迎え来たるその時まで




「それは——何かの冗談?」


 レジーヌ・ギルマンは洒落た木製の机に頬杖をつくと、目の前に座った黒髪の男にそう訊ねた。目の前の男——それは先程エステル・ベーンとレオン・レッドウッドとシェブロンズに戻ってきたアッシュ・グラントだ。


「あの——」

「レジーヌよ。レジーヌ・ギルマン。あなた達がいうところの<外環の狩人>で魔術師」

「あ、はい。失礼しました。それで冗談というのは、どちらがでしょう?」

「どっちもよ」


 先刻の騒動もあり今はシェブロンズ店内にいるのはレジーヌとアッシュだけであった。外では騒動に巻き込まれた客が警備隊に根掘り葉掘りと聴取を受け、気分を悪くした者は通りに座り込み魔導師達から手当てを受けている。エステルは駆けつけたリリー達と共に捕物劇に巻き込まれ負傷をした人々の救護にあたり、忙しそうにしている。かたやレッドウッド兄弟は難民の子供達を集め、何やら話をしているようだった。


 アッシュはシェブロンズに戻るとハーゼの革鞄を警備隊へ預け金品の返却を依頼すると「先程は失礼しました。無事でよかったです」と、憮然とアッシュとレオンの帰りを待ったレジーヌの元へやってきたのだ。


 自分はアッシュ・グラントであること、そしてハーゼが最後に願った「キュルビスと一緒に埋葬してくれ」という願いを、ことの顛末を説明する中でレジーヌに伝えていた。

 どっちも。それはそのことに対してだとは思うのだけれども、アッシュはいまだ憮然としたレジーヌのぶっきらぼうな物言いに胸をワナワナさせている。


「あー」

 困り果てたアッシュは、はにかむとボサボサの黒髪を掻きながらレジーヌの黒瞳を真っ直ぐ柔らかく眺めた。レジーヌは何故かそれに顔を赤らめ、絡まるアッシュの視線から顔を少しだけそらすと「な、何よ」と小さく漏らした。

 アッシュはやはり困った調子で何も返せないものだから、気まずいモヤモヤした時間が流れる。するとレジーヌは「あーもう」と、そこはかとなく意を決したのか、言葉を切り出した。


「だから、あなたがあのアッシュ・グラントだというなら<外環の狩人>でしょ? しかも伝説級の英雄じゃない。でも、あなたはどう見ても、ただの魔導師で私はあなたの名前がわからなかった。と、いうことはこちらの住人なのでしょ? それとも同姓同名?」


 瞳をあちこちに泳がせながらレジーヌは一息でそれを云い切るのだが、やっぱりアッシュはそれにピンときていない様子で「ええ、僕は——あのエステルさんと一緒に<大崩壊>後のダフロイトで救出されたそうで……記憶がないのです。それ以前の記憶が」と、半ば押し問答のようなことを繰り返す。


 気が付けば店内にはシェブロンズの店員が戻り始め、騒動の後片付けを始めていた。何度か出入り口の鎧戸が開閉する度にカランコロンと扉鈴が乾いた音をたてている。


「そう。それなら、あの赤髪の子の知り合い……恋人ってところなのかしら?」

「すみません、それも分からないのです」

「ふーん、それならそれでいいわ。どのみち私には関係のないことですも。それで、あなた私に待ってろと云ったけれども、何か用事でもあるのかしら?」

「え? 僕、そんなこと云いましたっけ?」

 レジーヌはその答えに目を丸くすると「はぁ」と溜息をつき「なんで男の子ってこうなのかしら」と小さく呟いた。


「あなた、そこの打ち破られた硝子窓から飛び出していく時に、待ってろと随分と勢いよく云っていたのだけれども、あれは、あなた特有の『いってきます』の枕詞かなんかなの?」

