第12話 たくさんの陰陽師
振り返ると20人くらいの陰陽師がいて、私たちに不穏な目を向けていた。
そんな中で、社長が優しい笑みを浮かべる。
「これはこれは。1課の皆様がお揃いのようですね」
「多神社長……?」
「ええ。ご無沙汰しております、
先頭にいた人は、社長の知り合いらしい。
部長ってことは、それなりに偉い人だよね?
「……多神?」
「多神って、あの多神か?」
そんなざわめきが聞こえるけど、社長は気してないみたい。
1歩、2歩とその場を離れた社長が、腕を組みながら しめ縄を見上げる。
「右に傾けた方がカッコイイですかね?」
そう呟きながらガムテープをちぎり、大胆なアレンジを加えた。
「あの、社長……?」
「はい。どうかされましたか?」
「……いえ、大丈夫です。すみません」
「????」
社長は不思議そうに首をかしげるけど、そうしたいのは私の方だ。
しめ縄の作業は、
少なくとも私は、学校でそう学んだ。
かっこいいとか、かっこわるいとか、そんな基準で設置したら絶対にダメ!
そのはずなんだけど……、
「いいですね。これは素晴らしい!」
プラモデルを作る少年のような目で頷いている社長に、『本当に大丈夫ですか?』なんて言えない。
社長の奇妙な行動に背後もざわざわしているけど、私や大黒が気になる人もいるみたいだ。
「先輩、あの少女は?」
「多神の部下だとは思うが、見覚えはないな」
値踏みをするような視線が向けられていて、どうにも居心地が悪い。
当たり前の話だけどいい気はしなくて、正直やめて欲しい。
そうは思うけど、
「でも、仕方ないよね……」
例えるなら、ヤクザが多く住むアパートで、YouT○beの配信を始めるようなもの。
ほんのすこしでも間違えれば、人生が終わる。
『アイツらやべぇよ!』
そう思うのが普通だ。
「相棒? 手が止まってるぜ? 腹でも減ったか?」
「あっ、ううん! 大丈夫!」
不意に聞こえた大黒の声に、私は慌てて書きかけの陣に目を向けた。
乱れはじめていた霊力を整えて、軽く目を閉じる。
「ごめんね。術に集中するよ」
心の乱れは、術の乱れ。
陰陽師たる者、如何なる時も冷静であれ。
授業の前にみんなで復唱していた言葉だ。
「失敗を恐れない。無駄な事は考えない……」
いまは自分の術に集中する事が、なによりも大切。
そう自分に言い聞かせて、私は筆を握り直した。
「練習じゃない。授業でもない。はじめてのおしごと」
まずは乱れてしまった線を書き直そう。
霊力の濃さが一定になるように、バランスを直そう。
そう思いながら手を動かしていく。
――そんな時、
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
不意に、背後から
大きく目を見開いた
「いま、なにをしたんだ?」
「え? えっと……」
なにをって言われても、紙に魔方陣を描いていただけ。
下書き通りに描けているし、間違いはないと思うんだけど……、
「1度書いたものを塗り直した。そう見えたんだが?」
「はっ、はい。……ちょっとだけ霊力が乱れちゃったので」
普通は、小さな間違いであっても、はじめからやり直す。
同級生にも、塗り直しを見られて馬鹿にされた。
陰陽師としての自覚がない、覚悟が足りないって。
だから、授業中はしなかったんだけど。
大黒が、
『見た目なんて気にしなくいいんじゃね? 重ね塗りとか、油絵っぽくてカッコイイしな!』
そう言ってくれたんだよね。
私としても、塗り直した方が良くなる気がしたから、大黒と2人だけの時に使っていた。
だけどいまは、
初仕事に焦って、その辺の事が意識から抜け落ちてた。
「ごめんなさい。すぐにやり直します」
陰陽師の仕事をバカしてるとか、そんなんじゃないんです。
本当にごめんなさい。
そう思っていると
「いや、非難したい訳じゃなくてだな……」
多神社長を流し見た後で、
「塗り直した線の霊力が繋がっている。そう見えるな?」
「……はい。私の目が節穴でなければ、結び付きが強くなったように見えます」
「やはりそうか」
はあ……、と大きなため息をついた
「同じことが出来る者は?」
「「……」」
全員が周囲を見渡して、気まずそうに視線を逸らす。
そんな陰陽師の先輩たちを横目に、大黒が私の肩に跳び乗った。
「相棒のすごさに言葉が出ねぇみたいだぜ?」
「……え?」
確かに馬鹿にされてる感じはない。
でも、褒められてる感じもないよね?
「せっかくだからよ。みたらし団子塗りにしようぜ!」
「え? 3回も塗るの? トロトロの霊力で?」
「おうよ。邪魔されても面倒だから、耳栓もな!」
ニシシシと笑う大黒が言うように、背後がざわついている。
「3度塗り? トロトロの霊力?」
「どういうことだ?」
「あの少女はいったい……」
そんな声が私の耳にも届いていた。
術に集中するために音を排除したい。
そう言いたくなる気持ちもわかるんだけど、
「陰陽師の先輩たちを無視することにならない?」
どう考えても、褒められた行為じゃないよね?
「おん? そのくらいいいんじゃね? 術の邪魔をするヤツは地獄に行くんだろ?」
「それは……、そう、なんだけど」
陰陽師学校の入学式で学ぶ鉄の掟。
『如何なる場合でも、術者の邪魔をしてはならない』
陰陽師の世界は強い人が正義だけど、術中だけは例外だ。
個人ランキング1位の陰陽師がいたとしても、術中は無視していい。
「……そうだね。そうするよ」
塗り直しも、全部終わったあとに怒られることにする。
私は描きかけの魔方陣を見下ろしながら、片手で印を結んだ。
「
使い慣れた印と、使い慣れた真言。
「塗り重ねて強くするとでも言うのか……?」
そんなつぶやきを最後に、私は、大黒と社長以外の声を遮断した。
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