第13話 突然の知らせ②
アリアは自殺だった。
この事実は私自身の罪をより色濃くし、一層苦しめる現実となった。
アリアの葬儀は親である私と、侯爵家の使用人だけのとても寂しいものとなった。
婚約者であるアイザックにはまだアリアの死を伝えていない。
よって必然的に葬儀に呼ぶ事もなかった。
娘との最後の別れの時間、棺の中で静かに眠るあの子に私は伝えたい事が沢山あったが、結局最後に出てきた言葉は一つだけだった。
「アリア、私はお前を愛おしく思ってる。私の……たった一人娘だっ……、ぅ……愛してないわけがないだろうっ」
あの日、アリアの部屋から見つかった私宛の手紙に書いてあった言葉を思い出す。
親愛なるお父様
どうか先立つ不幸をお許し下さい。
私は例え愛されていなくてもお父様の娘に生まれ恵まれた生活をさせていただけた事、心から感謝しています。
業務提携が目的の婚約でも、アイザック様との婚約は私にとって身に余るほどの幸福でした。
それでもアイザック様が愛しているのは私ではなく、エミリーなのです。
あの茶会の日、庭園の影で二人が抱き合い愛を囁いているのを見て、私は本当に邪魔な存在は一体誰なのかに気付いたのです。
ですからどうかあの二人を責めないでください。
確かに最初は裏切られた気持ちになり悲しかったし悔しかった。
でも今はもういいのです。
どうかあの二人が幸せになれるように、お父様も力を貸して下さい。
それが今私が望む唯一の願いです。だからどうか、二人を引き裂く事だけはなさらないで。
私は今まで一度も、お父様の手を煩わせた事はなかったでしょう?
だから一度だけでいいのです。私の我儘を叶えて下さいませんか。
最後までお父様にとって使えない娘だったと思います。政略の駒にもなれない不出来な娘で申し訳ありませんでした。
そしてお父様、どうかいつまでもお元気で。
貴方の娘、アリア
どれだけ悔やんでも娘が戻ってくる事はない。私が泣いていても時間は無情にも待ってはくれない。
侍従を呼びあの茶会の日、一体何があったのかを早急に調べさせた。
そして後日私の元へ届いた報告書には、手紙でアリアが伝えてきた通りの内容が書かれていた。
その瞬間あれ程好青年だと好感を持っていたアイザックに対して私は殺意が湧いていた。
エミリーに対しても従姉妹の婚約者に横恋慕した挙句抱き合うなどと人間性を疑う行動にあれと親戚だという事実に心底嫌悪感を抱いた。
そして私はすぐにアイザックとエミリーへ連絡を取り、直接確認する事にした。
数日後約束の時間きっかりに二人はそれぞれの馬車で我が家へやって来た。
なぜ二人同時に呼ばれたのか分からないというような雰囲気のアイザックと、嬉しそうな表情を隠しきれていないエミリーは私から見て酷く対照的に映った。
感じる違和感を一旦横に置き、私は早速本題に入る事にした。
それぞれが執務室のソファーに着席したタイミングで、私は娘の事、そしてあの子が残した手紙の一件を彼らに伝えた。
「今日集まってもらったのは我が娘……アリアの事だ」
「侯爵、アリアがどうかしたのですか?」
「……先日、アリアが亡くなった」
「……は?」
「まぁ!どうして突然?」
「詳しい死因はここでは伏せさせてもらう。アリアが二人に手紙を残していたので、今日はそれを渡す為にここに集まってもらったんだ」
「……そんな、嘘だ。これは何かの冗談でしょう!?」
そう言ってアイザックは悲痛な表情を作り、叫び声を上げながらソファーから勢い良く立ち上がった。
「座りなさいアイザック。ひとまず娘からの手紙の内容を確認してほしい」
私にそう言われアイザックは、ブツブツと「嘘だ」、「そんなはずはない」と独り言を言いながらも一旦静かにソファーへ着席した。
そして、二人は静かに娘からの手紙を開封し中を確認していた。
手紙を読んだ二人の態度はやはり対照的なものだった。
アイザックに関しては真っ青を通り越し紙のような白さの顔色で「そんな……違う、違うんだ」とそれだけを呟いていた。
対するエミリーは従姉妹の死を悲しんでいる素振りはあるが、やはり喜びを隠しきれていない表情だった。
その対照的な二人を見て、私の中に芽生えた違和感は更に大きくなっていった。
「君達は愛し合っているのだろう?」
「……っがう」
「あの婚約の日娘を大事にすると言ったお前を信じた私が馬鹿だった」
「違う!!私はアリアを、アリアだけを愛してます、この女じゃない!!」
「黙れ!!娘を本当に愛しているなら、何故他の女を抱きしめ愛を囁いたりしたんだ!」
「あ、あれはエミリー嬢がしつこく言い寄ってきて……だから早く帰って欲しくて……」
「アイザック、お前には心底失望したよ」
「私が愛しているのは今も昔も、この先もずっとずっとアリアだけですっ」
「……さっきから一体何を言っているの?」
それまでずっと沈黙していたエミリーは、この場にそぐわない心底不思議そうな表情でアイザックを見つめていた。
「アイザック様が愛してるのはこの私でしょう?なのにどうしてさっきからおかしな言葉が聞こえてくるの?」
「私は君を愛した事は一度もない。あの日だって突然押しかけてきた貴女を一秒でも早く我が家から出ていってもらう為にあんな芝居をしたんだ……そのせいで私は、「違うでしょう?」」
「アイザック様が愛しているのは私でしょう?アリアなんかじゃないわ。あ、叔父様がいるからそんな見え透いた嘘を吐くのね」
そう言って愛おしそうにアイザックを見つめるエミリーを見て、私は何故か酷く背筋が凍った感覚がした。
(この少女は一体誰なんだ……?)
(エミリーはこんなにおかしい子だったか……?)
目の前で繰り広げられているアイザックとエミリーのやり取りに、私は心の中で答えの出ない問答を繰り返していた。
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