「ま、まくら?」

「ああ、ごめんなさい。気にしないで。じゃあ別になんの用事もないってことよね?」

「あ、でも、すみませんでした、怖い思いをさせてしまったと思って。謝らなければとは思っていたのです」

「怖い思い?」

「ええ、あのキュルビスって奴がレジーヌさんの首に、その——」

 そこで言葉を濁らせたアッシュは、そこはかとなく顔を赤らめると「ちょっと、なんでそこで顔を赤くしてるのよ! やめてよ!」とレジーヌは、その時のことを思い出したのか苦虫を潰したような顔をした。次第に気不味さからなのか手元にあった手拭きをアッシュに投げつけた。


「あんなの、なんでもないわよ。大丈夫よ。それよりも、やるならやるって合図を送ってくれなければ私だってびっくりするわよ。そりゃするわよ」

 頬を膨らませたレジーヌは、そう云うとプイとそっぽを向いた。アッシュはそれに、「ああ、すみません」とやはりレジーヌが向いた先、シェブロンズの大硝子から外の通りに目を向けた。




 その時だった。




 レジーヌは咄嗟に目を瞑り両手で顔を隠すようにつき出したのだ。

 硝子の向こうから黒い影、酒樽大のそれがこちらに向かって飛んでくる。気が付けば、通りから悲鳴や怒号が騒々しく聞こえて来たのが分かった。


 次の瞬間。その影は大きな音を立て硝子を突き破ると二人が座る席の上に転げたのだ。それは——誰のものかが分からない血で——血塗れになったレオンの姿だった。


「レオン!」


 アッシュは咄嗟に席を立つとレオンを抱きかかえ「レジーヌさん机の下に!」と叫び、自身もそのままレオンと共に机の下に潜った。


「レオン、しっかり!」


 アッシュは血塗れになったレオンの顔と身体を撫で回し、傷の具合を確認する。一番ひどいのは胸に出来た裂傷で、おそらく血の大半はこの傷のものだった。


「これなら!」


 アッシュは側にいたレジーヌの肩を抱き寄せ、彼女の外套の隠しから小瓶を取り出すと口で栓を引き抜く。レジーヌが術式を展開する際、珍しいことではあるが<ルトの液>を使ったのをアッシュは見ていたのだ。

 そして、中に入った<ルトの液>を床に素早く垂らし指でそれをすくうと、血に汚れていないレオンの素肌に何かを書き殴った。二言三言ほど何かを呟いたアッシュがレオンの身体に掌を当てると、仄かな緑色の輝きが小さな魔術師の身体を包み込んだ。


「レジーヌさん、レオンをお願いします!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 突然の出来事にレジーヌは目を白黒させ、颯爽とその場を駆け出したアッシュの背中を見送っていた。小さく呻くレオンの側に身体を寄せたレジーヌは床に投げ捨てられていた布をまるめレオンの頭の下に敷いてやった。


「ちょっと本当——今度は何よ、もう」

 レジーヌは転げた自分の杖を拾いあげ、レオンの身体の側に術式を展開すると「これで外から何か降ってきても大丈夫」とレオンの耳へ届いているか不確かであったが囁いた。






 

「カミル、この子達を連れて警備隊の———」


 大人の世界で今、何が起きたのか。

 それすらも把握できないレッドウッド兄弟が保護した子供達は、身を寄せ合い、ただただ運命に身を委ねた。守護者レオンとカミルの姿だけが運命の奔流に争う唯一のいかりとばかりに縋ったのだ。

 その中でも一番大きな女の子は、レオンの指示を聞き逃さないよう真剣な眼差しで子供達の中心に立った。小さな子達が奔流へ流されないよう固く繋ぎ止めているようだ。

 先ほどまではカミルとあの女魔術師が保護者だったけれども、レオンのような真摯な態度と眼差しは、女魔術師のどこか気だるそうな瞳には感じられなかった。だからレオンが帰ってきた途端、身体中に血が巡り高揚したのを覚えている。

 それが理由だからなのか、他の子達の身寄りがついたとしても自分だけは最後までレオンと一緒に居たいと思っていた。もっともそれは、きっとこの兄弟は良家の子息で自分はダフロイトの貧民街の娘だから——その希望は叶わない。のかも知れない。

