第3話 宇宙の歌
カタカタカタ…
「…」
ー
ー…ブォン
「all、clean」
「…はぁ、やっと終わった」
つい先ほど、宇宙動が発生した
宇宙動とは、場所を問わず重力のねじれが発生し、あらゆる起動性を停止させる。
もちろん、あらゆるものの中には「コロニー」そのものが含まれ
昔運が悪かったコロニーのいくつかが宇宙動にて滅んだとか。
今では対策も講じられ、コロニーの周辺には宇宙動を無効化する装置を取り付けている。
謂わばこの宇宙に生きる人々の心臓だ。
「しばらく、この近辺ではなかったのに。何時もより強いのかしら」
小さなコロニーだもの、宇宙動の影響もまた大きなコロニーに比べたら差がある。
だから、じゃないけど。今の宇宙動は大国コロニーなら微々たるものなのよね。
「…」
警告音が止み、周囲のざわつきも次第に収まり
私は読みかけだった本を開いて、近くのベンチに座った。
フリーエリアであるこの場所には、誰が何をしても自由であり、特にここは自然が心地よい。
「…宇宙動、ね」
たまたま読んでいた本が、皮肉にも
宇宙動に関する著書で
著者はロマンチストなのか、その自然災害を
「宇宙の歌」と名付ける。
『時に穏やかで、時に不協和音。ねじれは歌う宇宙がスコアを引き裂いたか』
誰しも、解明などされていない宇宙動を
良くは思わない。
ただその一文は、真っ赤なドレスを着たオペラ歌手が癇癪を起こして楽譜をビリビリと破いたように見えた。
チチチチ…
鳥が、囀り
水面の穏やか
擬似日光の一定の陽だまりは
十分に、眠たくなるわ。
「…」
宇宙も、歌うのね。
どうかヒステリーにならないで。
まだ知らない本物の太陽の様に暖かく、人工的でも優しい木々は風に揺れて、ずっと前から知ったかのような水の流れる音。そんな歌声ならば、宇宙なんて忌み嫌わないわ。
「…私には、夢があるわ」
きっと私の遥か昔の、遠い遠い遺伝子が知ってる青い星の本物を
いつか
「マリーは、この手に触れてみたいわ」
そうして、うとうとしたら
何だか眠くて
ー
ー
「error、error、…error…」
ー
「…」
「…何か、言葉が止みましたが。」
「いいや、続けましょう」
薄暗い灯りの中に、円卓が一つ
鮮明に顔を映さず
複数の存在を確認する。
ただ、いずれも重鎮なのか
年齢の深みと背負う威厳、代価に感情の欠乏
人ではあるが、人以上に冷酷さを伺える。
そしていずれも胸に黄金の「天秤」のようなカフスを付けている。
「…先日、極少のコロニーが宇宙動に巻き込まれました」
「前例が全く無いわけではないわ」
「勿論、その犠牲を経て数々のコロニーは安全を開発した」
宇宙動からコロニーを守る装置、「SCORE」
それはいくつもの犠牲が過去に成り行く過程の中で産み出されたコロニーの心臓。
それがあればコロニーとて安全は約束されていた。
だが
「極少コロニーだ。SCOREが劣化していたのかもな」
「不幸だった、それだけだ」
「それで済めば良かったが」
ー
そうならない、事情がある。
一人が嫌な予感を察したのか、その場の誰もが禁句だと察する一言の端に触れた。
「SCOREの、限界…か」
「…今の視点ではな。そう見えるだろう」
「となると、コロニーの安全を確信出来ないとでも」
SCOREが宇宙動を防げないならば、宇宙で暮らす人々の安全は約束されない。
数多のコロニーに住む人々がこの先どうなるかは、予測できる。
防げぬ脅威に、怯え
何時かは我が身
次第に維持していた均衡は崩れ、統治は解す。
「SCOREの不全の原因は調査しているが、先の見えぬ手探りだ」
「SCOREを生み出すまでにも先の見えぬ手探りだったからな」
コロニーの安全が脳裏で次第に瓦解していく中、一人は深淵の先にある青い星を見た。
だが、
「…止めろ」
「それしか手段がないだろう」
制す声にも、迷いはあり
手段が無くとも、決断は鈍い
「…地球を手にするならば、一国だけだ」
「そう…だな」
「戦争が、起きる」
たった一つの星を巡る
戦争が起きるのか
SCOREを無視した宇宙動が
少しずつ、または一瞬で
いずれにしても、多くの命は
ぐらついた基盤の上だ
ー
「約束は、継続だ」
「勿論だ」
「裏切るなよ」
「当然だ」
要人達は互いに嘯く。
決まっているのだ、もう足並みがそれぞれに示す方角を違(たが)う。
天秤に乗せられた人々と、約束と
既に采配は決している。
「地球に帰るものの戦、か」
誰が、誰に
向かいか、隣か背後か否か
とにかく誰にも聞かれぬ様に
静かに、火蓋は
音を立てずにゆっくりと
残光のスピカ たくあん @engawa_nasu
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