第13話 集中します!

 視線は感じるけど、出来るだけ気にしない。


 そう思いながら、私は大黒に目を向けた。


「変化させるのって、とろみだけでいいよね? 味付けも必要?」


「おうよ! 人探しと言えば醤油味だからな!」


「……そうなの?」


「おう!」


 大黒がグッと親指を立てるけど、意味がわからない。


 人捜しと言えば醤油?


 食用の霊力じゃないよ?


「炭火の香ばしさも追加で頼むぜ! 相棒なら出来るよな?」


「う、うん。出来るとは思うけど……」


 そんなに変化させて大丈夫?


 術の邪魔にならない?


 そう思いながら、私は社長を流し見る。


「なるほど、なるほど。人探しには醤油ですか。勉強になります」


「おうよ! こっちの界隈じゃ常識だぜ?」


 真面目な顔でメモをとる社長に向けて、大黒がニヤリと笑った。


 2人の間で通じる物があったみたいだけど、このままにするのはあまり良くない気がする。


 本人を前に言うのは心苦しいのですが、


「大黒の言葉は、あまり信用しない方がいいと思いますよ?」


「おや、そうなのですか?」


「はい。出合った時からそんな感じなので」


 その場のノリで生きていると言うか、言動に根拠がないと言うか。


 いまの発言も、たぶん、『みたらし団子が食べたいなー』って気分だっただけだ。


 そうは思うけど、トロトロにした方が塗りやすいのは間違いない。


「一応、大黒が言った通りの変化も可能ですが」


 それで成功しやすくなるかはわからない。


 これまでの実績を考えると、失敗する確率の方が高いと思う。


 そう伝えると、社長は優しい笑みを浮かべて頷いた。


「構いませんよ。面白い試みは推し進める。それが私の信条ですから」


「……わかりました」


 本当にいいのかな?


 そう思うけど、危なそうなら社長さんが止めてくれると思う。


 とりあえずの目標は、


「霊力を美味しいみたらし団子の味にする。それでいい?」


「おう! 三つ星レベルで頼むぜ!」


「りょーかい」


 そう言って頷いたけど、団子で三ツ星って難しくない?


 認定されたお店とかあるの?


 そんなことを思いながら、ペン先の霊力を醤油味に変えていく。


 炭火の香りも加えて、術全体が美味しくなるように……。


「でもさ。美味しい術って、やっぱりおかしいよね?」


「そんなことねぇよ。うまい団子なら、どんな奴でも探せるぜ?」


「……」


 いまいち信用出来ないけど、もしかしたらって思いもある。


 薄い所は厚く。


 厚い所は薄く。


 線の太さがすべて同じになるように……。


 そう心の中で繰り返しながら、魔方陣を描いていく。


「うん。1周目は、こんな感じかな」


 先は長いけど、一応の区切り。


 ん~と大きく背伸びをして、ほっと肩の力を抜く。


 なにげなく背後に目を向けて、ひどく後悔した。


「……」


 陰陽師さんたちが、私の手元を食い入るように見てる。


 しめ縄ガムテープ中の社長には見向きもせず、みんなが私の魔方陣を観察している。


――見ないでください!


 そう言えたら良かったけど、感じたことのない気配に、私は思わず背を向けた。


 くひひと笑う大黒を両手で捕まえて、顔を寄せる。


「ねっ、ねぇ。どうなってるの?」


「おん? なにがだ?」


「えっと……」


 恐る恐る陰陽師さんたちを見たけど、表情は変わってない。


 同級生や先生たちに向けられた物とは違う、輝く物を見るような視線。


「もしかしてなんだけど、驚かれてたりする……?」


 尊敬されているようにも見えるけど、それはさすがにないと思う。


 相手は3級事務所の先輩たちで、私は卒業したばかりの落ちこぼれ。


 尊敬されることは絶対にないし、いい意味で驚かれることもないと思う。


 だけど先輩たちは、純粋に驚いているようで……。


「私が線を塗り直した時も、不思議な反応をしてたよね?」


 ミスをした線を塗り直しただけなのに、先輩たちは、いまと同じような顔をしていた。


 いい意味で驚かれてる?


 尊敬されてる?


 だけど、でも……。


 そんな思いが脳内をグルグルまわる。


 口元をニヤリとゆるめた大黒が、私の頬をつついた。


「言っただろ? 相棒はすげーんだって」


「……」


「いまは術に集中した方がいいけどな」


「……うん。そうだね」


 根拠のない、いつもの軽口。


 そう思うんだけど、背後の先輩たちを見ていると、


『本当なのかも……?』


 なんて思いが脳内を巡る。


 だけど、でも……。


六道ろくどう魅零みれいの究極の術式! そいつを見せ付けてやろうぜ!」


「……うん。りょーかい」


 悩んでもわからないことは悩まない!


 自分で解決出来ないことは気にしない!


 それが一番いいって、同級生を見て学んだからね。


「せっかくだから、コテコテに塗ってもいいかな?」


「おうよ! 気合いの入ったすげーやつを見せ付けてやろうぜ!」


 楽しそうに笑う大黒に見守られながら、人探しの陣に向き直る。


 霊力が流れやすいように。


 使いやすいように。


 美味しい醤油味になるように。


 そう願いながら心を落ち着かせて、私は何度も霊力の線を塗り重ねた。

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