第15話 道草

地球の存在意義とはなにか。

予期せず垣間見た危険人物とその組織。現在進行形で地球上に存在するという事実。僕は考え込んでしまった。

地球には地球管理者、つまり地球を管理する意識存在がいる。しかし彼らはなぜ地球を恐怖で支配する者たちや、それに従うテロ組織を放置しておくのだろう。

せっかく一仕事やり終えたのに、再び十年後に正義のヒーローを演じなければならないというバカバカしさ。


僕は宇宙船をもとの場所まで戻し、地球の管理者にフォーカスを合わせた。すると目の前に赤や緑のオーロラが漂いはじめ、月のエントランスゲートが現れた。


「しめた、やつに会えるかもしれない!」


赤と緑のオーロラの深いところまで入って行き、人間体験を管理する場所で彼が出てくるのを待った。しばらくすると地球管理者が現れた。


「お久しぶりですね、地球はどうでしたか? お仲間はまだ地球に滞在中のようですが、おひとりでお帰りですか? おや、よく見るとまだ地球に肉体をお持ちですね……」


ご機嫌取りが得意な敏腕営業マンでもある地球管理者は、僕をとても陽気に迎えてくれた。


「あの、地球のリセットについて聞きたいのです」


「地球のリセットですか。もうまもなく起きますから慌てることはありませんよ。告知済みですからね」


「告知済み?」


「ええ、そうです。エントリーの際に規約を読まれましたでしょう? 地球の定期メンテナンス、または地球人が地球を破壊しかねないような状態になったら地球をリセットしますって。でも急にリセットしたら宇宙で迷子になっちゃうお客さんもいるんでね、リセットの直前に一部の人間にお知らせしてるんですよ。告知義務ってやつですよ。お客さんも知ってるはずですよ」


一部の人間とはヒメのような特殊な部類を指すのだろう。またはキリストや釈迦など、世界的に有名な救世主や予言者のことかもしれない。


「もちろん、リセットまで多少の時間のずれはありますよ。地球は不確定要素がたくさんありますからね」


「いや、リセットが来てほしいなんて思ってないし、むしろリセットを起こしたくないんだ。だから地球を壊すような悪い人間が生まれないように制御をしてほしいんだ」


「お客さん、それは無理な話です。地球人から見て悪いイベントだとしても宇宙から見れば貴重な素材なんですよ。地球暮らしが長いとお客さんみたいな頭の固い発想になっちゃうんです」


「それはわかっているけど、地球をもっと平和な星にしたいと思わないの?」


「お客さんだって最初は一国の、一時的にはユーラシアの王だったでしょう。平和と称して多くの人を殺し、世界中の町から税金と称して食料を奪い、多くの人を強制的に働かせたでしょ? お客さんの言うところの『悪い人間』を排除したらお客さんは今ここにいませんよ」


先ほど見たテロのボスである世界の支配者と、古代の王だった僕は同じだと彼は言うのだ。


「……」


僕は絶句してしまった。まったくその通りで返す言葉もなかった。

とはいえ、僕の時代ははるか古代の話だ。人類が積み上げてきた過去の教訓がデータとして存在する現代において、それを生かすのは当然のことだと思うし、同じ悲劇を何度も繰り返す必要はないはずだ。


「地球には何一つ完全に同じ時代、同じ人間は存在しないんです。同じことの繰り返しは存在しないのです」


「たしかにそうだけど……」


「それにね、お客さんはあなただけじゃなく、続々と遠い星から新規で来てくれるお客さんもたくさんいるのです。最初に来たお客さんだけ楽しんで、あとから来たお客さんは楽しめないって不公平でしょ。だからこそ繰り返すのも自由にさせてるんですよ。この寛容さが地球の人気の秘訣ですよ、お客さん」


彼はへらへらとしていたが筋はちゃんと通っていた。僕が得た貴重な体験、地球の贈り物を、後から来た連中が得られないとすれば不公平だ。


「地球制御システムは人間の自由意思を尊重します。繰り返すのも繰り返さないのも何をしても自由です。でも地球を壊されたら困りますからね、そこは防がないと……。この地球の温かい気持ちわかるでしょ、さあ、もうそろそろ帰った方がいいですよ。相棒はどうしたんですか、いつも二人で来てたのに。こんなところまで一人でシールドなしで来ちゃって、下手したらリンクが切れちゃいますよ」


