#5 握られる手
貴方たちの家に紐で引っ張って電気のONとOFFをする電気を知っている方はいるだろうか、或いは知識として知っていればそれでいい。
天井からぶら下がる電気を点けるための紐のことだ。
あれって深夜帰宅して引っ張るとなると視えないから手探りになるよなぁという話。
疲れたと欠伸をしながらぞんざいに書類の入った鞄をソファに向かって投げ、電気の紐を引っ張ろうと手を虚空で掴むように彷徨わせる。
ぎゅ。
生温い人肌と共に手が握り返される感覚がした。
思わず思い切りそれを跳ねのけた。
今、何か握ったかもしれない。何と言われれば人の手のようなものを。
何だか再度紐を探す為に空中に手を伸ばす気にならなくなり、暗闇の中寝室へと向かった。寝室は壁に備え付けられたスイッチの電気だ。
手探りで壁に手を添わせスイッチを探りあてたのでほっとして指に軽く力をこめスイッチをONにして電気をつけた。
煌々と明るくなってしまうと先程の得体の知れない思いが薄れる気がする。
ため息を吐いてクローゼットに向かいスーツを脱いでスウェットに着替え始めた。
――今日は疲れた。
――だから先ほどのような幻覚を視るんだ。
――風呂は……、はぁ、顔だけ洗うか。
そんなことを思いながら仕方なく洗面所に向かって顔を洗おうと鏡を見た。特に変わりはない、いや疲れた40代のおっさんの顔が映っているだけだった。
ふうと小さく息を吐いて、洗顔を使って洗い始める。しばらく洗った後顔に塗れた泡をばしゃばしゃとぬるい湯で洗い流した。
目を瞑ったままさっと手を伸ばしてタオルを取ろうとしたら、すっと手が握られた。
ぬるい人の手の感触。
弾かれたように思い切りよく後ろに飛びのいてタオルをかけているところを凝視してしまう。
心臓がどくんどくんと早鐘を打つ。手の平を見れど、当たり前だが何もない。
緩く握られたとまた勘違いをした。
何が起きたのか理解出来ずに顔からぼたぼたと水滴を垂らして、しばらくしてからそろそろと棚に近づきその上のタオルを取って顔を拭いた、なるべく目を瞑らない形で。
その後、どうにか餌を猫たちにあげて真っ直ぐに寝室に戻る。猫たちが小さく鳴いて後を付いてくる。
布団を敷いて、タオルケットを体に巻き付ける際に中を覗き込んだが、特に何もなかった。
気のせいだ、気のせい、と思うも愛猫二匹が寄り添ってくれると途端に安心と疲れからか眠気が押し寄せた。
ふ、と急に眠りから覚醒した。
何かに顔をくすぐられて、顔を逸らしたり口を引き結んだりしていたのだが、口を開けろとばかりにつんつんされたりするので愛猫の名前を呼びながら「やめてーって……」と言って起きた。
唇に置かれていたのは猫の前足ではなく、白い、手だった。
どこから伸びているのか、手の主はどこなのか。そんなことに考えが至る前にまるでろくろっ首のように長い蛇のような手がしゅるしゅると扉の向こうへと消えて行ったのを見て、葉平は初めて「うわぁ!」と叫び声をあげた。
そしてはたと次目が覚めたら朝だった。
あれは夢だったのか、と思うがやけに生々しくて忘れられそうにない。
なんだか悩みながら友人の詳しいやつに聞くべきか悩んで、葉平は電車の中で言おうと決めた。
この家の中でその話をしたくない、と思ったが故だったし一人でそのことについて考えたくない。なら電車なら不特定多数ではあるが人はいる。
その空間で、と考えながら支度を済ませて猫に餌をやった後鍵を持って玄関を出る。
鍵をかけて鍵が締まってるか確認するためドアノブを握ろうとした時、下の道を子供たちがきゃあと甲高い笑い声をあげて登校していく声が聞こえて思わずドアノブから目を逸らした状態でドアノブを握った。
ぎゅ。
葉平は「うわぁ!」とまた悲鳴をあげて今度こそそのぬるい手の感触から逃げるように走った。
結局あれはなんだったのか、未だにわかっていない。
終
君と紡ぐ怪異物語 Azuma @azukir
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君と紡ぐ怪異物語の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます