第20話 王都での日々②-2
店に足を踏み入れると、私の目の前には本当にここが王都だとは思えない光景が広がっていた。
天井から床まで様々な色や大きさの花や木で彩られており、店内にあるいくつかの柱には蔓が巻かれていた。
さらに可愛いのが、あちこちに小さな木の切り株もある事だった。
大人が座れそうなものから小さな子供用のものまで。
まるで森の中に迷い込んでしまったような……そんな造りになっていた。
そして切り株の上や半分だけになっている木の上には、鳥の人形や小動物の置物が置かれており、その場にいるだけでも楽しめる店だった。
「いらっしゃいませ!ようこそ、ジャルダン・フェーリックへ」
「こんにちは。エプロンを探しているのですが何着か見せていただけますか?」
「エプロンですね、こちらへどうぞ」
ぴょこっと店の奥から顔を覗かせて笑顔でこちらへ掛けてきたのは、私とそこまで変わらない年齢だと思われる一人の少女だった。
「気になる色味などはありますか?」
「いえ、まだ何も決めていないんです」
「そうなんですね!んー、そうですねぇ。お客様は肌が透き通るように白いのでこちらのブルーのお色のものが似合うと思いますよ!」
「とても素敵だわ」
「でしょう?このエプロン、昨日入荷したばかりなのでまだ誰も持ってないんですよ♪」
そう笑顔で教えてくれた彼女からエプロンを受け取り、私は鏡に向かって自分の体にそっと当てがってみた。
(確かに可愛いけれど、私には少し可愛すぎるのではないかしら?)
一人で鏡の前で悩んでいると、横から聞き慣れた優しい声が聞こえてきた。
『そのエプロン、アリアに良く似合ってる。あと、そこにかかってるピンクのエプロンも似合うと思う』
「……あ、あの私」
「はい!どれか気になったものがありましたか?」
「……私このエプロンと、そこにあるピンクのエプロンにします」
本当に我ながら分かりやすい性格だなと思う。
ノアに似合ってると言われたからって、即決するなんて、単純すぎる。
「ありがとうございます!すぐにお包みしますので良かったら店の中でも見てお待ち下さいね!!」
品物を包んでもらう間、店内をゆっくり見て回る。
棚の上にも小さな動物の置物が置いてあり、凄く内装に
『アリアはこういう雰囲気が好きなのか?』
「ええ、そうね。王都の、しかもお店でこういった自然を感じられるのは斬新だし、こんなに楽しいと感じたお買い物は初めてだわ」
ノアに内緒話をするように話し掛けると、彼は花が綻んだように微笑んだ。
男性に対して花が綻ぶなんて表現は普通はしないけど、ノアの笑顔は触れてはいけない魅惑の花のようだと思う。
(その花に一度でも触れたらきっと後は堕ちていくだけ)
ふとそんな風に感じ、気付けば私は自然とノアに向けて手を伸ばしていた。
「お客様、大変お待たせ致しました!!」
「――っ!?」
伸ばしかけた手を慌てて元の位置に戻しつつ、急いで代金を渡し少女からエプロンの入った袋を受け取った。
「ありがとうございます。あの、良かったらまた来てもいいですか?とても雰囲気が良かったので」
「本当ですか!?そんなに気に入って貰えるなんて私も嬉しいです。是非ぜひ、いつでもお越し下さいね!!心よりお待ちしています♪」
「はい、必ず」
「またのご来店お待ちしています♪お買い上げありがとうございました!」
屈託のない笑顔を向けてくれる少女から品物を受け取り、私達は店内を後にした。
元来た道をノアと共にゆっくりと進んでいく。
「ねぇ、ノア。あのね、私聞いてほしい事があるの」
「ん、どうした?」
「家を出る前話していた事なんだけれど」
そこで一旦深呼吸をしてから意を決してノアと視線を合わせる。
「……さっきはごめんなさい。私ね、あの時ノアにどこにも行かないで欲しいと思ってしまったの。貴方に置いて行かれた事なんて一度もないのに変よね。でも本当に何故かそんな風に思ってしまって。恥ずかしくてすぐに言えなくて……本当にごめんなさい」
「アリア、大丈夫だ。俺はアリアを置いて何処にも行かない。約束する」
そう言いながらノアは私に手を差し出した。私はノアを召喚してからもう幾度となく行われているこの動作が意味している事を思い出し、その手にそっと自分の手を重ねた。
これはノアが私の為にかけてくれるおまじないだ。
王都に来てから何度も不安になる私に、その度のこうして手をとっておまじないをかけてくれる。
「本当に……本当に私を置いて行かない?」
「あぁ、ノア・サィエル・デモーネンヴェルト。俺の名にかけて約束する」
「それがノアの真名なの?」
「そうだ。俺達悪魔は何か強い誓約を結ぶ際、名前で自分や相手を縛る事がある。だから他人に対して無闇に真名を教えたりは決してしない」
「ちょ、ちょっとまって、そんな大切な名前を私に教えたりしたら!!」
「ああ、だからアリアしか知らないし、アリアしか俺の本当の名は呼べない」
どうしよう……私今とても不純な事を考えてる。
ノアが私に、私だけに名前を教えてくれた事がこんなにも嬉しいなんて。
私はあと一年半後にノアに命を捧げる身なのに、心が震える程嬉しいだなんて。
例えこの想いを二度とノアに伝えられなくてもいい。
残された私の時間にはノアがいる。
もうその事実だけで充分だった。
「ノア……ありがとう。私とても嬉しいわ」
「嬉しいなら、俺も何かアリアの“特別”が欲しい」
「私の“特別”?」
「ああ、そうだ。確か人間は親しくなると“愛称”で呼び合うんだろ?なら俺も、アリアの“特別”になりたい」
私の“特別”……。
「アリアは俺に“特別を”あげるのは嫌?」
「嫌じゃないわっ」
「じゃあ、愛称で呼んでいいか?」
「私、ノアに愛称で呼んで欲しい」
「っ!!良かった、断られたらどうしようかと思った」
目の前でこれでもかというくらい喜んでいるノアに、私も喜びを隠す事が出来そうになかった。
だって彼に私の愛称を呼んでもらえるという事実が飛び上がる程嬉しいのだ。
物心ついてからただの一度も……家族にすら呼ばれた事のない私の愛称を呼んでもらえる日が来るなんて、少し前の自分では想像もつかなかった。
「リア」
ノアに愛称で呼ばれた瞬間、まるで心臓が鷲掴みされたように苦しくなった。
どうしていいか分からず、私は返事をする事が出来なかった。
ふと今の自分は、まるで迷子の子どものようだと思った。
知らない場所で立ちすくみ、これからどうしたらいいか、何処へ向かっていいのかも分からない、たた一人で寂しく迎えを待つ……そんな子どものようだと。
「リア、俺がいる。一人じゃない」
「ノア」
私が重なる手に力を込めると、ノアは何も言わず握り返してくれた。
「家に帰ろう、リア」
「ええ、家に帰りましょう」
どうか、少しだけ。ほんの少しだけでいいから。
あと少しだけ、この時間が続きますように――。
誰に向けた祈りなのか、自分自身にも分からない。
それでも今の私には願わずにいられなかった。
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