関西弁と悪魔とトロッコ

 少しの主人公との会話を経て、相談室の扉を二回ノックする音が聞こえた。


「ちわぁす!どーもぉ、天道菊之助でっせぇ〜。よろしゅうおたのもうしますぅ!」


 こちらが何も言う前に扉を開けて颯爽と現れたのは軽快な声の男。閉じられた瞳(糸目というらしい)と茶髪のローポニー、肩にかけたブランケットが特徴のキャラクターだ。間延びした声が独特のイントネーションで再生され、ヒョロリとした細身の身体からは肉付きの悪さが伺える。野菜で言うところのもやし。


 どーもどーも!とズカズカと遠慮なしに室内に踏み込み敬礼のポーズを取るが、その拍子に肩に乗せていたブランケットはずり落ちてしまった。


「君は……?」

「これはこれはぁ、峰原養花やな?いつも校内新聞読ませてもろてるで!いやーぶっちゃけ歴代の新聞の中でもいっちゃん文章上手いんちゃう?……知らんけど!」

▶︎『あの、落ちましたよ』

「ありゃ、これはこれはすんまへん、な……あー!?」

▶︎『!?』


 ブランケットを手渡した主人公を指差して、開かれた瞼からは色素の薄い桃色が覗く。


「君二年の転校生やな!?父ちゃんから聞いとったでぇ、かいらしい女の子が入ってきたぞー言うてなぁ」

▶︎『かいらし……!?』

「あの、とりあえず落ち着いて話をしたいんですけど」

「んにゃ。ちょっと興奮してしもうてなぁ、こりゃまたすんまへん!」


 彼こそ花宮君が連絡をよこした人物、天道菊之助である。

 人間の性格が陰と陽に分かれるとすれば、間違いなく陽の方に分類されるであろうキャラクター。陽どころか灼熱の太陽に近い存在。捲し立てるように高速で流れていくメッセージウインドウがうるさくて、そっと視線を外した。


存在がうるさいと言う点で誰かを彷彿とさせるのがまたなんとも。


▶︎『お父さん?』

「あー知らんよなぁ。ウチの父ちゃんこの学校で用務員やってんねん。やからウチも暇な時いろいろ手伝わされてなぁ〜。学校の裏事情とか雑用とか、まあ色々と知っとるしやっとるわけよぉ。学校の何でも屋っちゅうやつ?まあこれは自称やけど!」


 設定上ではこの学校は東京に存在しており、この彼はとある訳があって引っ越してきた……という設定である。一見攻略対象に見えるが、彼は残念ながら攻略不可能キャラ。要は篠崎みたいなポジションにいて、多くのプレイヤーから「なぜ攻略できないの?」と疑問視されるくらい人気のキャラである。

 ケラケラと笑うあどけない歳上は確かに人気が出そうだ。


「すいません。天道……先輩?は三年生でいいんですよね。花宮君とはどんな関係で?」

「まーそら気になるわな!せやで、ウチは三年B組やから君たちの先輩やでぇ。えっへんってな!そんでもって花クソ……やなかった花宮との関係なぁ」


彼は頭の後ろで手を組み、うーんと視線を彷徨わせた後に首を傾げて苦笑した。


「父ちゃん通じて色々タダ働させられとる、かわいそ〜な奴隷っちゅー感じぃ?」

「ど、奴隷」

「あ、いやワシが奴隷とか有り得んわな。んなヘボい存在やないわ」

▶︎『色々手伝わされてるんですか?』

「そうなんよ聞いてくれへん!?この間も急に電話で呼び出されてなぁ。生徒会議事録の書き出し手伝えだの、習字を張り出してくれだの、モップ壊れたから出しとけだの、購買で卵サンド買うてこいだの!」

「はあ」

「まあ?あん時はお釣りウチのもんにしてもいい言うたからもろたけど、しょーもないことでしょっちゅう呼び出されるんよぉ!」

「あはは……なんというかお疲れ様ですね」


 額にわかりやすく血管を浮かべて熱弁しているが、そこまでくると一周回って仲が良い気がする。公式でも「因縁はあるがなんやかんやいって仲良しかもしれない」と記載があるくらいだから、なんとも複雑な関係だ。


「……ま、そんでもや。あんたらにはちゃんと協力させてもらうから安心しいやぁ〜。困った時はお互い様ゆーて!」


 クソ宮の頼みっちゅうのは癪に障るけどな!と、いい笑顔で筋肉を見せるかの様に腕を曲げた天道君。花宮君と色々因縁がある彼は、花宮君に関する話題となると途端にガラの悪い一面を見せる。ナチュラルに口の悪い関西弁というのもある意味では愛嬌なのかもしれない。……愛嬌とは。


