。
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