第4話 危険なんですか?

「それでは、私は術具じゅつぐを探してきます。荒川あらかわさんは彼女に説明を」


「うっす。って言っても、全部説明するっすよ? 逃げられても俺のせいじゃないっすよ?」


「ええ、わかっています。その場合は、諦めるしかないでしょうね。残念ですが」


 不穏な言葉と共に、先輩だけが部屋に戻ってくる。


 社長さんは、アパートの2階に向かったみたい。


ーー逃げたくなる説明ってなんですか!?


 そう思っていると、先輩が大きな鞄を抱えて私の前に座った。


 ゴソゴソと鞄の中を探っている。


「さすがに売却してないと思うんだけど……。おっ、あったあった」


 鞄の中から出て来たのは、霊力を纏った羽根ペンと羊皮紙。


 その2つをちゃぶ台の上に置いて、先輩は改めて私を見た。


「なにも知らされずに来た感じたよな?」


「えっと、そう、だと思います」


「だよなぁ」


 はぁ……、と溜息をついて、先輩が天井を仰ぎみる。


 軽やかに歩く足音に続いて、社長の声がした。


『荒川さん。未使用の霊封石れいふうせきなのですが、どこにあるか知りませんか?』


「いや、社長! 霊封石は、すべて売却しましたよね!?」


『はっ、そういえばそうでした! ありがとうございます!』



「「……」」



 うん。このアパートの防音性能は、皆無みたい。

 

 社長はそのまま別の道具を探し始めたのか、2階からはゴソゴソと物を動かす音が聞こえてくる。


 だけど、防音なんかより重要な懸念があった。


「荒川先輩と呼んでも大丈夫ですか?」


「あん? あー、まあ、いいぞ? 先輩って柄でもないんだけど、なにか質問か?」


「はい。……霊封石、売却しちゃったんですか?」


 霊封石と言えば、霊力を貯めるバッテリーのような物。


 余らせた霊力は霊封石に貯めるのが一般的で、貯めた霊力は高値で売れる。


 大きな術を使う時には、絶対に必要になる。


 だから、


『陰陽師事務所には必須! 新入社員はこれを貯める仕事からはじめるのが一般的です』


 学校でそう教えて貰ったんだけど……、


「ぜんぶ、売っちゃったんですか?」


「おう。金がどうしても必要だったんだよ」


「……そう、なんですね」


 やっぱりこの事務所、危ないのかも。


 そんな私の思いを代弁するように、大黒がちゃぶ台をペチンと叩いた。


「マジで倒産寸前じゃね?」


 失礼極まりない言葉だけど、その通りだと思う。


 お金がないのなら、霊力を貯めて売ればいい。


 霊封石を売るのは、本当に最後の手段だ。


 そう思っていると、先輩が頭を掻きながら頷いた。


「経営は本当にやべぇんだ。来月には3級転落。そのままゴロゴロ転がって、倒産まで行くと思うぜ?」



「「……」」



 あんまりな言葉に、返す言葉がない。


 そんな私たちを見て、先輩は苦笑を深めた。


「まあ、霊封石はもともと売る予定だったんだけどなと」


「え??」


「霊力を詰めても、どこも買ってくれねぇんだよ。貯める霊力もねぇしな」


 ……えっと、それってどういうこと?


 私みたいな落ちこぼれの霊力ならわかるけど、2級事務所の霊力が売れない?


 霊力がない??


「その辺も含めて、ゆっくり説明するよ。式神くんもそれでいいよな?」


「おう。聞くだけ聞いてやるぜ?」


「……よろしくお願いします」


 仁王立ちで腕を組む大黒を横目に、私は深々と頭を下げた。


 2階からは、


『おかしいですね。なにも残っていないのですが、そんなに売却しましたか?』


『おお、ガンガイガーロボのフィギュアじゃないですか! 懐かしいですね! こんな場所に片付けていたなんて!』


 などと言った、社長の独り言が聞こえてくる。


 色々な思いが交錯して、私の脳内はぐちゃぐちゃだ。


「わりぃな。悪い人じゃないんだけどよ」


 そう言う先輩も、呆れ顔を天井に向けている。


 大黒がちゃぶ台に座り直して、ぽてんと自分のお腹を叩いた。


「なあなあ。あんなやつクビにして、もっとまともな奴を社長にしようぜ。誰かいねぇのか?」


「ちょっーー!!」


 遠慮のない言葉に、思わず顔が引き攣る。


 そんな私を尻目に、大黒は腕を組んで、天井を見上げた。


「この会社ってよ。社長と大株主は別だったよな? 経営不振を理由に株主総会で提案しようぜ? 筆頭株主も味方してくれんじゃね?」


 大黒がそう言葉を続けるけど、話が一気に難しくなってない!?


 半分も理解出来ないんだけど!


 大黒の口を塞ぐべき!? 放置して大丈夫!?


 そんな思いで動きを止めた私と大黒を見て、先輩が目を細めた。


「式神くんは、ずいぶん頭がいいね」


「ん? そんなんあたりまえだろ? 今世紀最高の陰陽師、六道ろくどう魅零みれいの相棒だからな!」


 腰に片手を当てた大黒が、人差し指を掲げる。


 堂々とした表情と大きく張った胸。


 ちょっとだけ腰を傾けているのが、大黒の譲れないポイント?


 なんて惚けている場合じゃない!


「ちょっと、大黒!!」


 私を持ち上げてくれるのは嬉しいけど、陰陽師の先輩を相手に、その名乗りはやめて!


 捕まえようと伸ばした私の手を、大黒はヒョイっと避けてニヤリと笑った。


「鈍臭いのが玉にきずだけどな」


「……」


 なになに? 上げて落とす作戦?


 そう思っていると、



「それもそうか。六道くんの式神なら当然だよな」



「……へ?」


 嫌味?


 じゃ、なさそう。



「君が優秀な陰陽師になることに関しては、俺も同意するよ」



 先輩が、真面目な顔で頷いていた。

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