「大変ありがたいんですけど、天道先輩は大丈夫なんですか?文化部とはいえ簡単な内容ではないし、他の部にも入っていたら時間が取れないのではないかと」

「んにゃ、ワシ帰宅部やし時間的な問題はあらへんよ?文章はミネミネと比べたらクソみたいなもんやけど一応書けるでぇ。これでも国語の成績はAやからな!」

「……ミネミネ?」

「だってあんた峰原やろ?やからミネミネ」

「なるほど……。それじゃあお言葉に甘えてもいいですか」

「おん!よろしゅうなぁ」


 地団駄を踏みながら怒ったり、へらへら笑ったり、随分と感情が忙しいキャラクターである。僕と主人公の肩に腕を回した彼は、またしても肩にかけていた青いチェック柄のブランケットを落とした。

 気軽にきっくん呼んでなぁ!そう言われて主人公は『よろしくお願いします、天道先輩』と、ブランケットを手渡して丁重に告げたのである。













 屋上へと続く西校舎の階段を登れば、自称悪魔がいる。


「まさか僕みたいな悪魔に取材したいなんて、【主人公】は変わってるよね。…………ま〜よくわかんないけどさ、とっとと終わらせてくんない?」


 施錠された屋上扉の前。広い様で狭い中途半端なスペースは彼の出没するスポットとして知られており、そこに近づくものは少ない。

しかし当の本人はあぐらをかいて欠伸をするなどマイペースなものだ。気怠げに半分下ろされた瞼が今にもくっつきそうで、眠そうな様子を隠そうとしない。


 天道先輩との顔合わせ後、次の日へと移行した世界は昼休み真っ最中。生徒会は来週からなので、元の予定通り僕も長谷川君への取材に同行していた。


「なんや薄暗いなぁここ。わざわざ昼休みにこんなとこおらんでもええんちゃう?ちゅーか悪魔て!」


そしてそこには天道先輩も含まれる。


 メインストーリーが始まり新聞部へ加入した(と言っていいのか)以上、今後は僕の代わりに彼がメインで取材についていく役となるのだ。僕の代わりとして、主人公の相棒的なポジションとして。

彼が攻略対象からあえて外されたのもその立場が関係しているのではないだろうか。あくまで憶測だが。


「生物は暗くて静かなところの方が眠れるからね。冬眠しかり胎内しかり。……悪魔だから尚更かもね」

▶︎『暗いところが落ち着くのはわかります』

「お、わかってくれる?……昼間は星が見えないから退屈だし……勉強しなくてもそこそこいい成績は取れるしね」


 恐らく勉強のできない人間を敵に回す発言である。天道先輩は「なんやコイツ!なんやコイツゥ!?」と歯を食いしばって地団駄を踏み始めた。天道先輩の反応に同意する人間もきっと一定数……以上はいるんだろう。


「昨日メール送ったんだけど見てくれたかな」

「見た見た。バドの大会への意気込みと目標だっけ?ま〜適当にそれっぽい内容は考えといたから」

「なんやねん適当て」

「まあまあ落ち着いてください。じゃあ早速聞いていくね」

「まーった」


 メモ帳とペンを取り出して後は聞くだけ、なんて簡単なものでは無い。ふわふわとした声で制止をかけられたので、視線をメモ帳から当の本人へと向ける。


「まずさ、俺の質問に答えてからね」

▶︎『質問?』

「そそ。簡単なものだから身構えなくてもいいよ」

「初対面やけどわかる。あんたマイペースってやつやろ」

「ま〜ね、です」


 呆れた様に肩を竦める天道先輩と無表情の長谷川君。一応先輩だからか敬語を使おうとしているが、それはもはや敬語ではない。やっと上がった口角からは愉悦という感情が読み取れる。


問題文が長いからしっかり着いてきてねと、ゆらりと身体を少し動かして、おとぎ話を語る様に言葉を紡ぎ出していった。

長谷川君の長い前髪からちらりと覗く瞳は、しっかりと主人公の方を捉えている。


「ある日ある時ある場所で、」


 線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままじゃ前方で作業中だった五人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。

けどこの時たまたま線路の分岐器のすぐ側に君がいた。

君がトロッコの進路を切り替えれば五人は確実に助かる。

でもその別路線にも一人の作業員がいるから、切り替えれば五人の代わりに一人がトロッコに轢かれて死ぬ。

さて、君は線路を切り替えるかな?


