第14話 突然の知らせ③

 


 従姉妹のアリアが死んだ。



 数日前に届いた侯爵家からの手紙には、今後について話をしたいとだけ書かれていた。

“今後について”が一体何を指しているのか分からなかったけど、きっといい話だとこの時の私は何故か直感でそう感じた。



 そして侯爵邸に行くと、すぐに応接室に通された。

 応接室には何故かアイザック様も居て、既にソファーに腰掛けていた。

 本当は嬉しくて話掛けたかったけれど、叔父様がいる手前いつものようにアイコンタクトを送るだけにした。

 そして叔父様は改まったように姿勢を正しおもむろに話し始めた。


「今日集まってもらったのは我が娘……アリアの事だ」

「侯爵、アリアがどうかしたのですか?」

「……先日、アリアが亡くなった」

「……は?」

「まぁ!どうして突然?」


 本当にどうして突然亡くなったんだろう?体調が悪いと言っていたから何か重い病気だったのかしら?

 可哀想なアリア、そう思ったのは一瞬でアリアが亡くなったとなるとアイザック様の婚約者の席が空いたと言う事。

 チャンスかもしれないと思った。


 そして侯爵である叔父様は、アリアから私達に当てた手紙があると言い差し出してきた。

 手紙を受け取りとりあえず黙って中身を読む事にした私は、中身を見て固まってしまった。


 “どうかアイザック様とお幸せに”

 “貴女達の邪魔をして本当にごめんなさい”


 たった二行の手紙だったけど、アリアは私とアイザック様の関係を知っていたんだとすぐに分かった。

 なら、どうしてもっと早く身を引いてくれなかったの?

 アリアが早く身を引いてくれたら、アイザック様と堂々と会う事が出来たのに!!


「君達は愛し合っているのだろう?」

「……っがう」

「あの婚約の日娘を大事にすると言ったお前を信じた私が馬鹿だった」

「違う!!私はアリアを、アリアだけを愛してます、この女じゃない!!」

「黙れ!!娘を本当に愛しているなら、何故他の女を抱きしめ愛を囁いたりしたんだ!」

「あ、あれはエミリー嬢がしつこく言い寄ってきて……だから早く帰って欲しくて……」

「アイザック、お前には心底失望したよ」

「私が愛しているのは今も昔も、この先もずっとずっとアリアだけですっ」


 本当にさっきから何を言っているのかしら。叔父様は間違っているわ。

 だってアイザック様が愛してるのはこの私であってアリアじゃない。そう、アリアなんかじゃないの。

 隣で叫んでいるアイザック様を、私はまじまじと見上げてしまった。


「……さっきから一体何を言っているの?」


 アリアを愛してないのに、どうして叔父様の前でそんなパフォーマンスなんてするの?

 ねぇ、どうして?

 アリアはもういないのよ?

 私を愛してるって言ってたじゃない。

 愛してもいないアリアと婚約していたから、本命の私に愛してると言って抱きしめてくれたんでしょう?



 ねぇ、アイザック様。私は貴方と初めてお会いした時、一瞬で恋に堕ちたの。

 でもね、それと同時に、貴方の横で微笑んでいる従姉妹が羨ましくて、心底妬ましかったわ。


 従姉妹も貴方も同じ爵位。なのに私は男爵令嬢。

 どうして世界はこんなにも不公平なんだろう。

 アリアは何でも持ってる……素敵な婚約者も、約束された地位も全部。全部。全部!!


 アリアの屋敷に遊びに行った時、婚約者だとアイザック様を紹介された。

 幸せそうに微笑むアリアを見て、私の中にどす黒い感情が生まれたのを今でも覚えてる。


 (アリアばっかり……)


 何でも持ってるアリアが羨ましい。

 臨めば全て手に入るんだから、一つくらい譲ってくれたっていいでしょ……?

 そんな思いで貴方に近づいた。


 でもね、最初はアリアの従姉妹として節度を持って接していたわ。

 だけどアイザック様と交流すればする程、思いは強く、深く、そして重くなっていった。

 私には、溢れる思いを止める事なんて出来ない。

 なら、止める必要もないわよね?



 ある日アリアがいない夜会で、アイザック様にこの思いを伝えたらアイザック様は困ったようなお顔で、でも拒否しなかった。

 だから私は、受け入れられたのだとひたすら舞い上がった。


 (アイザック様は私を愛しているんだわ!!)