すっかり道草を食ってしまったが、僕は地球の仲間のもとへ帰らなければならなかった。しかし、もう少し知りたいことがあった。もう少し地球の仕組みを知りたかったのだ。そしてそれを地上で有効に使って世界を良い方向に導くのだ。


「あなたが知りたいことは、あなたが地球人である限り知ることはできませんよ。規約に書いてあったでしょ。ズルはできませんよ、地球のルールがあるし、ズルしたら最後にガッカリするのはあなたです。リンクを切って地球人でなくなったら自ずと知れることです」


「……」


「お客さん、自信を持ってくださいよ。地球で一万年も過ごすなんて宇宙では勲章モノですよ! あなたが知りたいことは正式にここへ戻ってくれば全部わかるんだから慌てないことです」


崇高だと思っていた人間世界の真理も宇宙から見れば偏っていたりするのだろうか。僕もテロ組織のボスも世界の支配者も、ある意味ですべて同じなのかもしれない。僕には少し考える時間が必要だった。


さて、そろそろ夢の世界から出ようと思ったが、なぜか脱出する方法を忘れてしまったようだ。

どうやってここから出るのだろうかわからず、しばらく立ち止まると、ここまでやってきた経緯を思い出した。


「そうだ、僕はミヒロちゃんに誘導してもらいながら、宇宙ステーションを守ったんだ。なのにここは……」


しかし、不思議なことに広い和室は視界から消えており、辺りはただの闇だ。まるで太平洋の真ん中に浮き輪一つで放り出されたかのように、真っ暗な宇宙にポツンと浮いていた。しかも自らの手を見ても剣など持っていなかった。


「そうか、あれは夢だったんだ! いや、それとも、これが夢だったのか? どっちだっけ?」


しかし、もしもこれが夢だったら自力で覚めることができるはずだ。それなのに夢が終わらないということは、もしや命を失ったということだろうか。まさか、死ぬとはこういうことだったのだろうか。いや、そうだとしたら虚しすぎるし、きっと僕は何かを忘れているはずだ。


「そ、そうだ、地球だ、まずは地球に戻らなくてはいけないんだ!」


そう呟くと、月のはるか先にある地球に向かって猛スピードで突っ込んだ。


「ずいぶんと時間が過ぎてしまった。まだ間に合うだろうか……」


地球に僕の場所があるか不安だった。

地図アプリのようにぐんぐんと地球が近づいて、僕の住んでいた町、見慣れた光景が広がった。街の中にある大きなコンクリートの建物に僕は向かっていた。


「おっと、ここは僕の家じゃないぞ?」


しかし、地球に戻れるならこの際どこでも良かった。


「やった! 戻れた!」


目を覚ますと、全身に大きな倦怠感があった。なぜか僕はベッドで寝ており、見慣れない天井が視界に入った。すると僕が目を覚ましたことに気が付いた母が駆け寄ってきた。


「ダイスケ! あぁ、よかったぁー! もうだめかと思った…。本当によかったー」


母が泣きながら僕の手を両手で握り締めた。ここは病院だったようだ。何故か僕は病院のベッドで寝ていたのだ。何が起こったのか全く分からなかった。母に聞く限りは勉強のし過ぎで倒れたと言うのだが、その記憶はなかった。

しばらくして病室のドアをノックする音が聞こえた。母がドアを開ける姿を目で追うと、ヒロトたち三人だった。お見舞いに来てくれたのだろうか。ヒロトは僕を見るなり両手を上げて大きな声で喜んだ。


「ダイスケー! 良かったー、助かったんだ!」


「無事でよかったー! 無理させてごめんね! 私のせいだよ、本当にゴメンなさい、わーん」


ミヒロが僕の隣で泣き出して、その後ろでヒメも涙ぐんでいた。ますます僕は混乱してしまった。まるで僕が生死の境をさまよっていたかのような扱いだった。そして、この場所で冷静なのは僕一人だけだった。


