第6話 力を見せるとき!

 社長が持ってるのは、理科室の棚にある、筒状の道具。


「社長。メスシリンダーっすよね? それ」


 うん。そんな名前だったと思う。


 私も授業で使った記憶があるけど、社長が持ってるのはプラスチックの安物。


 子供向けの玩具?


 だけど、もっと不思議なのは、


「霊力 宿ってねぇよな? 」


「……うん。なにも感じないね」


 陰陽師関連の物じゃない。


 先輩も同じような表情をしているし、私の勘違いでもないはず。


 社長は玩具メスシリンダーをちゃぶ台の中央に置いて、胸を張った。


わたくしが幼き頃のオモチャですね。いやぁ、懐かしい」


 それがなにか? そう言いたげな表情で、社長が首を傾げる。


 ぽかんと口をあけていた先輩が、肩を竦めながら溜め息をつく。


「社長。新卒の新入りに、なにをさせるつもりなんすか?」


「先程も言った通りですよ。六道さんの才能を見せて頂く、それだけです」


「そのオモチャで?」


「ええ」


 社長は自信満々に頷いているけど、本人がオモチャって言ってるし。


 先輩も私も大黒も、脳内に大きなハテナを浮かべるしかない。


「なあ、相棒。やっぱやべーぜ、ここ」


「……うん。そうかも」


 社長が目の前にいるのに、思わず同意してしまった。


『化学は錬金術に通じ、錬金術は陰陽師に似る』


『霊力、魔力、気功に大きな差は見られない』


 そんな言葉も確かにある。


 だから、錬金術さんたちが使うガラス製の物なら、ギリギリ理解出来る。


 だけど、社長が持っているのはプラスチックのおもちゃだ。


「心配は不要です。六道さんなら大丈夫ですよ」


「……えーっと??」


 それってどういう意味?


 先輩は相変わらず不思議そうな顔をしているけど、大黒がなぜか表情を引き締めた。


「確かに。相棒なら大丈夫だな」


「おお! やはりそうでしたか! 自信のある仮説でしたが、式神くんの太鼓判は安心しますね!」


「おうよ! 相棒が良い出会いをしたようで、俺様も嬉しいぜ!」


 拳を掲げた大黒に合わせて、社長も拳を突き合わせる。


 ますます混乱する私を尻目に、大黒の小さな手が、メスシリンダーを持ち上げた。 


「10mlもあれば問題ねぇか?」


「ええ、それで構いません。ちなみにですが、普段はどのくらいの量を?」


「朝昼夜でそれぞれ15だな。毎日 美味しく食ってるぜ!」


 丸いお腹をポンと叩いて、大黒がニシシと笑う。


「使い切れなくて、溜まる一方だけどな」


「……なるほど。それほどですか」


「おう! 稀代の陰陽師になる霊力だからな!」


 相変わらず意味が分からないけど、社長が目を輝かせている。


 大黒はオモチャを両手で持ち上げたまま、ヨタヨタと私の前に歩いてきた。


 オモチャを目の前に置いて、10mlの線をコンコン叩く。


「この印までで良いらしいぞ! いつもみたいに注いでくれるか?」


「う、うん。それはいいんだけど……」


 こんなオモチャに、霊力を注いで大丈夫?


 周囲に漏れ広がって、あやかしを呼び寄せたりしない?


 そう思うけど、大黒と社長が大丈夫って言うのならいいのかな?


 チラリと先輩を見たけど、止めるつもりはないみたい。


「霊力の形態はどれがいい?」


「ん~、おかゆ? いや、ゼリーだな! ゼリーがいい!」


「りょーかい」

 

 おもちゃのメスシリンダーに両手をかざして、いつものように霊力を注ぐ。


 軽く目を閉じて、霊力をゼリー状に変えた。


「このくらい?」


「おう! さすがは相棒だぜ!」


 目盛りより少し多いけど、厳密に合わせる意味はない。


 おもちゃだからね。


 大黒がコンコンと叩くと、液面がプルプル揺れた。


 そんな霊力の塊を、社長がまじまじと見詰める。


「無詠唱で出しましたか?」


「え……? えっと、そうですね。この術だけは得意なので」


 大黒に霊力をあげるために毎日使ってたから、本当に得意だ。


 ずっと同じだと飽きるらしくて、水、おかゆ、ゼリー、せんべいの順に、歯応えを変えたりもした。


 大黒いわく、固さを変えると味も違うらしい。


 最近は、味付けもするようになったけどね。


「1日3食。10時と15時のオヤツも要求してくる、食いしん坊なので」


 羊羹や大福、アイスクリームも作らされた。


 いまは慣れたけど、最初は本当に大変だった。


 そんな思いを胸に大黒を見ると、なぜか自慢げに胸を張っていた。


「な? 相棒はすごいだろ?」


 大黒はそう言ってくれるけど、陰陽師なら誰でも出来る簡単な術。


 大黒のごはん以外に、使い道なんてないし。


 そう思っていると、先輩がメスシリンダーに手を伸ばした。


「ちょっと借りるぜ? ごはんの横取りじゃねぇから、安心しろよ」


 そう一言断って、霊力が揺れる場所を両手で包む。


 軽く目を閉じて、はあー……と肩を竦めた。


「さすが社長っすわ。やばすぎでしょ」


「いえ、私も驚かされました。式神くんの指導でしょう」


「……主人を育てる式神ですか」


 顔を引き攣らせた先輩の視線を受けて、大黒が手を伸ばす。


 そのままメスシリンダーを受け取り、コロンと横倒しにした。


 ちゃぶ台の上に落ちたゼリーを両手で抱え、口をつける。


「あぐあぐ、もにゅもにゅ。んふ~! やっぱ、このチュルチュル感! 最高だぜ、相棒!」


 ゴックンと飲み干した大黒が、私の方を向いて親指を立ててくれた。

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