「君の答えを聞かせてよ」


そう言って彼は真っ黒な瞳を閉じた。


「なん、なんやそれ」

「……簡単にいえば、一人を犠牲にして五人を助けるか、五人を犠牲にして一人を助けるかってことだね」


 まるで寝ているかの様な瞼を、ふわふわとした睫毛が縁取っている。


主人公の選択肢は『切り替える』か『切り替えない』かの二択。どれを選んでも好感度が変化しないのは、先述した通りこの問題には答えがないからだろう。どちらかを正解としてしまえば公式への非難が殺到することも予見できる。しかしいつも疑問に思うことがあるのだ。


 普通に考えて五人を助けた方が良いに決まっているのに、なにをそんなに迷っているのだろうと。

助かる命は多い方が良いのに。


 主人公が迷い、沈黙し続ける間は誰も何も言わない。画面前のプレイヤーが選択するまで動けないのだ。

今回もそうだが、前回のプレイヤーもここで結構迷っていた気がする。僕としてはどうしてそんなに迷うことができるのか不思議でたまらないのに。


▶︎『切り替えない』


そして最終的にプレイヤーが選んだのは、五人を犠牲にする選択肢だった。


「ふ〜ん、なるほどねぇ。……んじゃま、サクッと取材内容話してくね」

「ちょい待ちぃ!?なんやったん今の!この意味深な質問なんやったん!?」

「……強いていうならアンケート的な?深い意味はないよ、です」


再び開かれた黒い瞳にハイライトは映らない。彼の背後の窓から差し込む光。逆光を被った彼が酷く暗くて、今にもモデリングされた身体が黒潰れしそうだ。


「因みにだけど、長谷川君だったらどっちを選ぶの?」

「そうだねぇ……。今は秘密、かな」


 淡々と紡がれる声に温度というものはなく、酷く無機質な存在だ。儚い見た目も相待って人形に近いかもしれない。ちなみにこの時の解答を知るのは、彼を攻略してプロフィールを解放したプレイヤーのみ。僕としては知りたい様な知りたくない様な、やはりどうでもいい内容である。

なんやねんそれ!とツッコミを入れる天道先輩によってシリアスな雰囲気は和らいだ。


しかしその直後、「ああでも、第三の選択肢があるとして、一番平等なのは全員死ぬことだけどね」と笑顔で言い放った自称悪魔は伊達では無い。










 メインストーリーの序盤もひと段落して、しばらく僕とのイベントは無くなった。何もすることがないので篠崎を探すもなかなか見つからない。

ただし痕跡はしっかりと残っていて、コンピューター室のホワイトボードにはよくわからないメッセージが書かれていた。


『悪魔は屋上扉の前にいる。阿修羅は屋上にいる。』


 一体どういう事だろうかと数秒悩んだが、恐らく深い意味は無いと判断した。いつもそうだし。

屋上へと続く階段の窓の外からは、変わらず一面の青が時折雲を交えて描かれている。

五月の新聞を発行すれば次は六月。六月になればほぼ毎日雨が降るのでこの景色も見納めだろう。


そしてたどり着いた屋上扉は施錠されておらず呆気なく開いた。


「やっほー」


そして入り口からはっきりと見える人の形。

そこにいたのは阿修羅ではなく珍獣だった。


「見て見て峰原君。阿修羅〜」

「きもい」


 腕が六本生えた篠崎が座禅を組む様に座っているのだ。本来腕がある場所に加えて、背中からさらに腕が四本生えていてそれぞれの腕組みをしている。誰がこんな発想をするのだ。

人工知能バグのせいだとしたら、同じものを持っている自分が怖い。僕はあんなおぞましい事はしたくない。

誰だってキモいと思うだろうこんなの。


「失礼な!蜘蛛みたいで可愛いじゃん!」

「カサカサ動かないでくれる?つか蜘蛛って言ったじゃんね、阿修羅じゃないんだ」

「はいタコ」

「増やすな増やすな」


 少し前に人物や建物の構造を変化させることを学習した珍獣は、以前よりも芸が増えた。色を変えることは勿論で自分の腕を増やしたり髪の毛の長さを弄ることができる様になったらしい。髪の毛の長さはともかく、腕や足を増やされると謎の気持ち悪さが込み上げてくる。生命があるわけではないが、これが生理的嫌悪感というものなのだろうか。


