第11話 人探しに必要な物


「六道さん、人探しに必要な物は持っていますか?」


「え? あっ、えっと……」


 しめ縄をガムテープで貼る社長を横目に見ながら、私は肩掛けのポーチを引き寄せた。


 慌てて中を開くけど、どうしても社長の動きが気になる。


 ガムテープは使いやすくて安いから、私も好き。


 なんだけど、


「ガムテープを使っていいんですか?」


 しめ縄は、神の領域を示すもの。


 ミスは許されず、専門の陰陽師がいるくらいだ。


 学校の先生は、麻酔科医と同じレベルの専門性だと語っていた。


 それをガムテープで?


 絶対にダメですよね?


「問題ありませんよ。こちらは、剥がし跡が残りにくいタイプですので」


 優しい笑みを浮かべた社長が、一瞬のためらいもなくガムテープを貼り付ける。


ーー私が知らないだけで、これが普通なの?


 そう思ったけど、よしらさんも普通に驚いている。


 それに、


「なぜしめ縄を?」


 人探しには使用しないはずなんだけど……、


「必要になりますので」


「……」


 社長さんの意図を汲み取れない。


 全然わからない。


 だけど、社長さんが必要だと言うのなら、必要なのかな?


 そう思っていると、社長は更に言葉を重ねた。


「簡易の術式で大丈夫です。足りないものはありますか?」


「え……? 簡易の術ですか?」


 ポーチの中にあるのは、


 ・ルーズリーフが7枚。

 ・入学式で貰った霊付れいふの筆ペン。

 ・格安スマホ。

 ・1600円が入った財布。


 いざと言う時に身を守るための呪符が2枚と、短刀が1本。


 最低限の物はある。


「あとは、探し人の特徴がわかるものか、思い出の品があれば出来ますが……」


 それで出来るのは、本当に簡単な基礎の術だけ。


 ゲームで例えるなら、レベル1のファイアだ。


「それでは、そのどちらかをお持ち頂けますか?」


 社長はしめ縄を飾りながら、よしらさんにそう声を掛けた。


 でも、ちょっとだけ待って欲しい。


 依調よしらさんたちは、巨大な火球メラゾーマとか、地獄の業火インフェルノとか、そんなレベルの術を使って、人探しをしていたはず。


 それも、複数人が力を合わせて。


 それでも倒せなかった依頼てきを、私がファイアで倒す?


 無理ですよね!?


「なあ、相棒。タブレットも借りた方がいいんじゃねぇのか?」


「へ……?」


 タブレット?


 なんで?


「スマホだと、相棒しか結果が見れないだろ?」


「あっ、そっか。みんなも見やすいように」


「そういうことだな」


 堂々と胸を張った大黒がが、依調よしらさんに視線をむける。


 依調よしらさんは小さく舌打ちをして、スマホを耳にあてた。


「……俺だ。探し人の写真を第2休憩室に持って来てくれ。もと・・1級事務所が、面白い物を見せてくれるそうだ」


 苛立ちを隠そうとしない声に続いて、鋭い視線が私を射抜く。


「新卒のお姫様がタブレットをご所望だとよ。1番いいやつを持ってきてくれ」


 ……えーっと。


 どう考えても、私まで敵視されてないですか?


 これってあれですよね?


 タブレットと写真があれば探せる。そう誤解された感じですか?


「なあ、相棒。陣の構築からはじめるんだろ? ささっとやっちまおうぜ」


「う、うん……」


 いますぐに、『ごめんなさい! 出来ません!』って宣言した方が、キズは浅く済む?


 そう思うけど、言い出せるような雰囲気じゃない……、


「相棒? はじめねぇのか?」


「……ごめんね。いまいく」


 私は依調よしらさんに背を向けて、しめ縄の下をくぐった。


 試す事は出来る。


 社長も大黒も、私なら出来ると言ってくれた。


 もしかしたら、奇跡が起きるかもしれない。


 それに、


「逃げられそうにないもんね」


 ここまで来たら、全力を尽くすしかなさそう。


「グタグタ考えるなんて、私らしくないし」


「ん? おう! 常に前向きなのが、相棒のいい所だぜ?」


「……そうかな?」


 落ちこぼれって言われて、しょんぼりしてることの方が多くない?


 でも、立派な陰陽師になりたいって気持ちは、ずっと変わってない。


「大黒は四隅をお願い。中央は私がするから」


「おう! 爆速で仕上げてやるぜ!」


 ニヤリと笑った大黒が、私の手からルーズリーフを受け取る。


 鋭い爪を立てて、ルーズリーフを4つに切り分けた。


「これはあれだよな? 拡散より集中型にする方がいいよな?」


「うん。お願いね」


「まかせとけ!」


 毛皮の中から筆ペンを取り出した大黒が、守護の魔方陣を描き始めた。


 そんな大黒の姿を横目に見ながら、私はえんぴつで下書きをする。


 スマホに入っているお手本をチラチラ見ながら、慎重に描き進めていく。


「……ホントに素人じゃねぇか」


 背後から依調よしら

さんの聞こえるけど、そう言われるても仕方がない。


 一発描きの方が、高い効力を持たせられる。


 学校でも、そう教わった。


 だけど、私が一発描きをすると、大きく歪んでしまう。


 致命的なミスをするよりはいいと思う。


「相棒。こっちはもうすぐ終わるぜ?」


「うん、ありがと。私も下書きはあとちょっとかな」


 六芒星を正確に描いて、下地になる霊力を込める。


 机の四隅に大黒が小さな陣を並べ、中央に私が書いたものを配置した。


 ちょうどそんな時、


依調よしら社長。これはいったい……」


 私たちの背後から、狩衣の擦れる音と、男性の戸惑う声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る