第7話 こんな力で大丈夫?

 ちゅるんと霊力を飲み干した大黒が、手を合わせて頭を下げる。


「ごちそうさまでした」


「うん。おそまつさま」


 本当に、いつも美味しそうに食べるよね。


 そんな大黒が、私を育ててくれた?


 確かに、霊力を変化出来るようにはなったけど、


「普通に、この子が食いしん坊なだけだと思いますよ?」


 私を強くしようなんて、大黒は絶対に思ってない!


『次はミディアムレアのステーキだな! 口に入れたら溶けて消える感じで頼むぜ、相棒!』


 そう言われてるくらいだもん。


 優秀な式神使いになるには、調伏する力と使役する力が必要になる。


 美味しい霊力が作れても、強い式神が従ってくれる訳じゃない。


 そう思っていると、大黒は満足そうに頬を緩めて、ゴロンと寝転んだ。


「細かいことはいいじゃねぇか。相棒は正式に2級の一員になれた。そうだろ?」


「それは、そうだけど……」


 ここが2級事務所なのは間違いなくて、社員になる契約もした。


 私の術を見て、先輩たちが驚いてくれたのも間違ってない。


 でも、大黒に美味しいご飯をあげる以外に、使い道のない技だからね?


「ペットショップみたいに式神のお世話をしようと思っても、みんな逃げちゃうし」


 プリンの霊力を餌に罠を仕掛けた事もあったけど、収穫はゼロ。


 式神のお世話をする授業でも、私の霊力を食べてくれたのは大黒だけだった。



「やはりそうですか」



「え……?」


「これはますます楽しみですね」


 困惑する私を尻目に、社長は満足そうに頷く。


 その隣では、先輩が空になった玩具を見詰めていた。


「こんな霊力を振り回されたら、逃げたくもなるよな。ーーおん阿毘羅吽欠あびらうんそわか


 ポケットから取り出した人型を玩具に貼り付けて、片手で印を結ぶ。


 玩具の周囲に五芒星が浮かび、プラスチックの筒が小さな獅子に姿を変えた。


「六道。こいつ借りるぜ?」


「え? あっ、はい!」


 勢いに流されてそう答えたけど、その式神を呼び出したのは先輩ですよね?


 借りると言うのは?


 そんな事をぼんやりと思う私を横目に、先輩が獅子の頭を撫でる。


「行ってきてくれるか?」


「オフッ!」


 元気よく鳴いた獅子が、古いパソコンの中に飛び込んでいく。


 いったいなにを?


 そう問いかける間もなく、先輩は左手に数珠を巻き、胡座をかいて目を閉じた。


 祝詞は唱えていないけど、何かの術に入ったんだと思う。


「……うーわ、マジでやべぇわ」


 そんな呟きが漏れ聞こえるけど、術の邪魔は絶対にダメ。


 大黒もちゃぶ台を離れて、私の肩に飛び乗った。


「あいつも中々だな。相棒の霊力を使うなんてよ」


「ん? 私の霊力?」


「いや、なんでもねぇ。気のせい、気のせい」


 ちょっとだけ早口になった大黒が、私の頬をペチペチ叩く。


 小さな指を掲げて、社長に向けた。


「なにか言いたそうにしているぜ? 聞かなくていいのか?」


 大黒が言う通り、社長は書き上げた契約書を持って、私たち見ている。


 なにか話があるように見えるけど、あきらかに話を逸らしてない?


 ……まあ、いいんだけどね。


「あの、なにか記入漏れでもありましたか?」


 ずっと一緒にいる大黒より、今は社長を優先した方がいい。


 さっきの言葉の真意は、2人きりの時にでも聞こう。


 社長は小さく首を振りながら、ちゃぶ台の前に座った。


「問題はないですね。私がサインをすれば、契約成立です」


 霊力を纏うペンを持って、社長が自分の名前を書き記す。


 書かれた文字をじっくりと眺めて、社長が満足そうに頷いた。


「六道さんは、我社の社員になりました。残りの霊力はいかほどでしょう?」


「えっと、まだまだ大丈夫です!」


 突然の質問にビックリしたけど、大黒にご飯をあげただけだからね。


 全体の5%も使ってない。


「そうですか。それでは、今度こそ行きますよ」


「え?」


 行く??


「行くって、どこにですか?」


「あなたの力を世間に示せる場所へ」


 契約書を鞄に仕舞った社長が、流れるように席を立つ。


「さあ、行きますよ」


 善は急げとばかりに、社長はそのまま部屋を出て行った。


 呆気に取れる私の頬を、大黒がペチペチ叩く。


「なあ、相棒。追いかけた方がいいんじゃね?」


「ーー!! そうだよね!」


 ポケットに飛び込む大黒を横目に、私も慌てて立ち上がる。


 ボロボロのドアを見ながら急いで靴を履いていると、背後から先輩の声がした。


「うちらは、誰も悪くねぇんだ」


「????」


「社長だけでいい。助けてやってくれねぇか?」



 先輩は独り言のように呟いて、薄く開いた瞼を閉じる。


 誰も悪くない。


 どういう意味だろう?


 そう頭を悩ませていると、ドアの向こうから声がする。



『六道さん? 行きますよ?』



「あっ、はい! 今行きます!」


 そう答えながら、私は改めて先輩の方に向きなおる。


 私は今日から、プロの陰陽師!


 ずっと夢だった職業の1歩目を踏んだ!


「私も事務所の一員として、全力で頑張ります!」


 父や母のように。


 壁に飾られた2級の証明書を流し見たあとで、私は深く頭を下げた。

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