第9話 伝説のはじまり!

 もと1級事務所?


 その言葉に気をとられる私を尻目に、社長が微笑む。


「伝えて貰った通りですよ。我々は問題の解決に来た。それだけです」


 そこで1度言葉を区切り、社長が笑みを深める。


「しかしそうですね。『偉い人を探す手助けに来た』そう言い換えましょうか」


「なっーー!?」


 依調よしらさんの目が大きく開き、張り付いていた笑みが消える。


 顔の皺を深めながら、奥歯を強く噛みしめた。


「……どこの馬鹿を脅して聞き出した?」


「いえ、簡単な推測ですよ。大きな術を使う時には、隠しきれない量の人と物が動きますから」


「……」


「今回の依頼主は、ずいぶんと羽振りがいいようですね。相場が揺れる量の術具を仕入れるとは、恐れ入りました」


 笑みを深める社長とは対照的に、依調よしらさんの目に鋭さが増す。


 平穏とは言い難い空気の中で、社長が人差し指を立てた。


「それと1つだけ。高級車を正面に止めるのは、如何なものかと思いますよ? 『人員不足で、高位の陰陽師を呼び寄せている』 そう宣伝しているようなものですから」


「……ちっ。そんなもんに目を付けるのは、お前くらいだろうが」


 乱暴な口調で言葉を飛ばしながらも、依調さんがちらりとだけ受付に目を向ける。


 端にいた受付の方が頭を下げて、高級車の元に走って行った。


「なぁ、相棒。うちの社長が、格下をいじめてるように見えるんだが?」


「……さすがに違うと思うよ?」


 2人の関係性が分からないし、話の内容もあまり理解出来ていないと思うけど、


『大変そうだね。助けに来たよ』


 ってことでいいよね?


 確かに、うちの社長が圧力を掛けているように見えるけど、きっと深い理由があるはず!


 そう思っていると、玄関前にいた高級車が、どこかに走り去った。


 これもアドバイスをしただけだよね? 圧力じゃないよね?


 確証はないけど、社長は優しい顔をしているし……。


 ……うん。深く考えるのはやめようかな。


「で? ウチが2級にってのは、なんの話だ?」


「そちらに関しては単純ですよ。『我々の等級を譲るかもしれない』それだけです」



「「「!!!!」」」



 あまりにも予想外な言葉に、全員が息を飲む。


 事務所の格付けは、本当に大切なもの。


 最低ランクの6級を取得するだけでも、大変な労力とお金がかかる。


 そんな等級を他社に譲るなんてありえない!


 そう思うけど、冗談を言っているとも思えない。



「……条件はなんだ? 金か?」


「いえ、こちらの要求は依頼への参加。そこで成果を上げられなかった場合、2級の地位を譲渡しますよ」


「……」


 社長は一転して、狐を思わせる笑みを浮かべる。


 それってつまり、


『私たちが依頼のお手伝いをして、失敗したら2級をあげる』


 そういうことだよね?


 ボロボロのアパートを出る直前に、


六道 魅零あなたの力を世間に示しに行きますよ』


 そう言ってた気がするんだけど……、


「参加するのは、そのお嬢ちゃん1人か?」


「ええ。私もアドバイスはしますが、術はすべて彼女が担当いたします」



「……え?」



 ちょっーー!


 ちょっと待ってください!


 なんだか意味のわからない話になってませんか!?



 そう思ったけど、依調よしらさんに鋭い視線を向けられて、私は慌てて口を閉じた。


「この嬢ちゃんがねぇ……。女に歳を聞くもんじゃねぇが、若すぎやしねぇか?」


「本日付で陰陽大おんみょうだいを卒業した新鋭しんえいですので」


 私の顔を見た依調よしらさんが、値踏みするように目を凝らす。


 思わず後ずさる私を見て、依調よしらさんが鼻を鳴らした。


3級事務所うちの手詰まりを新卒が解決する? 舐められたものだな」


 どう見ても馬鹿にされているけど、そんな事を気にする暇もないくらい動悸が激しい。


 突然の出来事に目眩がして、手足の震えが止まらない。


 3級事務所が手を焼く依頼を、私が担当するの!?


 落ちこぼれの私が!?


 ありえないよね!???


「つまりはなんだ? そのお嬢ちゃんが成果を出せなかったら、2級の看板をうちが貰う。それでいいんだな?」


「ええ。手付金は無料で。成功報酬は、協会基準でお願いします」



「……わかった。決まりだな」



 社長たちが互いに黒い笑みを浮かべて、力強い握手を交わす。


 契約成立。


 そんな感じに見えるけど……、


「ねっ、ねぇ、大黒! なんだかすごい話になってない!?」


「おん? なにがだ?」


「なにがじゃなくて! 私、すっごく大きな役目を任された気がするんだけど!」


 気のせいじゃないよね!?


 私が術を失敗したら、事務所の等級が!!


「おいおい、なにビビってんだ? バシッと決めればいいだけだろ?」


「それは……、そう、なんだけど」


 私、落ちこぼれだよ!?


 卒業試験すら成功しなかったレベルだよ!?


「なーに、相棒なら問題ねえよ。社長のアドバイスもあるって話だろ?」


「……うん。それはそうなんだけど」


 確かに、社長はアドバイスをすると言っていた。


 でも……、


「それによ。勝ち目のない賭けを持ち掛ける人間はいない。だろ?」


「……うん」


 その意見も、理屈ではわかる。


 だから、社長は本当に、自信があるんだろうけど……、


「なーに、どうせ金が払えなくて剥奪される予定の2級だって話じゃねーか」


「それは……」


 もともと失くなる予定なら、賭けに負けても結果は一緒。


 確かにそうなんだけど……、


「まあ、なんだ。伝説の始まりに相応しいシチュエーションじゃねぇか。楽しく行こうぜ、相棒!」


 自信に満ち溢れた顔でニシシと笑った大黒が、グッと親指を立ててくれる。


 社長も大黒も、私の成功を確信しているように見えた。

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