第12話 突然の知らせ①
その知らせは突然だった。
「旦那様、お嬢様がっ‼︎」
普段どんな事にも動じない執事長が慌てて報告の来たその様子から只事ではないと感じた私は急ぎ娘の部屋へ向かった。
私の部屋から娘の部屋までは距離がある。
どんなに急いで足を動かしても中々辿り着かない事に焦燥感が募る一方だった。
長い廊下を駆け足で進みようやく娘の部屋が見えてき時、侍女らしき者の泣き叫ぶ声が廊下中に響き渡っていた。
部屋に近づくにつれて廊下にいる侍女や侍従の、涙を流す姿や必死で堪えるような姿が目についた。
(一体何が起こっているんだ)
思考が核心に近づく事を、心が、体が全力で拒絶する。
それでも歩みを止めるわけにはいなかい。震える足を必死に動かし娘の部屋の前まで行くと、普段アリアの側に仕えている年若い侍女がアリアを抱きしめ叫び声をあげていた。
「お嬢様‼︎目を開けて下さい、お願いですお嬢様‼︎」
「——アリア?」
どうしてこんなにも声が、全身が震えるのだろう。娘は寝ているだけなのに。
きっといつまでも寝ている娘に痺れを切らした侍女が大袈裟にしているだけだ。
きっとそうに違いない……。
そう思うのにどうして娘はいつまで経っても目を覚まさないのだろう?
「——っリア、アリア‼︎」
ゆっくり近づき娘を抱きしめていた侍女の腕の中からアリアを無理矢理引き離し自分の腕の中で抱きしめる。
どう見ても寝ているだけなのに、どうして娘はいつまで経っても目を覚まさないのだろう。
「アリア、もう朝だ。起きなさい。いつもきっちりしているお前が朝寝坊だなんて昨日はきっと夜更かしをしていたんだろう……そうだろう?」
腕の中の娘に話しかけその体を左右にゆする。
それでも腕の中の娘の目が覚める事はない。
「アリア、起きなさい。アリア……アリア!」
「おやめ下さい旦那様!」
その時、先程まで娘を抱きしめていた侍女が私からアリアを守るように覆いかぶさった。
「……お前は何なんだ。一体何の権利があって私の娘に覆いかぶさっている」
「旦那様、現実を見て下さい。お嬢様はもう……亡くなっております」
「違う……そんなはずがない。私の娘が突然なくなるだなんてそんな事あっていいはずがないだろう!」
「旦那様!」
侍女は私の剣幕に一瞬怯んだがすぐに娘を守るように再度覆いかぶさった。
「この子が……アリアが亡くなるだなんて何かの間違いに決まってる!この子は‼︎アリアは幸せになるんだ‼︎私と妻のたった一つの宝物であるアリアは、幸せになるために生まれてきたんだ……それなのに、」
本当にどうしてこんな事になったのだろう。
どうして、私の娘が死ななければならなかったのだろう。
私はとてもではないが受け入れられず、しばらく娘を抱きしめその場に座り込んでいた。すると執事長と共にお抱えの医者が現れた。
彼に娘を見せるといくつか確認をする為、娘の目や脈を測り全てが終わるとこちらに視線を移し静かに首を横に振った。
可愛い私のアリア。
この世の何よりも大切な、私と妻の宝物。
その場で呆然としている私に更に追い討ちをかけるように執事長から机の上にあったという数枚の手紙を受け取った。
そして全ての中身を確認した私は怒りで目の前が真っ赤になった。
あの日アリアから聞いた時は勘違いだろうと思い気にも留めなかったが、アイザックの相手はよりにもよってアリアの従姉妹であるエミリーだと書かれていた。
二人はあの日、抱き合いながら愛していると囁き合っていたそうだ。
一体私はどこで間違えたのだろう。
レスター侯爵家嫡男アイザックはアリアを心から愛している。これは親目線だからとかではなく、誰の目から見ても明らかだった。
常に娘を第一に考え、あの子が笑ってくれるなら。側に居てくれるなら。どんな事でも苦にならない、そんな青年がアイザックだった。
必ずアリアは幸せになれる。アイザックとの婚約が娘にとって私がしてやれる最も正しい選択だった。
あの日、私にアイザックの不貞を報告してきた娘はきちんと私の意図している事が伝わったはずだ。
それに何かあればまた言ってくるだろう。
その後すぐに執務が忙しくなりアリアとゆっくり話す時間が取れなかった私は少し心配していたが、久しぶりに共に食事を取った夜、普段マナーを守るあの子が珍しく大きな声で呼び止めてきた。
その事に驚いているとあの子は大きな瞳に涙を溜めて、「お父様、私幸せです」と言った。
その姿を見て、やはり正しかったのだと心から安堵した。
今日アイザックが来ていたから二人で上手く話し合えたんだろう。やはり私の判断に間違いはなかった。
これでアリアは幸せになれる。
そう思っていたのに……。
どうして、教えてくれなかったんだ……知っていたら!!
違う……そうではない。私が聞こうとしなかったんだ。あの時、アリアは必死で何かを伝えようとしていた。
それなのに遮ったのはこの私自身だ。すぐには無理でも話をする時間は十分あったのに。私はアリアと向き合う事をしなかった。
あの子は一体どれだけ苦しかったのだろう。どれだけ悩んだのだろう。
「あぁ私が、」
娘を死に追いやったのか——。
今更気付いた重すぎる事実に、気付けば私は膝から崩れ落ちていた。
「……っ、うっ、くっ……アリアっ、すまなかったっ……すまなかったっ……」
だがどれだけ後悔しても、あの時の言動を悔やんでも。
私がそうさせてしまった。
「アリアっ!目を覚ましてくれ……お願いだアリアっ」
愚かな私を許してくれ……アリア、どうか目を覚めしてくれ……!!
腕の中で幸せそうに眠る娘を抱きしめ、どれだけ許しを乞うても愛しい我が子が返事をしてくれる事は二度となかった。
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