第8話 力を示す場所


「こちらのSui◯aを使ってください。社用ですので」


「わかりました!」


 会社のお金で山手線に乗り、先導してくれる社長の後をついていく。


 そうして降りたのは、上野の駅前。


 台東区役所を横目に見ながら歩き、社長はそのまま、大きなビルに入って行った。



「ここ……?」



 思わず足を止めて、視線を上げる。


 ビルの高さは、20階くらい。



ーーーーーーーーーーーー


 3級陰陽師事務所

(株)よしらグループ


ーーーーーーーーーーーー



 首が痛くなるほど高い場所に、そんな文字が輝いていた。


 運転手付きの高級車が何台も止まっていて、建物も強い霊力を纏っている。



『これが陰陽師事務所の正しい姿だ!』



 そう言わんばかりの建物に見えた。


「なあ、相棒。こっちに就職した方が良かったんじゃね?」


「えっと、……ノーコメントでお願いします」


 確かに憧れるけど、おちこほれが就職出来る場所じゃない。


 それに、


「鬼門の虹は2級だから、3級事務ここは格下だよ?」


 等級だけで判断すれば、だけど……。


 どう見ても、こっちの事務所の方が稼いでるよね?


「ふーん。まあ、いいんだけどよ。社長を追いかけなくていいのか?」


「わっ、そうだった!」


 高級な雰囲気に怯えながら、社長の背中を追いかける。


 日当たりのいい玄関ホール。


 青々とした観葉植物。


 ツヤツヤタイルの床。


 両脇にはガードマンがいて、受付さんのお姉さんが頭を下げている。


 そんな中を歩いていくんだけど……、


(ねぇ、私たち、場違いじゃない?)


(おん? おいおい、なにビビってんだよ。プロの陰陽師になったんだろ?)


(……それは、そう、なんだけど)


 数時間前になったばかりだよ?


 落ちこぼれだから貯金はゼロ。


 ここにある物を1つでも壊したら、借金生活が始まる。


(緊張するのもわかるけどよ。舐められないように、堂々とした方がいいんじゃね?)


(うっ、うん。そう、だよね……)


 大黒が言うように、私が頼りなく見えたら、社長に迷惑がかかるかも。


 陰陽師らしく、狩衣で来たら良かった?


 でも、狩衣で電車に乗ると、すっごく目立つんだよね。


(仕事用のスーツ買った方がいいのかな?)


(おん? それもいいと思うけどよ。そんな金持ってんのか?)


(……ないけど)


 大黒とひそひそ話ながら、社長の後ろに並ぶ。


 澄まし顔で背筋を伸ばし、社長の言葉に耳を傾けた。


「第1捜査課長の里崎りさきさん。もしくは依調よしら社長に『多神たがみ公壱こういちが来た』 そう伝えて貰えますか?」


「里崎と依調ですか? 誠に申し訳ありません。本日はどちらも出張中でしてーー」


「いえ、2人とも特別捜査室にいるはずですよ」


 お姉さんの言葉を遮るように、社長が言葉を紡ぐ。


 2人のやり取りを聞く限りだけど、事前に連絡していた訳じゃないみたい。


 見るからに戸惑っているお姉さんに、社長が言葉を投げかけた。


「『問題解決に必要な人材を連れてきた』そう伝えれば、飛んでくるはずです」


「……」


「『2級に上がるチャンスもある』その言葉も加えましょうか」



「……少々お待ちください」


 受付の3人が顔を見合せて、代表者が受話器に触れる。


 1箇所、2箇所、3箇所と電話の相手が代わり、お姉さんたちの表情が引き攣る。


「大変お待たせ致しました。社長の依調よしらが参ります。そちらのソファーに掛けてお待ちください」


 最後は顔を真っ青にして、深々と頭を下げていた。


 この豪華なビルの社長さんが、私たちに会ってくれるみたい。


(ねぇ、大黒。『私の実力を示しに行く』 ここに来る前に、社長はそう言ってたよね?)


(おう! そう言ってたな!)


(だよね……)


 それがどうして、こんな立派なビルを持つ事務所の社長さんに会うことになったのだろう。


 本当に嫌な予感がするけど、『問題の解決に必要な人材』って、私のことじゃないよね?


 大丈夫だよね?


 そう思っていると、


「いえ、待つ必要はないようですね」


 社長がそんな言葉を口にした。


 大黒が慌てて、私の肩に飛び乗る。


「相棒! 背後に結界をーー」


「いえ、その必要もないですよ」


 突然叫んだ大黒を制するように、社長が手をかざす。


 受付の人やガードマンの人も、不思議そうに首を傾げているけど、どうかしたの?


 そう思ったとき、膨れ上がる霊力を感じた。


 玄関ホールの中央に、光の粒と霊力が集まっている。


「転移術!?」


「文字通り、跳んで来ましたね」


 呆気に取られる私を横目に、社長が微笑む。


 視線の先に、豪華な狩衣を着た紳士が姿を見せた。


「これはこれは。もと・・1級事務所の社長様が、弱小事務所になにようですかな?」


 口元は朗らかに微笑んでいる。


 社長を見る目が、氷のように冷たく見えた。

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