 それであるならば、レオンにこの身を売ったって良いとさえ考えた。

 ダフロイトが抱えた闇とは、幼気いたいけな子供にこのような考えをさせてしまうほどに澱んでいたのだ。


「セレシア、聞いている?」

 レオンがその女の子の顔を覗き込み何かを訊ねていた。あまりにも顔が近く、セレシアは「あわわわ」と顔を赤くしながら身体を仰け反らせ両手を突き出した。


「ご、ごめんなさいレオン様。なんでしたっけ?」

「これから君たちを警備隊本部で保護してもらおうと思うのだけれど、セレシアがみんなの代表になってもらっても良いかな? って訊ねたのだよ」


 レオンは掌をセレシアの綺麗な茶色の髪に乗せてそう云うと、彼女と目線が合うところまで腰を降ろした。


「レオン様、そのことなのですが——このままレオン様、カミル様にお供させて頂くことは出来ないでしょうか?」

「え? なんでまたそんな事を? 僕達はもう帰る家もなく、両親も亡くした身。君達を無責任に引っ張り回すことは出来ないよ」

「ご、ご迷惑でしょうか? 差し出がましようですが、私達は———身寄りのある子は別として、レオン様、カミル様のためならば何でもします。だから———」


 暗がりで身を寄せ合い子供達と過ごした夜。

 酷い空腹に飲食店の裏へ回ると「縄張りを荒らす気か」と大人達になぶり殺されそうになった。そこをレッドウッド兄弟に助けられた。それから彼らは自分達の守護者となってくれたのだ。なんの見返りを望むわけでもなくだ。ただただ高潔な意志と誇り、そして家名にその命をかけたという理由だけでここまで一緒にいてくれた。

 だから、その恩にも報いたい。

 だから、私達———いえ、少なくとも私もレッドウッドの家名に命を捧げても良いと思ったのだ。


「セレシア。それではこうしよう。僕達はこれから魔術師アルフォンスの家を訪ねレッドウッド家の復興の相談をしようと考えている。一度はダフロイトに戻らないとならないかも知れない。良いかい? その間、君達をアルフォンス先生のもとに預けられないかも、頼んでみる———」

「はい、でも———」

「よく聞いてセレシア。大丈夫。ダフロイトの館が残っていれば一緒にそこへ帰ろう。もしダメだったら——そうだね———」


 一緒に帰ろう。

 たった数日、お荷物でしかない自分達と過ごした時間だけしか確かな物が無いというのに、目の前の守護者はそう云ってくれた。さもすれば、それは自分がレオンに課してしまった鎖だったのかも知れないが、それでも、それであれば、全てを投げ打ってでも、この兄弟へ報いようとセレシアは心に決めた。

 そうすると、何故だか鼻の奥がツンとして大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていくのがわかった。

 安堵、喜び、忠誠心、どんな言葉でもよかった。セレシアの心に湧きあがったそれは、とても大切な掛け替えのない気持ちの形だったのだ。


「———そうだね、ダメだったらクレイトンでなんとかしよう。幸いにも僕達兄弟は魔術師として働くことができる。君達が一人前になるまで一緒にいることを約束しよう。きっとなんとかなる筈さ」

 レオンはセレシアの大きな双眸から溢れ落ちる涙を優しく指で拭いてやった。その横にいるカミルも兄の決断に満足したのか、どこか誇らし気に小さくかぶりを振っていた。





「あら———あなた、少し良いかしら?」


 と不意に声をかけられたのはカミルだった。カミルは兄の言い付け通り、周辺一帯を囲うように人払いの術式を展開していた。だからカミルが意識した人間でなければシェブロンズの近くにはやってこれない筈だ。

 レジーヌと名乗ったあの女魔術師は、キュルビスが手にしていた得物は<くさび>と呼ばれるアーティファクトだと云っていた。相当に物騒なものであるらしく、さもすればこれを回収にやってくる別の悪党がいるやも知れないとも云っていたのだ。だから念には念を入れていたのだ。