「ごめん、いったい何があったの? なんでオレはこうなっちゃったの? 」


ヒロトが経緯を話してくれた。


「そうか、覚えてないんだな。あの時、例のミッションは全部うまくいったんだよ。でも終わったと思ったらそのままバッタリ倒れこんだきり、ずっと目を覚まさなかったから救急車を呼んだんだ」


「そう、そうだよね、うまくいったんだ! オレも覚えてるよ。でもさ、本当にうまくいったか不安だよ」


「うまくいったんだよ。実はあの夜に大きな地震があってみんなビビってたんだけど、その後に流れ星、つまり宇宙ステーションは落ちなかった。その後もずっと空に注意していたけど、今日まで不穏なニュースは何一つないんだ」


今日までという言い方が気になった僕は、ヒロトに今日はいつなのか尋ねた。


「今日は八月二十五日、あれから一週間以上過ぎてるからテロは失敗したはず。ミヒロちゃんからも密約破棄の話は確認済み。それより目が覚めて良かったよー」


そうだ、思い出した。あの時、ミッションが終わって喜んだのも束の間、エントランスゲートに立ち寄ったのだ。実際、ついさっきまで僕は地球の営業マンと話をしていたのだ。その後に帰り方を忘れてしまって少しだけウロウロしたかもしれない。でも、まさか一週間以上の時が過ぎていたなんて思いもよらなかった。

そういえば地球の管理者は僕に『いつも二人で来ていたのに、今日は一人だね』と言っていた。そう、いつもは雪女、いや、マテラスが僕を誘導してくれていたから夢の探索もスムーズだったのだ。しかし今回はなぜか彼女がいなかったため、僕は夢の世界で迷子になってしまったのだ。


「ミヒロちゃんごめん、意識がなくなったのは自分の責任なんだ。理由は後で話す。でも、ミヒロちゃんの誘導と、みんなのおかげでうまくいって本当によかったよ」


僕はヒロトに拳を突き出してグータッチをしてみせた。一週間以上もベッドで寝ていると、しばらく体がうまく動かななかった


「これで地球はあと十年は平和だ。ダイスケが世界を救ったんだ!」


そうだ、これから十年後にまた同じことが起こると夢の中で直感したのだ。しかし何か起これば再びこうして集まって地球を救えばいいだろう。ミヒロが政界の情報収集をしてヒメとヒロトでアイデアと作戦を練り、僕は夢の世界での実行役だ。笑顔が戻ったミヒロが涙を拭きながら僕の手を握って言った。


「受験のことはしばらく考えずに、ゆっくり休んでね」


初めてミヒロの手に触れてドキッとしたと同時に受験という言葉を聞いて我に返った。僕は受験生だったのだ。


「そうか、これで一週間も受験勉強してないことになるのか!」


「あ、ごめん、逆に思い出させちゃったねー!」


病室で笑いながらこの一週間の出来事を話した。母はもちろん僕たちが世界を救ったことなど知らず、テロだの宇宙船だの不可解な話になると怪訝そうな顔をして病室の窓から外を眺め始めた。知らなくて良い現実もあるってことだ。


その翌日に僕は退院した。両親は心配してしばらく受験勉強をしないようにと僕に言ったが、何もしないわけにはいかないので退院初日からこっそり受験勉強を始めた。結局すぐに今までと変わらない忙しい受験生活が再開した。

ミヒロはしばらく僕のことを心配して、学校帰りによく声をかけてくれるようになった。二人でいろいろな話ができるようになると、僕がなぜあの時に夢から戻ってこなかったのかの理由を伝えた。


「えー、そういうことだったのー、それ超怖くない? 次は勝手なことしないって約束して! 」


結局、僕が剣を持っていると危険だという話になって、剣はヒメの神社で預かることになった。



夏が終わって秋になり受験が近づいてきたせいか、学校内にも緊張感が漂ってきた。このころには時間が合えば校門で待ち合わせて四人で下校するようになっていた。その日はヒメが受験のお守りを手渡してくれた。