「かわいい篠崎ちゃんの体積が増えて喜ばないの?」

「需要があって初めて供給は増やすもんだよ」

「経済的なつっこみありがとう。泣くね」


 こちらとしては全く喜ばしいことではない。むしろ気持ち悪いしやめてくれ。

流石に他のキャラのパーツを変えることはまだ難しいと言っているが、そんなことしなくても良い。

しかし口に出すと面白がって実行に移すのが篠崎である。だからあえて言わないのが正解だ。

とりあえず増えた腕をもぎ取ろうとしてみたら本気で泣かれそうになったので、仕方なく手を離してやった。


 トボトボと歩く篠崎が行く先は給水タンク。その背中を追いかけて、一緒に背を預けて並んで座るとクイッと袖を引っ張られる。切り替えが早い篠崎は既に笑顔に戻っていた。


「で、話を戻して長谷川君イベントお疲れ様!今回プレイヤーちゃんどっち選んだ?」

「五人死ぬ方。結構迷ってた」

「ふむふむ、前のプレイヤーちゃんも五人死ぬ方選んでた気がするなー」

「よくわかんないじゃんね。なんで多い方を殺すかな……」


 合理的じゃないだろう。篠崎に目線を送り同意を求めたが、返ってきたのは目を丸くして驚いた表情だった。


「え?峰原たん、一人を殺す一択なの?」

「普通そうでしょ。生きてる人数は多い方が良いし、死ぬ人数は少ない方がいいに決まってる。あと誰が峰原たんだ」


 眉間をぐりぐりと指で押すと威嚇をするためか、勢いよく篠崎の頭から何かが生えた。柔らかくて髪の毛と同じ色をした三角形の何か。


「うわ」


ふさふさだ。

猫耳のようだと引っ張ってみたら本当に猫耳で、思わずさっと手を引いた。本当になんでもアリだなこいつ。


「ミネミネ空気読も?少女漫画とかラノベとかだったらドキッ♡とときめくところだよ!」

「天道先輩の呼び方すんな。なんで人間と猫のキメラにときめかないといけない訳?人間の性癖がよくわからないね」

「言い方」


 猫は猫だから可愛いのだ。中途半端に人間が猫になったところで一体誰が得をするのだろう。そう純粋な疑問をぶつけると「ごめん気にしないで」と気まずそうに顔を逸らされたので、腑に落ちないが話題を戻すことにした。


「で?じゃあ聞くけど篠崎はどっちを選ぶのさ。線路を切り替えるかどうか」

「……うーん悩みどころだねー。全くの他人っていうなら、線路は切り替えないかな」

「切り替えない……。つまり五人を犠牲にするってこと?」


 プレイヤーと同じ選択肢を選ぶのは何故なのか。多数より少数を選ぶメリットはなんなのか。多くを助けた方が人道的に思えるのに。

同じ人工知能なのにこういった思考の違いはどこから来るのだろう。


「言い方を変えよっかな。その機械を操作した時点で私は加害者になるでしょ?五人の命を救ったとしても一人の命を奪ったことには変わりないしね。操作しなければ自分は目撃者っていう立場に収まるし、ある意味で自分の立場は保証される。まあ後で家族に恨まれたり後悔の念に苛まれたりはするだろうけど〜」


だから篠崎の言葉は、目から鱗だった。


「でもまあ、この問題って思考実験だし。あんまり考えすぎても不毛だから!」

「そういうもんなの?」

「そういうもん!」


 そうか、と何かがストンと理解できた気がする。なるほど人間は単純に数の多さだけで選んでいるわけではないのか。結果論だけではなく己の立場や罪悪感といった感情でも左右されるものなのか。理解はできないが一応納得はできる。もしかしたら過去、篠崎と同じ選択をしたプレイヤーの中にはこのような思考を持っていたのだろうか。もちろん今回のプレイヤーもしかり。


「それが価値観ってやつかな」


ふふんと鼻の下を擦って、偉そうな奴。

納得はしたが、それにしてもまあ、随分と人間じみた答えを出すものだ。


「あーでも、もし前提条件があれば答えは変わってくるね」

「例えば?」

「轢かれそうになってるのが自分の知ってる人だったら、間違いなくその人を助けるかな!だから峰原君は安心して線路の上にいて大丈夫!」


……。


「遠回しに危機に晒そうとしてる?」

「痛い痛い痛い!!すんまっせん!まじすんまっせん!!」


 一瞬だけ思考が止まったのはバグなのか。それはわからないけど、こいつに伝わってなければいいと思う自分がいた。

だから目の前の猫耳をつまんでそのまま下へと思い切り引っ張るのだ。俯いている今なら表情も見られないし、しばらくは離さないでおこう。


僕はまた一つ何かを学んだ。





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バグ原君と篠崎ちゃん 〆々 @simesime04

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