 なのにだ、カミルに声をかけてきたその声の主は、果たして、そこへ立っていたのだ。


「カミル下がって!」

 レオンは魔術師の杖を咄嗟に取り出し構えた。子供達を背後に回しセレシアへ「赤髪のお姉さんにこのことを伝えて」と子供達をその場から離れさせた。


「あらあらまあまあ、随分と嫌われたものね」


 声の主——燃えるような長い赤髪。

 この寒空のなかでは随分と目立つ袖のない漆黒のワンピース。らりと伸びた四肢は陶磁のように白い。女は赤髪と同じように燃えるような赤い瞳の瞳孔を縦にキュっと絞った。


「どうやってここまで来たのですか?」

「どうやって? おかしな事を訊ねる子ね。空でも飛んできたと思うの?」

「そうではなくて———」


「僕が展開した人払いの術式をどうやって掻い潜ったの!?」

 カミルは女のとぼけた問答に苛立ちを覚えたのか、一歩踏み出し兄の言葉を遮った。そして魔術師の杖を懐から取り出すと、兄と同じくそれをその女に向けて構えたのだ。


「そう、術式を展開していたのね。それは、ごめんなさい。気がつかなかったわ」

「な!」

 カミルは小馬鹿にされ自尊心を傷つけられたのが分かると、声を失い顔を真っ赤にしさらに踏み出そうとする。しかし、それをレオンは「だめだ下がってカミル」と制すると「それで———」と、女に視線を戻した。


「賢い男の子は好きよ。食べてしまいたいくらいだわ。そうね、そう怖い顔をしないで。私には二つ探しているものがあるの。それを知っていたら教えて欲しいのだけれど、良いかしら?」

 レオンはカミルを背にし、固唾を飲むと女の言葉を待った。その緊迫した空気に愉悦を感じたのか、赤髪の女は蛇のような瞳の瞳孔をさらに細く引き絞ると、口を艶かしく半分ほど開き「ああ——」と、吐息を漏らした。


「いいわ。いいわねあなた。あらやだ、ごめんなさい。私の探し物よね。一つは———こう菱形のようにいびつな刀身の真っ赤な短剣。もう一つは、物ではないわね、人ね。黒髪の随分と不躾で不作法で淑女の扱いがなっていない無粋な男アッシュ・グラントという戦士。どう? 心当たりはあるかしら?」


 女は人差し指で宙に菱形を描き、その短剣の形を描いてみせた。

 そして目を細めレオンに一歩二歩と歩み寄る。かたやレオンは女の放つ如何ともし難い威圧感に気押され、ジリジリと後退をする。


「あら、云いたくないのかしら。それならば———」

 赤髪の女はそう云うとゆっくりと優雅に腕を振り上げ、人差し指でレオンを指し「云いたくなるようにしてあげるのだけれども、どう?」と顔を艶かしく歪め、せせら嗤う。

 ジリジリと後退をするレオンとカミル。二人をなぶるようにゆっくりと詰め寄る赤髪の女だったが———はたと足を止めると、表情を一変させた。


 それまでの妖艶な表情とは打って変わり、眉を引き上げ顎をクイっと上に向けた。その視線はもう、レオンのこともカミルのことも捉えてはいなかった。


 レオンは表情をハッとさせ、慌てるようにその視線を追いかけ後ろを振り返った。

 そこに見えたのは、レジーヌとアッシュの姿だった。そうだった。レジーヌはキュルビスが手にした短剣を丁寧に厳重に油紙で包み込み、特殊な術式が編み込まれた聖骸布でさらに包んで紐で縛っていた。そして———エステル、あの女魔導師は黒髪の男を……。


「隠しごとは駄目ね。ええ、それは駄目よ!」

 赤髪の女は甲高い声を張り上げると、目にも留まらぬ速さで、一投足で、レオンの眼前に動くと腕を振り上げた。鋭い爪だったのか、それがレオンの胸を切り裂くと厚手の外套は胸元を斬り裂かれ、素肌を露にした。

