メインストーリーは突然に
五月上旬。文字通りあっという間に四月は過ぎ去って、いよいよ今回はメインストーリーが始まるための最初のイベントが起こってしまう。強制的に引き起こされる展開を思い出して、既に面倒くさいと思ってしまった。
「さて、【主人公】さんは誰に取材するか決めたかな」
早速いつもの相談室では第一の攻略候補が絞られる場面となり、主人公の前に選択肢が表示される。ピッピッと迷っているのか“▶︎”の印が不規則に動く。果たして選ばれるのは一体誰なのか。確かあいつの予想では長谷川君か夢尾君との事だったがはたして。
ぼうっとしながら部室の椅子に腰掛けて数分、やっとプレイヤーは決心した様だった。
▶︎『長谷川君』
おめでとう篠崎。お前の予想は当たったみたいだ。
「なるほど。長谷川君はバドミントン部と天文学部を兼任してるし、その両方で良い成績を残しているから色々聞けそうだ」
▶︎『天文学部?』
「あれ、【主人公】さんは知らなかったかな?長谷川君は去年の研究発表で全国大会に出場したんだ。残念ながら内容が難しくて完全に覚えてる訳じゃないけど、天文学に関する研究で学会からも一目置かれてるとかなんとか。……まあ独特な人柄なんだけどね、彼は」
文武両道といえば聞こえは良いが、肝心の本人が個性の強い電波キャラなのだから凄さが霞んでしまう。しかしこういう核爆弾の様な存在がいることで、上手くバランスを取れているのだとか。そしてそういったキャラが最近のトレンドだと誰かが言っていた。誰かというか篠崎だが。
「それなら早速話を……と言いたいところだけど、おそらく今日はバドミントン部にいるみたいだね。大会も近いから練習期間だっていう話だし、明日の休み時間に聞いた方がいいかもしれない」
▶︎『わかった』
「長谷川君は【主人公】さんと同じクラスだったよね?もう話したことはあるかな」
▶︎『あるよ』
「そうなんだ……。いや深い意味は無いんだけどね。もし取材についてわからない事があれば、僕が一緒に行って教えようかと思ったんだ」
▶︎『お願いします』
「ふふふ、そう言われるとなんだか先生になった気分だよ」
画面の向こうに向かってふわりと微笑みかければ、主人公は即座に一切の動作を停止する。スクリーンショットしてまで残すほどのものでもないのに。
実績が解除された音がして【実績解除:スクショの達人】の文字が主人公の頭上で光った。今回のプレイヤーはセーブ魔ならぬスクショ魔といったところだろう。人間の感性はやっぱりわからない。
「それじゃあ明日の昼休みにしよう。時間になったらそっちのクラスに行くね」
▶︎『うん、待ってるね』
「それじゃあ改めて今日の部活を、」
「悪いがその活動、ちょっと待ってもらおうか」
そして僕のセリフを遮り、予定調和で扉が開く音がした。
「……花宮君」
低く聞き心地の良い声は、メインストーリーが開始される合図だった。
「峰原、突然だが貴様には来週から生徒会にも入ってもらおう」
後ろでに扉を閉めた彼は僕と主人公の前まで歩みを進め、近くに来たところで立ち止まる。腕を組んで仁王立ちのオッドアイが僕と主人公を射抜いた。
せっかくの重要シーンにも関わらず、先程まで篠崎に遊ばれていたことでつい一瞬髪の毛に目がいってしまった。大丈夫だちゃんといつもの白髪になっている。
▶︎『花宮先輩!?』
「……何言ってるの?」
驚く主人公と眉を顰める僕。花宮君は構わず話を続ける。
「悪いが決定事項だと思え。俺様からの命令だ」
▶︎『そ、そんな!』
「いくらなんでも急すぎるよ、まずは詳しく話を聞かせてくれないと」
BGMが静かに切り替わる。静かにゆっくり深刻な雰囲気へと変貌して、この空間を蝕んでいく。
