第5話 私が優秀な陰陽師に……

 私が優秀な陰陽師になれる?


 そう言ってくれたのは、大黒と社長に続いて3人目。


 先輩には簡単な術すら見せていないのになんで?


「俺もお前と同じ・・・・・、優秀な陰陽師だからな」


「え……? それってどういう意味ですか?」


 そう問いかけた私の言葉を遮るように、先輩は微笑みながら手をかざした。


 社長の足音がする天井を見上げて、昔を思い出すように目を細める。


「あの人の目は本物だよ。尊敬してるし、恩もある」


 色々な感情を瞳に浮かべて、先輩は瞼を閉じる。


 首を横に振った後で、大黒に目を向けた。


「悪いんだけどよ。社長はそのままで頼むぜ」


「ん~……、そう言われたら仕方ねぇ。相棒を評価して貰ったわけだしな」


 大黒は悩ましげに頷いて、ちゃぶ台にゴロンと寝転がる。


 そのまま180度向きを変えて、私の顔を見上げた。


「てな訳だからよ。相棒もそれでいいか?」


「え……? あっ、うん! もちろん!」


 そもそもの話なんだけど、私たちに社長を交代させる権利なんてないよね?


 止める間もなかったけど、今日の大黒、失礼過ぎじゃない?


「すみません、先輩。私の式神が……」


「いやいや、大丈夫だよ。優秀な式神は、一癖も二癖もあるのが普通だからね」


「本当に、すみませんでした!」


 寝転がる大黒を立たせて、頭を下げさせようとしたけど、また、ヒョイと避けられた。


 クシクシと髭を整える大黒を横目に、私だけが頭を下げる。


 そんな私たちを見詰めて、先輩は楽しそうに笑ってくれた。


「本当に良いコンビだね。将来が楽しみだよ」


 ……皮肉かな?


 一瞬そう思ったけど、そんな声音じゃない。


 本気で言ってると思う。


「それにしても、ここまで式神を自由に出来るなんて。末恐ろしいよ」


 それは、どういう意味なんだろう?


 同級生たちみたいに、小型の式神すら制御出来ない私を笑っている感じじゃないよね?


「ほへぇー! お前も見る目あるな! 俺と相棒は、最強のコンビになる予定だからよ!」


 悪意に敏感な大黒も、丸いお腹をポンと叩いているし。


 萎縮する私を眺めて、先輩は優しく笑ってくれた。


「社長も即戦力って言っていたし。キミが事務所を立て直してくれるのかもね」



「……そうなれるように、精一杯 頑張ります!」



 自信なんて欠片もないけど、他に言える言葉がない。

 

 先輩は真面目な顔で頷いて、霊力を纏うペンに手を伸ばした。


「一応 聞くんだけど。学校での成績が良かったり、他に行く宛てとかあったりする?」


「……いえ。ありません」


 これ以上ないほどの落ちこぼれです。


 大黒が大きなことばかり言ってすみません。


 稀代の陰陽師とか、全然ウソです!


「うん。やっぱり、そうだよね」


「え……?」


「凄い力を持ってるけど、世間に評価されていない。そういう人しか勧誘しないんだよ、うちの社長は」


 先輩の視線に釣られて、天井に目を向ける。


『おお! これは、ギンガンガーのソフビ人形ではありませんか!! やはりカッコイイですね!!』


「……普段はあんな感じだけどな」


 先輩の苦笑が、何倍にも深まっていた。


「落ちこぼれだった俺も、社長に拾われて自分の力に気が付いた。それは先輩方も一緒なんだ」


「……自分の力に気が付く」


 思わず自分の手を見下ろして、これまでの人生を振り返る。


 なにをしても赤点ギリギリで、誇れる物なんてなかった。



 自分のちから?


 

「近い将来、キミは優秀な陰陽師になれる。あの社長に、即戦力とまで言われたんだからね」


「……」


 どうしても、先輩の言葉を信じれない。


 だけど、嘘を言われている気もしない。


「事務所が倒産する前に自分の力に気付いて移籍する。それがいいと思うよ」


 その言葉も本心だと思う。


 ここが倒産する前に……、 


「そんなに危ない状況なんですか?」


「そうだね。問題は色々あるんだけど、『依頼を受けられない』それが1番の問題かな」


「……え?」


 依頼を受けれない?


 それって、仕事がないって事なんじゃ?


 でも、ここって2級事務所ですよね!?


「指名依頼はまだしも、協会が斡旋する仕事なんかは……」


 等級に合わせて、受けられるはず。


「うん。普通はそう思うよね? その協会様に嫌われてる。これがその証拠だよ」


 そう言って見せてくれたのは、陰陽師協会から支給されるタブレット。


 難易度順に数千を越える依頼が並び、『引き受ける』のボタンが、すべてバツ印になっていた。


「わかって貰えたかな?」


「……はい」


 陰陽師の仕事は、このタブレットで受ける。


 霊力も呪符も人型も、物流が活発な物は1度協会に持ち込み、欲しいところが手を挙げる。


 陰陽師の業界は、そんな仕組みだ。


「だから霊封石も売却したんですね。協会に持ち込めないから」


「そういうこと。それも監視が強くなる前の話だけどね。今はもう、霊封石の売却も難しいかな」


 つまり、お金を稼ぐ手段は、なにひとつ残されていないってこと。



「それでも入社する?」



 その言葉に少しだけ揺れた。


 静かに目を閉じて、ぎゅっと両手を握りしめる。


「よろしくお願いします!」


 他に行く宛はない。


 この事務所に雇って貰うしかない。


 だけどそれ以上に、社長や先輩は信用出来る気がした。


「入社のついでに、事務所を立て直してくれると嬉しいよ」


「えっと、そうなれるように精一杯 頑張ります!」


 冗談交じりの会話だけど、本気で頑張るしかない。


 そう思いながら、先輩が書いてくれた誓約書に自分の名前を書き記す。

 

「うん。あとは社長が署名したら契約完了。今後ともよろしくね」


「はい! よろしくお願いします!」


 そうして私が大きく頭を下げた時、


「見付けましたよ。六道さんの実力を見る道具を!」


 背後にあるドアが勢いよく開いて、社長が姿を見せた。

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