 するとどうだろう、引き裂かれた胸元に一本の赤い筋が引かれたのだ。筋の頭の方から次第に赤いものがジワリと溢れだしてくる。レオンは最初は痛みを感じていなかった。どこか他人事のように露になった胸元をただただ眺めるだけで、筋にそって血が溢れ出てくるのを目で追いかけたのだ。

 次第に刺すような痛みと、身体の内側から帯び始めた熱の脈動がこめかみにまで届くと視界が段々と白けていくのがわかった。

 ヨロヨロと呻く声もなく片膝をつこうとしたレオンだったが、しかし、眼前の赤髪の女は未だ幼き魔術師の金髪を鷲掴みにすると顔を引き上げ、グイと顔を近づけた。


「あの男はね、ガライエ砦で私を屈服させようとした不届き者よ。あなたはあの男の仲間なのかしら? どうなのかしら?」

「にいちゃん!」


 次第に顔を青白くしていくレオンは力なく両腕をだらんとさせてしまい、もう赤髪の女に答える気力さえ失っているように思えた。だからカミルは叫び、杖を振るい<魔力の矢>を赤髪の女に放った。


 しかしそれは無駄だった。バチン! と音を立て赤髪の女はそれを掌で叩きおとしたのだ。<魔力の矢>を叩き落とす。それには魔力を相殺しなければ成立しない。それであれば赤髪の女は魔術師もしくは魔導師だ。そして魔力を相殺するのだからカミルよりも魔力がでなければならない。つまり格上だということだ。

 

「不作法な子供には躾が必要ね!」

 大声を張り上げた女は、どこにそんな力があるのか、レオンの首根っこを掴むとシェブロンズの大硝子———アッシュ達の姿が見える方へレオンを投げつけた。魔力だけでなく力にも歴然とした差がある。こちらに至っては、まるで雲泥の差だと云ってよかった。


 人がこれほどまでに速く投げ飛ばされるものかと目を疑う光景だった。

 カミルはただただそれを目で追うことしか出来ず、一言も声を出せなかったのだ。すると、女の影はそこから姿を消し、カミルが瞬きをする間に眼前へ詰め寄ってきていた。

 双眸をまん丸と見開くカミル。

 次の瞬間には赤髪の女が振り抜いた手の甲はカミルの顎を捉え、激しく脳を震わせた。


 カミルは齢にして十を迎えたばかりの子供。

 親にでさえこのような仕打ちを受けたことはなかったし、裏路地でタコ殴りにされた時でさえ、せいぜい痛みに目眩を覚えた程度だった。

 しかし、今、打ち据えられたそれはまるで砂の詰まった土嚢で頭を打たれたように重く鈍く、そして血の匂いが頭中に充満したのではないかと錯覚させた。

 カミルは目をグルンとさせ白目を剥くと、どこか遠くで硝子が激しく割れる音を耳にした——そして膝を折った。


「さて——」

 膝を折り身体を前に突っ伏したカミルを足蹴にした赤髪の女は「手間が省けてよかったわ」と呟き、一歩を踏み出す。

 割れた硝子窓の向こうで、幼い魔術師を抱きかかえ姿を隠した男、あれは確かにガライエ砦で自分を——吸血鬼の始祖、七つの獣、色欲のアレクシスを蹂躙したアッシュ・グラントだった。


「いい日になりそうね」アレクシスは優雅にシェブロンズの鎧戸へ向かう。しかし何かに気がついたのか、はたと足を止め視線を通りの向こうに向けた。


「アレクシス!」

「あら、あなたはガライエ砦の。ランドルフは一緒じゃないのね。確かあなたの名前は……ごめんなさい?」

「エステル・アムネリス・フォン・ベーン」

 視線の先に居たのは——エステルだった。

 アレクシスは一瞬だったが目を丸く見開き「ああ、あなたが。そうだったわね」と小さく漏らすと、しかし「今はあなたに興味はないわ」と鎧戸に手をかけ、エステルを気にするようではなかった。



 

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