「……先日とある生徒が交通事故にあった、という話は聞いているか」
「噂程度には」
「それは表向きの理由だ。……本当の理由はその生徒が自殺未遂で病院に運ばれたのだよ」
▶︎『自殺未遂!?』
「奇跡的に命は無事だったが精神的に学校に行ける状態では無い。なので交通事故として処理して、しばらくは療養生活を送ってもらう事にしたのだ」
大体のプレイヤーがここで主人公と同じ反応をするらしい。というのもほのぼの学園生活をパッケージで歌っておきながら、蓋を開ければこれなのだ。最終的な展開も含めて知っている身としては詐欺としか言いようがない。
ほのぼの、ではなく仄暗いの間違いだ。
「それは……大変だね。原因はなんだったの?信じたくはないけどいじめとか?」
「わからない。本人が口を割らない、割りたくないそうだからな」
▶︎『それは……』
「そしてその生徒というのが生徒会副会長だった者だ」
「……なるほど。つまり僕はその穴埋めに入れって言われてるのかな」
「その通り」
彼は形の良い唇を三日月形に吊り上げる。一切笑うことのない冷たい瞳を宿す彼は今まさにヴィランのそれだ。背景に流れる音だけが空間を支配して、緊迫感が迫る展開に主人公が息を呑んだ。
「でもどうして僕なんだい?他にも相応しい人物はいると思うけれど」
「洞察力だ」
▶︎『洞察力?』
「ああ。……ただ偏差値だけが高いだけの愚かな馬鹿はたくさんいる。その一方で言葉の裏を読み取る力や、今何を言うべきで何を言わざるべきかを判断できる力を持つものは中々見つからない」
人間の世界でもそうなのだろうか。いや実際にそうだからこんなセリフが出てくるのだろう。
自動的に紡がれる言葉の羅列にはシナリオライターの意思が宿っているのだから。そしてそれを表現する僕のキャラクターボイスの誰かもまた。
「それで白羽の矢が立ったのは僕というわけだね。でもそれは過大評価だよ」
花宮君は静かに舌打ちしたかと思えば、やれやれと顔を横に振る。
「俺様の目が節穴だとでも?……お前なら今の会話の中で一つ不自然に感じたことがあっただろう。素直に言ってみろ」
「……他の生徒には敢えて隠した自殺未遂について。なぜ僕には素直に話したのかってところかな。単に穴埋めだけなら入院した、ぐらいでいいのに詳細に語ったのは不思議に思ったよ。それはつまり僕と【主人公さん】には詳細を知る権利があるという事に他ならない」
▶︎『!』
「だから遠回しに僕に協力を依頼しているという解釈でいいのかな?あとこれは勝手な妄想かもしれないけど、その副会長は君と何らかの深い関係がある。……君は他人の能力は信用しても、他人そのものを気にかけたりしないだろう?そんな君が直接自殺未遂の原因を探る為に出向く。なんとなく違和感はあるよね、もしかしたらその副会長というのは君の……いやあんまり詮索し過ぎるのもよく無いか」
苦笑しながら頭を横に振ると満足げに花宮君は笑った。主人公はぽかんと口を開けて僕を見ていた。
この膨大な文章量こそ、最初に僕が面倒くさいと思った要因だ。何周も告げている台詞だが、長すぎて何がなんやらわからない。もう少し短い文章にしろ。プレイヤーにもわかりやすいようにしろやシナリオライターよ、と思ってもそんな声は届かない。
「その通り。今の会話の中で疑問を感じる能力、つまりは洞察力が求められるのだよ」
「それにしても、ねえ」
「そのくらいの力が必要なのだ。単に穴埋めしてもらうだけでは無い、自殺未遂の原因を突き止める為にも」
▶︎『原因……』
僕と主人公の間を通り過ぎて、花宮君はとある本棚に手を伸ばす。白く骨ばった指が一冊の本の題名をなぞり、取り出したのは一冊の黒い装丁の本だった。
「お前くらいうってつけの者はいない。そうだろう?ミステリー作家の峰原養花」