「これ、うちのお守り」


「わあ、神宮のお守り。すごい効きそう~! ヒメ、ありがとう!」


「まあ、こんなのなくても私たちなら余裕で受かっちゃうだろうけどねー」


そして、いつも通り駅前で僕と三人は別れた。改札をくぐろうとしたとき、なぜかミヒロが一人で僕のもとに駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


ミヒロは黙って小さな猫の人形を僕に差し出した。猫の額にはハチマキが巻いてあり『必勝』の文字が入っていた。ミヒロなりの受験のお守りだったみたいだ。


「すごい! 手作りのお守り? ありがとう、すごく嬉しいよ!」


ミヒロは普段見せたことのないような照れた表情をしていた。


「これ、特別なんだからね。私とおそろいだよ。私、犬が好きなんだ」


この日から受験が終わるまで何も思い悩むことなく勉強だけに集中できたことは言うまでもなかった。かつてのように受験勉強を辛く感じることもなかった。



翌年の春、希望の大学に合格した。もちろん四人とも一緒だ。そして四年間楽しくキャンパスライフを過ごした後、僕は大学を無事卒業して新聞社へ就職した。僕が就職のため実家を離れると、人生残り少ないからと両親は再び海辺にサーファーズカフェを出店した。その何年か後、僕は勤めていた会社を辞めて独立し、空き家となった山の古民家カフェを引き継いで今に至る。


引き継いだとはいえ、カフェ経営の才能などない僕は、ライターとしての仕事がメインである。ヒロトがあの時助言をくれた通り、僕は文章を書く仕事が向いていたようだ。妻にカフェを任せている間、黙々と書斎で記事を書く日々だ。


ところで僕は、今もまだあの時の猫のお守りを書斎の片隅に飾っている。これを見ると、あるがままに生きることの大切さを思い出す。その瞬間の気持ちを大事にする生き方と言っても良いだろう。最初に雪女と出会った時に聞いた『楽しく生きればいいのです』という言葉のまま、すべての成り行きを天に任せて生きることである。

お守りの作者は今、若いころからの夢だった田舎暮らしを始めることができて喜んでいる。彼女の夢がかなって僕は嬉しかった。彼女の幸せそうな笑顔を見ることが僕の何よりの幸せだ。

今日は彼女との珈琲タイムを地震の後片付けに奪われたが、割れた食器を二人で片付けながら、お互いを気遣うこの瞬間に大きな幸せを感じた。


それはさておき、僕が妻と一緒になり再び古民家で暮らし始めるようになってから不思議なことが起こるようになった。剣が傍にないのに雪女の夢を見るようになったのだ。剣は、あの時以来ヒメの神社に奉納されたままで、僕の体からは遠く離れた場所にあった。それなのに、雪女の気配をとても身近に感じるようになったのだ。

雪女は僕が物書きとして書くネタがなくなってくると、夢でヒントを与えてくれた。遠回しでわかりにくいヒントだがありがたかった。しかも仕事だけでなく僕がなんらかの窮状に陥るといつも雪女が助けてくれるのだ。


「あぁ、困った、締め切りに間に合わないよ。十七時までに記事を送信しなきゃいけないのに、文章がうまくまとまらないよ」


妻が笑いながら僕に言う。


「昼寝でもして、雪女さんからヒントをもらったらいいんじゃない?」


「いやあ、昼寝だとダメなんだよ、なぜか夜じゃないと雪女は出てこないんだよ」


「え、ちょっと、夜じゃないと出てこないなんて、なんだか嫌なんですけど! 雪女さん、あなたのことが好きなんじゃないの?」


「いやいやいや、勘弁してよ……。やっぱり納期を明日まで伸ばしてもらうか……」


僕は不倫の趣味などないが、確かに妻が起きている時間に雪女は絶対に出てこないのだった。わざわざ妻が寝静まったときにだけ現れる雪女。


その夜、僕は夢で雪女と会い、いつものまどろっこしい会話の中から原稿のヒントを手に入れた。答えはいつも自分の中にあるのだ。

ふと夜中に目が覚めると、隣で妻がスヤスヤと至福の表情で眠っていた。次の地球最後の日まで、最終列車の旅は続く。

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王の剣 ~最後の転生で君を星へ連れ帰る ロコヌタ @rokonuta

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