 それからは、夜会でアリアと一緒にいる貴方に、目線で“全て分かってます”と合図を送った。

 だって、私を愛してるんだもの。横のはお飾りの婚約者なのよね?


 でもいつまでも私を全く優先してくれない貴方にとうとう痺れを切らしつい、侯爵邸に押しかけてしまったの。

 もちろん先触れなしで出向いたのは悪かったと思ってる。でもその日に、アリアとの約束があったのは事前にアリアから聞いて知っていたから。

 だから、私は一縷の望みにかけた。

 もしかしたらアリアがこの状況を目にして、潔く婚約者の座を降りてくれるかもしれないと……。


 アイザック様は、突然押しかけた私を見て酷く動揺していたけれど、私はただ言質が欲しかった。

 私だけを愛してくれると。アリアではなく、私を選んでくれると。


 貴方に人目につかない場所へ連れて行かれ、どうして突然来たのか聞かれた私は不安な気持ちを伝え、抱きしめて愛してると言ってほしいと何度も訴えた。そのうち泣き出した私を見て貴方は、強く抱きしめてくれたでしょう?

 

「君を愛してる」

 

 ずっと求めて、待ち望んでいた言葉もようやくくれたわ。


 (あぁ、アイザック様は私を……私だけを愛してくれているっ!)


 アリアには家柄も容姿も何一つ勝てなかったけど、アイザック様は私を選んでくれた。

 私はアリアに勝ったんだわ……!!



「……っ!もういいだろう!?」

 

 嬉しくて舞い上がっていた私は、その後アイザック様が何を仰っていたのかよく覚えていない。

 このままアイザック様と一緒にいられると喜んでいると、彼は何故か追い立てるように私に屋敷から出るように仰った。


 どうして?

 貴方の愛する人は私でしょう?

 だって、今さっき私を愛してるって言ってくれたじゃない。


 アイザック様の態度には不安になったけど、私は大丈夫。だって愛されているんだから。

 私とアリアは違う。愛されてもいないアリアとは違うのよ。


 それにしても、アイザック様に抱きしめられているところをアリアに見てもらえなかったのは残念だったわ。

 アリアじゃなくて、私がアイザック様の妻になりたいのに。

 あの茶会の後もアイザック様から一向に連絡がなくてやきもきしたけれど、アリア自身が身の程を弁えて身を引いてくれたのは良かったわ。

 それなのに、さっきから一体何が起きているの?


 アリアは政略の相手であって、そこに愛はないんでしょう?

 ねぇ、アイザック様。 私を。私だけを愛しているのよね?


 そして私は一つの答えに辿り着いてしまった。


「アイザック様が愛してるのはこの私でしょう?なのにどうしてさっきからおかしな言葉が聞こえてくるの?」

「私は君を愛した事は一度もない。あの日だって突然押しかけてきた貴女を一秒でも早く我が家から出ていってもらう為にあんな芝居をしたんだ……そのせいで私は、「違うでしょう?」」

「アイザック様が愛しているのは私でしょう?アリアなんかじゃないわ。あ、叔父様がいるからそんな見え透いた嘘を吐くのね」


 恥ずかしがって否定ばかりするアイザック様。本当に愛おしいわ。

 でも後で二人きりになった時にそんな態度を取られて傷付いた事は伝えないと。

 私達は間違いなく愛し合ってる。だから良い事も悪い事も伝えないといけないわよね。

 でも私、さっきから一つだけとても嫌な気分になってる事があるのよ。



 せっかく邪魔者アリアがいなくなったのに、どうしてもっと嬉しそうにしないの?

 私達、ようやく一緒になれるのに。


 きっとアイザック様は恥ずかしがっているだけ。後でまた前みたいに抱きしめてくれるわ。

 今度は口付けだってしてくれるかもしれない。


 さっき叔父様が二人は愛し合ってるなんて真実を口にしたからね。

 きっと二人きりになったら、いつものアイザック様に戻ってくれるわ。だってそうじゃないとおかしいもの。

 私じゃなくてアリアを愛してるなんて、そんな事実あるわけないわ。


 だってアイザック様は、私を……エミリーを愛しているんだもの——。

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