ーーー『養花天の雷鳴』。
そう金色で刻印された題名が藍色の上に並ぶ。かなりの分厚さを持つ本の背を自らの首に当てた彼は、不敵に笑いながら僕たちを見下すように顎を上げた。
峰原養花というキャラクターのもう一つの顔。それは誰も素性を知らないミステリー作家界の大物新人、という仮面であった。
「……へえ、知ってたんだ」
「謎に包まれた新人ミステリー文学の大賞者。その正体を知るのは一部の教職員だけだが、その一部さえ知っていれば自ずと話は入ってくる。これでも生徒会長なのでな」
「それで、君はこう言いたい訳なのかな?『正体を全校生徒にバラされたくなかったら協力しろ』って」
「理解が早くて助かるのだよ。それで返事は?」
「……はい、としか言いようがないよね」
全く、これは俺様キャラというか理不尽キャラの間違いではないか。
再びこちらへ戻ってきた理不尽きゃの花宮君は、持っていた本を主人公に押し当てて「受け取れ」と指示をする。そっと丁寧な仕草で受け取った主人公は首を傾げながら花宮君を見上げた。
「貴様も一度読んでみるといいだろう。こいつの実力がわかるはずだ」
▶︎『あ、あの……!』
「どうした?」
▶︎『私一人で新聞を作る自身がありません』
「ふふ……ああそうか、今新聞部は三人。しかも一人はあまり顔を出せていない上に貴様は転入したばかり。それでは確かに学校新聞の記事も滞るかもしれんな」
「……はあ。勿体ぶらずに『解決策はある』って最初から言ってほしいな」
わざわざ強制的な勧誘を主人公の前で行ったのもその為でしょ。という僕の返事に満足した花宮君は「いいだろう、少し待て」とスマホを取り出して耳に押し当てる。どこかに電話をかける花宮君を横に主人公の肩を優しく叩いた。
「ごめんね、なんだか急に大変な事になって」
▶︎『峰原君のせいじゃないよ』
「ううん……それでも断れなかった訳だし申し訳なくてね。彼の話から察するに退部というよりは兼部って形になりそうだから、ちゃんとこっちにも顔を出すよ」
▶︎『頼もしいな』
「それに生徒会自体は毎日ある訳じゃないし、何も無い日はこっちの活動に参加するよ」
▶︎『……ありがとう』
会話の区切りがついたところで花宮君も通話が終わったのか、手に持っていたスマホを下げた。
「新聞部に必要な人材を用意した。あと十分ほどでこちらに来るのだよ」
「ええっと、色々言いたいことはあるけど……。その人はちゃんと真面目に活動できる人なの?」
「その辺りは安心しろ。事前に必要知識は叩きこんでおいたのだから、使えないことはないだろう。万が一役に立たなければ……まあこちらで対処するのだよ」
随分と含みを持たせた言い方であるが、その件に関して追求はしない。追求するテキストデータもないし。
「それでは失礼する」
部屋を去ろうとする花宮君は入り口の扉を閉める直前に、「その本の中に兼部届を挟んでおいた。後で記入して提出するのだよ」と言い残して僕たちの方を振り向いた。
知ってるから早く行きなよね。なんて言えるわけが無いので、本心はしまっておきつつ「わかったよ」と筋書き通りの返答をした。
▶︎『嵐の様だったね』
「あはは……嵐というか地震災害だよね」
▶︎『どんな人が来るのかな』
花宮君の姿は完全に見えなくなり、次に訪れるあの二人を待ちながら取り留めもない会話が続く。
途中主人公が小説家としての僕を「すごい」と称賛するが、それはあくまで設定上の僕であって、データ上の僕は本の中身すら知らない。
そんな内情を主人公が知る日は無いのだろう。でもそれでいいんだ。何も知らなくていい。
〈……〉
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